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by kazem2
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残酷ながらも独特のユーモアが染みている映画たち シン・ハギュン

☆10.asiae.co.kr



<シン・ハギュン>
シン・ハギュンは多くない俳優だ。 単純に卓越した演技力の所有者という意だけではない。 彼は明らかに<共同警備区域JSA>きて<復讐は我にあり>で先輩ソン・ガンホに押されない存在感を表わして,<拍手する時離れろ>では主演俳優であったチャ・スンウォン以上で印象深い演技を見せたがただ演技が上手だということだけでシン・ハギュンを説明することは不足する。 たびたび彼の失敗作で議論される<サプライズ>私<火星に行った男>でのぎこちないということためでもあるが何よりシン・ハギュンは大衆的ネームバリューとは別個で独特のB級情緒に似合うという点で多くない俳優だ。

いまだに彼の最高作に選ばれる<地球を守れ>はエイリアンと地球人の対決という外皮中に社会的弱者の反撃を表わした秀作でもあるが一種の韓国型スプラッタームービでもある。 目をヒバントクの種やアイロンでカン社長(ペク・ユンシク)の胸を煮て,イタリアタオルで足の甲を剥いだ後に水パスを塗る場面は残忍なことこの上ないがその状況でエイリアン陰謀説をならべる病体の姿は単純に残忍なことで還元できないコミカルさと凄然だということを同時に見せる。 <例のないものなど>の場合たとえ興行と批評皆でそれほど満足するほどの成果を得ることができなかったが彼が演技したつけようとする世の中の例のないものなどに対する怒りと舌足らずで話をしないコンプレックスの火均一な性格が引き立って見えるキャラクターであった。 この前パク・チャヌクの<コウモリ>で見せてくれた病弱さとマッチョ的性格が共存する降雨の姿を思い出させればもう一度彼がどれくらい奇怪な人物をよく演技するのか感じることになる。 それで鮮血が飛び散ることで肉が裂けるスプラッタームービを楽しんで見るという彼の好みは意外ではない。

次は俳優シン・ハギュンが推薦する残酷ながらも独特のユーモアが染みている映画らだ。 なめらかなことではないが豊富な想像力が感じられるこれら映画のB級情緒を通じて奇怪な人物で最大値の演技を見せたシン・ハギュンの秘密を読みだすどんな鍵を捜し出すことができるかも知れない。

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1.<道理さらにキラー> (Ichi The Killer)2001年|ミイケ タカシ“<高炉視野道理>という題名のマンガ本を原作にする映画です。 残忍さだけ強調されたマンガ本よりはキー政治功績のユーモアが感じられる映画がさらにおもしろいということのようです。 スプラッタームービが好きだけれど<キニア ピッグ>のようにただ残忍なだけの映画は嫌いですね。 キラーの道理が足で蹴ることに人を殺す場面やヤクザの柿原が他の人らを拷問する姿はもちろん残忍です。 だがその渦中にも人をTVにムリヤリ入れたり相手方を殺す前に筋肉質スタイルを自慢する奇怪な人物らの姿には笑いが出てきます。”

キラーの道理の話を入れた映画だが基本的に映画を引張って行く人物はアサノ・忠信が演技した柿原だ。 人を殺す時ごとに涙を流すキラー道理にボスを失った柿原が犯人を探す過程を通じて道理の停滞(正体)と過去があらわれて結局二人が最後の対決を行う構成だ。 善良な表情の道理を延期(演技)した大森私誤った報道ベスト キャスティングだが顔あちこちにピアッシングを一戸何気なく相手をキリで拷問して快感を感じる忠信のサドマゾヒズム延期(煙,演技)は十分に抜群だ。

2.<極度恐怖大劇場牛痘> (Gozu)2003年|ミイケ タカシ“これも<道理さらにキラー>のミイケ タカシ監督の映画です。 多分見にくいことだけで問い詰めればこの映画が加えるかも知れません。 特有の気が気でないストーリー進行はもちろんでお尻に杓子をさした変態的なヤクザ親分や顔半分が白い人物をはじめとして猟奇的なキャラクターらが休む暇もなく出てきますね。 とても考える余裕もなくてどんな場面が特別に印象的だと話すことはちょっと難しいがこういう前後見境がない事件の連続自体を大きく問い詰めないで楽しむことができるというのがこの映画の魅力であることのようです。”

<オーディション>を通じて身体切断を極度の恐怖で結びつけたことがあったミイケ タカシの作品はますます精製されなかったカルト的感受性で流れるようだ。 <極度恐怖大劇場牛痘>はその流れの最も極端(劇団)にある作品で行方不明になったヤクザ副親分オザキを殺すために離れた余情(旅行日程)で体験するあきれる仕事を描く。 どんな脈絡も除去されたまま登場する奇怪な人物と事件はこの映画の完成度に疑問を提起するようにするが休まないで固め打ちする事件の連続では監督の馬鹿力が感じられる。

3.<ゴム印間の最後> (Bad Taste)1987年|ピーター・ジャクソン“場面一つ一つを問い詰めればこれも本当に残忍です。 拳銃をむかえて頭が飛んで行った人が脳を注ぐ場面ようなものですね。 ところでそのような場面も何かキー政治功績の感じで演出になってフフッと笑いが出てくるのか点があります。 地球を征服しに来たエイリアンらの姿も何か粗雑だよ。 そのようなB級特有の情緒が本当に良いです。 内容自体が他の見方をすれば荒唐無けいでしょう。 エイリアンが地球人を害するというよりはエイリアンを地球人何人かで虐殺するというそのような発想の転換が気に入ります。”

今に<指輪の帝王>シリーズと<キングコング>で世界的なブロックバスター監督になったピーター・ジャクソンだが彼に映画的名声を抱かせたことは奇怪な想像力が光を放つスプラッタームービらだった。 その中でもデビュー作の<ゴム印間の最後>は休日に町内の友人らとときどきとって完成した作品で粗雑な演技と粗悪な扮装にもかかわらずエイリアンの脳を自身の頭に入れてベルトで縛り付ける場面のように独特の想像力が大きい笑いをあたえる作品だ。

4.<デッド魂ライブ> (Dead Alive)1992年|ピーター・ジャクソン“ずっと話すことだが私はそのまま残忍なだけの映画は嫌いです。 残忍でもその後に笑いで浄化する時その残忍さが魅力あるように感じられますね。 あたかもさしみを食べた次にショウガ酢節であるので立案を洗いおとすようにですね。 この映画でも人々がゾンビになる過程は口が裂けられるからだがあけられるなど本当に気味が悪いがその後に互いに目があって赤ん坊ゾンビまで産む姿を見ればその残忍さを忘れることになります。 ただ身体を傷つけるばかりであるスプラッタームービが習わなければならない漸移でしょう。”

今は一緒にブロックバスター監督になった泉レイミの代表作<イブルデドゥ>ガチェーン・ソーで被風を呼び起こしたとすればピーター・ジャクソンの<デッド魂ライブ>は芝削る機械で血の洪水を作った。 3000リットルを越えるにせ物血を使ったことでも有名なこの映画は,だがただ血ハーフは残忍さだけで説明することはできない。 血に滑って足踏みする主人公の姿のようにコミカルな面のためでもあるが何より子供を所有しようとするお母さんの執着が映画の開始と終わりを支配するという点でだいぶ多様な豊富な解釈の脈絡を持った作品だ。

5.<ピディオドゥロム> (Videodrome)1983年|デービッド クロネンボグ“これは先立って話した映画らとは少し雰囲気が違うようですね。 コミカルなというよりはちょっと深刻な主題意識を持っている映画だから。 だが明確にこの映画やはり単純に腹(船,梨)に穴があけられて銃と手が結合する奇怪な扮装だけでは説明することはできないカルト的感受性があります。 たとえば主人公がTV画面の中の唇に自身の頭を押しこんで恍惚の境地に陥る場面のようなもの片方では背筋が寒くなって片方ではとても誘惑的でしょう。 幼い時にビデオで見た映画なのにまだ記憶に残るのはそのように多様な感じを入れた印象的場面のためでしょう。”

デービッド クロネンボグの映画は人間の肉体とパリの結合(<フライ>),肉体と生体型ゲーム機の結合(<エクシステンズ>)のようなハイブリッド イメージを通じて科学技術の威嚇を隠喩してきた。 主人公マックス(ジェームズ ウッズ)が腹の中にビデオテープを入れたり銃と手が結合する場面やはり同じだ。 秘密信号があるピディオドゥロムにより幻覚に陥ったマックスが体験することらと機械との結合は単純に恐怖映画の一場面でなくメディアに精神を侵食される現代人ら全体を表現する。

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事実大衆的人気を享受するスターにメインストリームの定形化された演技よりは非主流スタイルが似合うということは一種の弱点であることもある。 だがさらに正確に言ってみれば彼がさらによく走りまわることができるジャンルがあまりないことが韓国映画の弱点だ。 B級映画の想像力が好きで本人やはり非主流的な感性の映画でさらに卓越した能力を見せたシン・ハギュンのような俳優が特有の火均一な情緒を思う存分演技できる映画らがさらに多くなる時コンテンツの種の多様性が確保されないだろうか。 現在のシン・ハギュンの復帰予定作はドラマ<危機一髪豊作マンション>だ。 たとえスクリーンを通した復帰ではないが主人公オ・ポクキュが受け継いだ遺産を囲んで色々な人物が儲けはコミカルながらもスリラー的な作品という面でもう一度シン・ハギュンが持った能力の最大値を期待してみるに値する。

2009.10.08文. ウィ・クンウ(eight@10asia.co.kr)写真. 彩旗院(ten@10asia.co.kr)
by kazem2 | 2009-10-08 10:39