カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

チョン・ウソン "ささいな日常のきらびやかな瞬間"

☆10.asiae.co.kr



映画<ノティンヒル>でウィリアム(ヒュー・グラント)は世界的スターアンナ(ジュリア・ロバーツ)との出会いに対して超現実的経験という表現を使った。 多分韓国でチョン・ウソンに会うことやはり似た経験であろう。 一つの手にはかぐわしい演技が広まり始めるシガーを入っている彼と顔を突き合わせて対話をするということは言ってみればサンタクロースに会うのと違わないことだ。 だが本当に超現実的に感じられる瞬間はむしろそのようなチョン・ウソンが映画を撮るための多分現実的な悩みを表わして土地に足をふんだ時だ。 それで次は現実的な内容だとさらに非現実的に感じられた対話の記録といえるだろう。

ホ・ジノ監督とは初めての作業だ。 彼のスタイルが好きなほうなのか。

チョン・ウソン:<8月のクリスマス>きて<春の日は行く>はとても好む。 だが<外出>と<幸福>は別に...

なぜ良くないのか?

チョン・ウソン:<外出>は例えばとても純真な国語先生が子供たちの前で性教育をしようとすれば何が合わないそのような感じだった。 猥褻を分からない人が猥褻的な感じの作業をしようとすれば自然でない感じ? <幸福>は主人公がとても憂鬱なキャラクターであった。

“<豪雨時代>円ささいな日常の中きらびやかな瞬間が感じられた”

それでは<豪雨時代>シナリオではあなたが好んだホ・ジノが見えたことなのか。

チョン・ウソン:‘ホ・ジノらしいということ’があった。 人々は<春の日は行く>のようなことを見て“どのように愛が変わるから”のようなセリフで映画を大事に保管するかも知れませんが,私は妻の死(ユ・ジテ)が声を集めるために静かに手を広げて野原に立っていたり,<8月のクリスマス>で主人公らが言葉なしにハード食べて座っている姿が好きだ。 そのままささいな日常なのにきらびやかな瞬間らあるのではないか。 <豪雨時代>ではそんなことが感じられた。

現在そのような日常的であることを享受しにくくてさらに心が動いてはいないか。
チョン・ウソン:そのようだ。 初めから私がそんなことをあまりにも好む人だ。 道を歩いたりぼうぜんと人々見物するのを好む人なのにスターになってチョン・ウソンになってそんなことが難しくなった。 人々が規格化したチョン・ウソンのイメージに私を限定することに対して私自らは関係しないと話すが思わずそれのために外向的な情緒や日常が単純化された。 振り返ってみれば行く所だけ行って,会う人だけ会う。 道を歩くのはいつからかあきらめた。 そのような日常がなくなった。

それでは今回の演技を通してそのような欠乏を充足したと見てもかまわないだろうか?

チョン・ウソン:そのようなこともあるだろう。 シナリオを通じて伝えられるそのような日常の瞬間らと感情らを感じた。 劇的であることをために強要するそのような感情らよりは日常でぷつんと投げるささいな感情らがむしろ極大化されるそのような感じを味わうことだ。

記者試写会の時“ホ・ジノ会えば改稿生”と話したがそのような感情を引き出すホ・ジノの方法論に困難を感じたことなのか。

チョン・ウソン:日常を引き出す彼の方法論なのかは分からないし,とにかく今まで私が経験したこととは全く違うスタイルだった。 私の前作らはアクションも多くてカット受け渡しされるように多くて一日にいくつかのカットをとるといえばそれを一日にみなとらなければならなかった。 ここからここまでがあるテークとすればその中で起きる事件は全部みな撮影して。 とてもスピーディーだ。 そうする時は私が計算的でない演技をするといっても割れたカットの中で見せてくれなければならない表情と感情を定めておく。 そうするうちに明確でなければならない。 何が足りなくて何が必要なのか,ここでNGなのに何がNGなのかそのような判断が明確でなければならない。 一言で計算でない計算が入る。 ところでホ・ジノ監督はそうではない。 カメラと人物をひろげて絶え間ないクエスチョンマークを投げる。 ここで私たちが本当にとらなければならないのが何なの? だから‘今この人が私連れて何をしようというんだろう? 撮影しようというの?’という気がするほかはない。 1ヶ月という(のは)期間中に撮影を終わらせなければならない立場では退屈だったんだろう。 ところで見て回って思わず自ら規律中に閉じ込められられるのを嫌いながらもいつのまにか方法論的な方式に閉じ込められていたということを悟った。

ホ・ジノ監督の場合ディレクションがかちかちなされるタイプではないようだ。

チョン・ウソン:そうだ。 カットをどこからどこまでとるべきか決めないから。

大変だったが自らの可能性と意見をもう少し広げることができる機会があっただろう。

チョン・ウソン:たとえばメイの頭についた花びらを離してくれる時本来はこのタイミングなのに演技してそのタイミングを置いてその次に離した。 監督が投げたクエスチョンマークに対してこれが答なのか,あれが答かという過程でそんなことがさらに多く繰り広げられたこと同じだ。 同じようにそのように答えを探す苦闘の中で自然にドンハに陥れたし。

それと共に自然な感情が出てきた。 メイが結婚したといった時感情をさっと表わさないけれど中で何か崩れる姿が特に印象的だった。

チョン・ウソン:その時の感情がとてもおもしろい感情だ。 事実一番最初に尋ねていなければならない質問ではないのか。 “ひょっとしてボーイフレンドいるの? 恋人いる? 結婚したの?”そうすべきだったが全く尋ねなかった。 訊ねたくなかったことよ。 ただし越えてはいけない線があるならば彼女が先に話すことと考えて,スキンシップを通じてその限度を越したがその後突然そのような話をするから妙な失望と相手を非難できない願望ができたことだ。 その履く撮影する時も撮影時間に比べてとても長い時間をホ・ジノ監督と討論して異見を狭めながらドンハとメイがそこでなぜそのような感情ができるのか訪ねて行った。 演技をしながらその時討論してできた感情らが醸し出さなかったようだ。

“幼い時には拒否したが,年を取ってイメージに対して明確に認識した”

そんなことが過去<ビット>私<無事>等でみた男らしいの姿とは大いに違う。 ドンハ役を担うことが上手にすることより上手にしたいことに対する挑戦のかけているか。

チョン・ウソン:そうでもない。 私が上手にしたり,上手にしたいことは明確にあるだろう。 だが俳優がそこに限界を置いたり自らを事を決めて演技しはしない。 もちろん大衆が望むチョン・ウソンのイメージ,それは明確に認識をしなければならない。 幼い時期にはそのような認識を拒否した。 そのまま私は出て私がしたいことをすれば良いということと。 あたかも20代の愛のように。 その時は愛という(のは)私の愛を話して愛を与えることと勘違いするのに愛は相手方の話を耳を傾けて聞いて受けなければならないということだ。 相手の愛がどんな愛なのか観察する方法も分からなければならなくて。 ますます年を取ってどんなことが広がるのか私を確かめ合うことができるようになった。 それと共に大衆が願うイメージは何だったのか知ることになって。 事実そのイメージから抜け出すために,正確に話せば規定されたくなくてこれもしてあれもしたものだがそのタイミングが良くなかった。 大衆が私に望むイメージは確かだったから。 素敵なチョン・ウソン,こうしたこと。 だから<雑種の犬>のような作品をする時は視覚的な誤りができることだ。 自分たち頭の中で考えているチョン・ウソンと違うから。 そんなことを顧みて大衆が望むのがこういうものとかその中で話法の多様さを与えて大衆に私という人の若干変形されたイメージを自然に伝達する方法を考える。

<パク・チュンフン ショー>でも持ちこたえるために絶えず考えるといったが本当に自らに対する多くの悩むようだ。 スターとして,俳優として。

チョン・ウソン:スターというものよりはそのまま私自身に対する考えをたくさんするようだ。 もちろん作品選択してそうする時は多分チョン・ウソンの立場でだがそれは一人そこ,それをでは充足させることができない私だというのがいるのではないか。 その自我というものに対して考えをたくさんする。 人生を生きて指向するところが必要だが自我という(のは)結局私の人生と人生と結びついているのだから。 それと比較するとことをどのようにしてこういうものらはむしろはかない考えらであって。 私の位置に対してあえて考えないで私が今することに対して最善を尽くせば私の位置は守られることになっている。

仏教で話すところ自我に対する話であるようだ。

チョン・ウソン:そうだ。 仏教で話す真のさあ,生まれた時から完全だったし完全な宇宙としての自我. ところで私たちはその無限の自我を事を決めるのではないか。 ますます小さくさせて。 そうしたこと考えればおもしろいのではないか?(笑い)

そのような真剣さと容貌,演技などなどが集まって‘ THEチョン・ウソン’というどんな固有名詞としての存在になった。 そのような反応を自らもそういうのを感じるか。

チョン・ウソン:そうする。 そんなことをある瞬間から知って感じて認めて受け入れるほかはないということだ。 それは結局に私が演技をする時直接的に連結するイメージなのではないか。 さっき話したように観客が私に望むイメージで。 今回の作品でホ・ジノはドンハがもう少し韓国式下手な英語をすれば良いと要求したが私は他の意見だった。 明らかに観客らが初めてドンハに感情移入する前にチョン・ウソンで見る。 それで‘チョン・ウソンが英御下だね? ところであの子英御下はこと変だね?’このように受け入れる。 それでキャラクターに対する移入を留保してずっと私の英語実力を評価しようとするレーダーが立つことだ。 それで映画に感情移入であれ何であれないってことだね。

たった今話したように‘ THEチョン・ウソン’であるためだったものだがそのために俳優としての悩みが多くなるようだ。

チョン・ウソン:その程度まで悩む。 英語という件現実でとても重要で敏感に受け入れるのだから映画を見てあれはまさにチョン・ウソンの英語実力という公式が出てくることだ。 ぴったりそんなことまで憂慮してその次にはキャラクターを研究するほかはない。 私を通じて映画鑑賞をするのに障害物になるべき程であったのはなくしておいてその次に映画が大丈夫ならば観客が引き付けれるだろう。

そのまま目の前のことだけ熱心にする人がいて,全体的な脈絡を見回して熱心にする人がいるのに後者タイプであるようだ。 年を取って視野が広くなったことなのか。

チョン・ウソン:幼い時から全体的時の流れを観望する性格があった。 映画でデビューする時から私の役割だけ考えてはいない。 最も目に映ったのはスタッフらの労苦であった。 各自現場ですることが何なのかに対する関心が大きくなって彼らの行動一つ一つが自然に目に映った。 そのために映画に対する愛情を持てたし,おかげで現場で映画作るのを習うこともできた。 そのように見れば自然にこのスタッフらが考えている映画産業の中での問題点に対して一緒に考えることになるのではないか。 愛情ができるから。 それと共に全体を見る視角ができるようだ。

2009.10.14文. ウィ・クンウ(eight@10asia.co.kr)写真. 彩旗院(ten@10asia.co.kr)編集. 長径陣(three@10asia.co.kr)
by kazem2 | 2009-10-14 12:10