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by kazem2
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生産的韓流スターは。。。異聞院の文化批評

◇異聞院の文化批評

韓流スターリュ・シオンの日本歩みが巡航の中だ. 2005年日本初シングル ‘サクラ’ 以後 8番目シングル ‘お前と私’も 10月 3週次オリコンウィークリーチャートで 4位にランクされた.
もうリュ・シオンのシングルは発売初週トップ5には安定的に入る成り行きだ. 全国ライブツアーも成功的だ. デビュー海人 2005年 2ヶ都市 6回公演で総 5万観衆を集めた以来ずっと歳を殖やして行った. 今年には 18ヶ都市で総 30回公演で 9万観衆を集めた. 歴代最大だ. もう武道館は踏んだし, 12月24日クリスマスイブには遂に日本東京ドームに立つ.
♡リュ・シオン公式サイト
♡おもろい男「K」
♡「K」公式サイト



リュ・シオンの日本成功記はさまざまな面で注目するに値する. 一応 ‘韓流’という一つの概念, または戦略を根からまた振り返るようにする. 活動方式, 活動人物, 活動目標などいろいろの側面で皆そうだ. リュ・シオンとそっくりな場合は, 事実上日本にはない. 中国で活動中のジャン・ナラがそれさえも ‘リュ・シオン類’と一脈相通ずる部分がある. 二人を一緒においてみよう.

先に活動方式だ. SMーエイベックス連帯という特異ケースを除けば, 一般的に韓流スターは 2種固定方式を選んでいる. 一つは韓国活動に根を置いて力を注いで, これを海外に一般的に輸出する形態だ. 輸出時持つ各種広報行事と空白期のファン合コンなどが韓流活動の全部. ベ・ヨンジュンの代表的だ. ‘冬のソナタ’で日本最大海外スターになったにもまともに日本コンテンツに出演した事がない. グァン・サンウ, イ・ビョンホンなども同じなラインに付いた.
こんな方式は ‘韓国でもうスター’であるアイコンが ‘日本市場’で主に活用される. 日本市場が欲しくはあるが, それでも韓国をてんから捨てるほどに韓国立地が危なげなこともない. 結局韓流を ‘付加収益’ 位だと思って, ‘初めて浮かんだ方式’をそのまま固守するのだ. この方式の問題は, セガ減るしかないという点だ. 日本韓流はいわゆる ‘韓流マニア’ 階が差している形態だ. 決して大衆化された形態ではない. そしてすべてのマニア層戦略は不可欠でセガ与える. 大衆化を通じる前進的イメージが消えればオタクラインに乗るようになっている. 結局マーケティング活力が劣ってファン層が瓦解される.

他の一つの活動方式は初めから ‘現地用’ 戦略だ. デビュー自体を日本でする式だ. これまたも日本市場で主に活用して, 俳優よりは歌手の方が活用している. K, 允下などがこの方式を選んだ. 大部分韓国市場ではよく食われないコンセプトの場合試みる. Kは ‘男ソロバラード歌手’ コンセプトが流行におくれた時日本で登場した. 允下やっぱり ‘楽器を演奏するソロ女性ミュージシャン’ コンセプトがまだ市場にない時出た. この方式は, 今まで明確な成功事例はない. 現地でも韓流なのかメーンストリームなのか判断がつかながる.

明確なことは, この方式が ‘逆韓流’に機能したりするという点だ. 允下が代表的例だ. 日本活動市認知度を土台で韓国活動を再編した. 煮こみなさいやっぱり日本映画 ‘青いオオカミー地終りバーに終える所まで’ 出演広報時得たメディア関心を土台で韓国活動を新たに書いた. 韓流效果と言うよりは, 国内デビューのまた他の方便位に考えて見られる.

リュ・シオンとジャン・ナラはここで脱した実質的 ‘第3の方式’だ. 韓国でデビューして, 誰でも分かることができそうな認知度を広げた. その後海外に移って現地化戦略を動員した. リュ・シオンはシングル 8枚, 正規アルバム 5場外にも NHK 朝ドラマ ‘どんと晴れ’, TBS ドラマ ‘弔詩デカ’にも出演して良い反応を得た. ジャン・ナラも中国で歌手で確固に腰を据えたし, ドラマ ‘ティアオだけ公州’で大成功をおさめた. この方式を選んだことは置くだけだが, 二人とも刮目に値する成果を得たという点が重要だ.
この方式は確かに成功可能性が高い. 韓流を通じて得たマイナー的ファンベースを土台でメーンストリームに入城する形式だ. ただ, 先立って言及した ‘自国市場への未練’ のせいにこの方式を選びやすくないというのが問題だ. ここで ‘誰が’ が方式を選ばなければならない問題が現われる.
この方式を選ばなければならない ‘人物’は, 自国でスターに浮び上がるがキャリア延長過程で間違いを犯したケースだ.

リュ・シオンは 1994年ドラマ ‘感じ’ であると言う倦まず弛まず TVドラマ俳優に位置づけて来た. しかしどのシゾムブトンがバラエティーショーとの両立が始まった. ここのところからが握手だ. リュ・シオンはバラエティーに ‘すぎるほど寝る’ 適応した. ぺちゃくちゃしゃべて, 気取って, どうも王子病的な彼の ‘バラエティー的自我’がドラマ領域まで侵犯した. キャラクターの間に衝突が日付け, 先におさまったことは相対的にカリスマが弱いドラマの方だった. ‘バラエティー用ポスネルロティ’で落ちない以上, これ以上行く所がなかった.

ジャン・ナラも同じだ. 2001年ドラマ ‘ニューノンストップ’で可愛くてかわいい猟奇キャラクターで人気を集めて翌年 ‘明朗少女成功記’まで成功させたが, そこまでだった. 本来極端的キャラクターはあきれやすいことにも, 2002年一年の間おおよそ 18個 CFに出演しながら自分のイメージを枯らした. このような時は映画など他のメディアを通じてイメージ転換を試みて見なければならないのに, 初映画出演作 ‘オオ! ハッピーデー’さえ ‘ニューノンストップ’と違うのがないキャラクターに一貫した. ますますキャラクター效果は落ちて, 一歩遅れてイメージ財政費を試みたが一足遅れた. 大衆はもう彼女に退屈解夏高あった. やっぱり, もっと行く所がなかった.

これらは皆自国での間違いを半面先生して, 偶然に得た韓流機会を徹底的に管理している. リュ・シオンは由緒のある家柄などを広報して, 国内での ‘王子様病’ イメージを完全な ‘王子’ イメージで入れ替った. ふざけるイメージを制御して, 時たま日本バラエティーショーに出ても韓国と同じ姿は見えない. ジャン・ナラは比較的キャラクター消尽が減った歌手の方で活動中心を取った. 中国ドラマも多様な配役を引き受けてイメージ固定を避けている. これらに韓流活動は一定部門 ‘反成文’ 柄であるわけだ.

こんな状況だからこれらの ‘活動目標’も既存韓流スターたちと変わるしかない. 既存韓流は ‘韓国’という市場をずっと意識する. 韓国活動を輸出しようとする方も, てんから現地化を思う方も ‘逆韓流’ 效果を絶えず意識する. リュ・シオンとジャン・ナラは自国市場を ‘初めから’ 振り返らなかった. 代わりに海外で得た ‘第2のキャリア’に集中した. その集中度位效果は良いしかない.

1位をベ・ヨンジュンでおいて, 2位席をおいてグァン・サンウ, ウォン・ビン, イ・ビョンホン, チョン・ウソンなどが角逐戦をする時, リュ・シオンは晩年 3位で 4年を投資した. 結局今は ‘誰も見下げることができない’ 2位になったし, 未来可能性で見ようとするとベ・ヨンジュンと同じ位な水準まで行った. ジャン・ナラも韓国を振り返らないで中国市場に穿鑿したあげくに, 今は ‘韓流’というかさぶたをはなしても良い位現地化されている. 北京オリンピック D-100記念曲 ‘ベイジングファンイングニ’に動員された 100仁義 ‘中国歌手’ 中にも入って行った.

もしかしたら真正な意味での ‘韓流’と言うのはこんなことかも知れない. 市場をまともに管理する能力もならないのにハイプだけ振り撤いて商売気や満たす ‘国内最高級スターの韓流ショー’は限界が明確だ. もう悪影響も起きている. それよりはリュ・シオン・ジャン・ナラ例のように, 韓国から行く道に迷った芸能人たちの現地化進出が芸能人ひとりひとりは勿論, 国家文化産業足場用意でももっと有利なことであることができる.

韓流はもうこんな方向を考えて見なければならない. 国内用ショーから脱して現地安着を最終段階で設定, これを行ってくれる人々を振り返らなければならない必要がある. 10年後現地で, 相変らず名前を憶えて関心を持って韓国に対する好奇心を抱かれてくれるこれらはいざリュ・シオン・ジャン・ナラだろうと言う点でもっとそうだ.

大衆文化評論家 fletch@empal.com <ソウル=ニューシース>
2008-11-09 10:00:30
by kazem2 | 2008-11-09 19:19 | 趣のままに