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by kazem2
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私の中の邪悪 私の中の恐怖 映画"失踪"

☆キム・ソンホン監督インタビュー



90年代韓国映画で一番重要な監督中一人だったキム・ソンホン監督は '実質的な初デビュー作'である <爪>を出した時から論難の対象だった. 支持する載せても批判する載せても, 皆彼が当時韓国映画としては疎くて不慣れなスリラー映画を開拓したというところで出発する. 支持者たちは彼がジャンル映画に対する偏見のため途方もなく評価切下げされたと主張して, 批判者たちは演出力が劣るにもジャンル映画監督と言う理由だけで過大評価されたと批判する式だ.

▲ その間キム・ソンホン監督はファンの間で '韓国映画歴史上一番評価切下げされた監督'と称されたりした.c。プレ試案

実はキム・ソンホン監督としては悔しい点があるでしょう. <爪>を作った時はちょうど国内でもちょうどフェミニズム批評が本格的に堰の水を切った時であった. <爪>や以後作った <わな>は皆映画自体がいくら立派なのかないかを置いて論争が起る前に, 家父長制社会の矛盾で抑圧にあう女達が社会や男に向けてはない自分たちどうし争うという '設定'から批判と攻撃を受けた. 家父長制イデオロギーをそのまま拡大再生産するという理由からだ. 以後 <新装開業>は忠武路に新星のように現われたキム・ジウン監督の <静かな家族>と比較にあいながらけなされたし, <セイイエス>の場合コミックなイメージのパク・チュンフンが恐ろしいサイコでは到底似合わないという式の批判を受けた. しかしいざ作品真ん中に入って行って真剣に分析と評価が成り立った場合はあまり多くない.
そんなキム・ソンホン監督がまた自分の主要長期をいかしてスリラー <失踪>を持って帰って来た. 自分の製作社を調えてパク・ヨンウ, 金明敏を主演で <スタンドマン>を 80%まで撮影しておいて結局のめながら試練の時間を経った後だ. <セイイエス> 以後 8年, キム・ソンホン監督に <失踪>は '最後に与えられた機会'だ. 彼は資本と興行の法則が忠武路全体を唯一に支配する今, 過去いくら興行監督だったしても <失踪>が失敗すればこれ以上映画を作ることができないものと言った. それでそうかインタビューはじめから <失踪>に対する評論家と記者たちの坪に敏感な反応を仄めかした. 映画をまともに見られない人々がむやみに映画を評すると糾弾をしたりした. しかしそれは評壇に対する敵対感だと言うよりは, 監督として芸術家として持つ自負心と同時に, ジャンル映画が微震した韓国で自分の作品がまともに理解されなかったことに対する切ないことで見えた.

▲ "被害者の恐怖と苦痛に少しでも感情移入ができなければならない.."c。プレ試案
私の映画はスリラー, '緊張'のリズム感よく生かすのが本分

或者たちはムン・ソングンの演技はすぐれたが映画は良くないと言うのに, それは話にならない. 俳優の演技も結局監督が演出することで, 俳優がすぐれるという話は結局その映画がよく作られたという話ではないか. 一般観客たちは私の映画を見て不便だ, 鼻持ちならない, つまらないといくらでも応じることができる. しかし記者や評論家なら違わなくてはならない. スリラー映画は何より '緊張'が重要で, 監督たちが一番作る苦しがるジャンルがスリラーであることも緊張のリズムを賢く計算しなければならないからだ. 二時間近く緊張を延ばすことができないし怖かったと映画が良くなく言うのは不合理説だ. 私が監督位私の映画の不足な点を誰より私が一番寝る, そして正確に分かる. しかし私の映画が良くないと言う人々が指摘するいくつかの点はそんなものなどとはいつも差がある. <爪> 時には甚だしくはポスターが田舍臭いと悪口を言われるまでした. いざそのポスターに対して "韓国映画がこんなに粹になった竝び分からなかった"はファンレターを受けたりしたが.

被害者の苦痛に注目しなければならない

"私の映画を見て不便だという人が多いのに, 不便だとわざわざそうにさせたことだ. むしろ私はもっと乱暴したいことを蹴ることはこともある. 実際に私の映画には血もあまり出なくて, 強姦シーンもモルチックで顔だけ見せてくれるのわざわざ詳らかに見せてくれなかった. それでもそれがいくらけだものみたいな仕業なのか, いくら無惨な仕業なのか雰囲気で伝達しようと思った. 連鎖殺人犯事件が起これば人々は連鎖殺人犯に対してだけ騷ぐの被害者が経験した恐怖や苦痛には関心を置かない. 連鎖殺人犯ガングホスンと <失踪>をヨンギョルジッヌン人が多いのに, 私がシナリオを書いたことはずっと前からで今がオフシーズンだから封切り日を取ったことだけだ. 返ってそんな式で繋がれるのは私が嫌いだ. 初盤に報道資料がそんな式で出たことも私が阻んだ.

映画は現実を決して越すことができない

"ガングホスンみたいなサイコパスが出るのはうちの社会がそんな後期産業社会で履行しているということを反映することであるだけだ. その間我が国にそんなサイコパスがなかったことは我が国の人々が草食動物だったからなだろう. 文学でも西洋ではスチーブンキングがいてしたのに私たちはそうではないじゃないか. しかし今変わっている. もうたくさん変わった. 私は以前から我が国にそんなサイコパスが登場すると思った. そしてそれをシナリオで書いて映画で作ったがちょうどガングホスン事件が裂けてしまった. スリラーの中でもミステリースリラーよりスリラーーホラーがもっと多い理由? 社会がそれほど無惨だからないか? 映画は現実の無惨さを越すことができない. 現実が映画よりもっと無残だ. 映画はそれを反映するだけだ."

映画 <失踪>の一場面. この映画でムン・ソングンはサイコパス連鎖殺人魔 'パンゴン'をりつ然と演技し出した.

サイコパスは私たちが理解することができる存在ではない

"彼らは私たちと言葉が通じる存在でもなくて理解することができる存在でもない. 世の中に自分のひとり存在して自分が王人そんな人々だ. もちろん彼らもたまには誰か自分を殺して自分のしわざを乾かしてくれたらと望む時が時たまあると言う. しかし一般人々ならそのように罪責感を感じる時自殺をするつもりだ. しかし彼らは人を殺そうとも絶対に自殺し方がない. だから彼らを理解しようと思う代わり, 被害者がいくら恐ろしくて絶望的だったのか, いくら苦しかったのか理解するように努力しなければならない. 私の映画が初盤に集中したこともそれだ."

連鎖殺人犯の姿, 私にもいたよ

"映画のパンゴン(ムン・ソングン)のキャラクターは私とムン・ソングンが私たちを振り返りながら作ったキャラクターだ. 幼い時から頭も良かったし童話代わり <現代文学>を読んで育った. 村でそのようにスッポンにソウルへ来て大学も通って恋愛もしたし監督までなった. しかしもしそんな式で社会で私の道を捜すことができなかったら私もそんな奴がなっているかわからない. 芸術家になり出して中の邪悪な面を芸術で昇華させて社会で認定も受けたことなの. しかしもしそうするあてがなかったら? それほど仮定してからこそ初めてキャラクターが作られた. ムン・ソングンも私の話を聞いてパンゴンと言う(のは)キャラクターを理解していたよ. 彼も自分のそんな部分を反映させてパンゴンのキャラクターを作った. だから結局どんな人間にもあり得る一番邪悪な面を極大化させて作ったキャラクターであるわけだ."

女は男より強くて纎細で善良だ

"女にそんな式の犯罪をやらかすやつらこそ一番無惨で悪い犯罪だ. 実際に私の映画は女達より男たちがもっと不愉快と思う. 男たちがすべてそんな式で結んでも良いというんだ. しかし男たちが実際にモッドエモックはのでは実はないか. 突かれてそうなことだ. 酒席でも女をおいて男たちがする言葉を見れば汚なくてしょうがない. 女達は男たちよりもっと纎細で強い. <爪>や <わな> のような映画も実は女達のそんな纎細さと豊かな感情をおいて作った映画だ. 実は私は女達が本当に好きだ. 女をきれいに描くのが私の能力でもある. ツザヒョンも強い, ガングハダとはしかし本当にきれいな学ぶ."

▲ "私の中の邪悪さと私が感じる恐怖, それが私が作るスリラー映画の動力だ."c。プレ試案

私が好きな映画, したい映画

"たくさん開けて収拾ができない映画は好きではない. 私が願うのは <ソウ>のように限定された予算に限定された空間で単純に状況が与えられる中にインパクトが強い映画たちだ. スリラーというのが話を強化させるとか, 設定とキャラクターを投げておいて始めるようになるのに電子はとても文学的だ. むしろ後者が映画的だ. 映画なら文学的に話を組んで作って説明して行くよりビジュアル的な面を效果的に作る必要がある. 私は <トカブス> のような権力諷刺コメディーを使ったりしたし演出をするために願わなかったが仕方なく <そうたまに空を見よう>や <十七殺意クーデター> のような映画も作った. しかし私の本領はスリラーだ. <爪>が私の実質的なデビュー作だと言う理由もそのためだ."

私の映画の動力は閉鎖恐怖症

"私が限定された空間で人間の邪悪な面が現われるスリラーを主に作ることは実は私が恐怖が多いからだ. 私は閉鎖恐怖症がひどい. 家でも訪問をちょっと開いておかなければならない. はさみに押されたり習慣だ. 浴槽やプールみたいな水のイメージがよく出ることも水そのものよりは水中に閉じこめられる恐怖を描き出すことだから見れば良い. 恐怖をあまりにもたくさん感じるのに恐怖を扱う映画を主に作るようになるようだ."

シナリオをよく書けば良い監督になることができる

"ハリウッドではシナリオ作家出身が直ちに監督でデビューする場合が多いが我が国では多分私が最初と同時に最後の仕事ことだ. 我が国ではシナリオ作家が監督になるためには演出部やエーディーを通さなければならないじゃないか. シナリオをよく書くことができるということは映画の全体を通して演出をよくすることができるということを意味する. 実は外国はジャンル映画の元肥になる多様な文学と芸術の基盤があるが我が国はそうではない. シナリオ作家がすべてはじめから考案して創作しなければならない. 良いシナリオ作家が育成されることはそれで重要だ. それで私は個人的にシナリオを一緒に書いたと言っても脚本名前に私の名前を抜いて後輩名前だけ打ちこんで入れたりする. そんな式ででもシナリオ作家を育ててくれなければならないと思う."
ギムスックヒョン記者筆者の他の記事記事入力 2009-03-24 午後 9:21:34
by kazem2 | 2009-03-25 09:26 | kim jee woon