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by kazem2
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第13回PIFF総決算

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♡FILM2.0
閉幕作に選定されたユンゾングチァン監督の <私は幸せです> 上映を終りに 13回釜山国際映画祭が幕を閉じた. 総 60ヶ国 315本の映画を招待して歴代最大作品数を誇った今度映画祭は大きい問題なしに比較的安定的に行事を終えたという評価を受けた. 特に鮮かな色を持ったという点が鼓舞的だ.








まず, 去年はみでた行事進行未熟及び事故による問題をわりとよく改善した点が目立つ. 海雲台白砂浜に位した PIFF パビリオンに水が新しい恥さらしを買った映画祭側は徹底的な改善補修を通じて雨天に備えた. 空間が狭小で媒体の怨声を買った記者会見場をもうちょっと広い所に移してプレスのための取材環境も改善した.

その他に海外ゲスト礼遇と通訳でも何の取ることが聞こえないなど映画祭側は 2007年の間違いを繰り返さないために万般の努力を傾けたという裏話だ. 野外上映場での停電事故(オシイマモル <スカイクローラー>), 開幕式での突然のマイク消え同じ問題がなかったのではないが映画祭側を当惑にさせるほどではなかった.

こんな安定的な運営が無色するほど大きい話題がなかったことは惜しいことで残る. 中それでも今年は釜山映画祭が持つ話題性がちょっと落ちたのが事実だ. 開幕当日裂けた崔ジンシルの死消息は開幕式を向けたファンと言論の関心を分散させた. しかも釜山市民たちの爆発的な人気をあつめているプロ野球地域軟膏チームロッテジャイアンツのプレーオフ競技が重なったことも映画祭に影響を及ぼしたという評価が支配的だ.

このように話題性は例年にくぎ及んだといえども映画祭に対する関心は今年もむかしのままだった. これは去年と比べて今年釜山を尋ねた観客数でどの位確認することができる. 10月 6日夜の十二時を基準に発表された中間集計結果によれば, すべて前売り座席は 16万 7,566席(すべて有效座席数 27万 4,712席)で去年同期間(開幕初週末日曜日)の 15万 3,089席(すべて有效座席数 25万 7,987席)より 1万 4,477席が増えた数値だ. このように前売り座席数が増えたところにはモバイル前売りを取り入れてリアルタイムで携帯電話チケット前売りが可能にさせたしインターネット同時接続トラフィックを無理なく手におえるようにシステムを取り揃えて円滑な前売りをはかったせいだ. それによって開幕作 <スターリンの贈り物>は前売り手始め 1分 30秒ぶりに売り切れる記録を立てたりした.

一方, 現場販売分を含んだ主要完全売り切れ作品ではワングがウィの <動詞西ドイツリドックス>, 犬童一心の <ぐーぐーは猫である>, キム・ジウンの <良いやつ悪いやつ変なやつ>, オシイマモルの <スカイクローラー>, ゴレにヒロカズの <かけてもかけても> などが記録した. クリスマルティネズの <100>, プランしてブロだ他費いやの <はいた病んだのか>, ブジヤングの <今これどおりが良いです> などのような未知の作品も完全売り切れを記録したが主に有名監督たちの作品に追われたという事実はそれほど映画祭に新しい機運を吹き入れてくれる作品が不足だったという話もなる.

釜山だけの特別な色を出す

今年釜山映画祭の招請作は 60ヶ国 317編で歴代最多を記録した. 世界最初に上映されたワールドプレミアが 85編, 自国を除いた他の国で最初公開されたインタ−ナショナルプレミアが 48編で去年より 41便多い 133編を記録, また歴代最多を記録した. 増えた作品数位プログラムも充実だったということが全般的な評価だ. 未知の領域で残っている中央アジア映画を積極的に掘り出した点, 最近になって強気を見せているイタリア映画を集中的に紹介した点, 新しい機運を感じることができる韓国映画が多数登場した点等釜山だけの特別な色が感じられなかったという過去の評価と違いプログラムの特徴が鮮かになったという点は高く買うに値した.

釜山映画祭のこのような意志はカザフスタン映画 <スターリンの贈り物>を開幕作で選定したところでもう確認された. “中央アジアは隠された映画の見てだ. 中央アジア映画を注目しなければならない時”という金同好委員長の言葉のように釜山映画祭はカザフスタン映画五つ本, ウズベキスタンとモンゴル映画それぞれ一篇など発掘の領域を確張する姿を見せた. 去年開幕作 <集結号>と閉幕作 、エヴァンゲリオン新劇オンドルの床マット: 西(序)>が興行を念頭に置いた選択ではアニニャであり疑問を催したことと比べて確かな路線を取ったわけだ. しかしこのような映画祭の意図とは違い中央アジア映画は何の注目をひくことができなかった. 特に開幕作 <スターリンの贈り物>は映画が持っているメッセージの強烈さにもかかわらず期待に達する事ができなかったということが衆評だ. 映画祭の最初意図を思ったら惜しいことで残る書き入れ時だ.

仮に中央アジア映画だけではなく全体的にイシューを起こすに値する作品はなかった. ただ映画祭中盤を経ちながらいくつかの話題作たちがくちのうわさに乗って観客集めに成功して人目を引いた. 特に話題作が韓国映画の方に追われていたという事実は内外で沈滞期を経験している国内映画界に期待感を与えること十分だった.

ヤングイックズンの <トングパリ>は毎上映ごとに観客の熱っぽい呼応を導き出したしバックスングビンの <葬式のメンバー>, 手霊性の <略奪者たち>, ギムテゴンの <毒>, パク・チンソンの <魔女の管> 老境胎衣 <置物たちの地> などはそれぞれ他の個性で多様な楽しさを与えた. またブジヤング(<今これどおりが良いです>), 故台鼎(<彼女たちの部屋>),ギムソヤング(<坊主山>) など女性監督たちの躍進も多くの関心を集めた.

イタリア映画が多くなったことも今年釜山映画祭の特徴だった. 実はイタリア映画は釜山と特に縁がなかった. 去年から個別スクリーニングを始めた後今年他非我だの兄弟回顧展を準備しながら関係が仲がいくなったということが履修院プログラマーの説明だ. 他非我だの回顧展外にイタリア映画は 6編が上映されたが全世界的に迫ったイタリア映画の実体を見られるという点でおもしろかった. この中ワールドフリー米語が二篇が含まれていたし <雨の中のサンドリン>は主演俳優であるアドリアノ−ジアニニが直接釜山を訪問, 映画祭最初でイタリア映画 GVが成り立ったという点で意義があった.

新しい転機を用意しなければならない時

この以外にも今年釜山映画祭は興味あるプログラムが多数あった. スーパーヒーロー物の流行に敏感で用意された ‘アジアのスーパーヒアで’ 私は, <4ヶ月 3週 2日>で注目され始めたルーマニア映画を集中照明することができる ‘ルーマニアニューウェーブ’ 私はなどがそれ. これに対して国内外評論家と記者たちは “プログラムの意図は評価するに値するが興味ある作品は多くなかった”と指摘する. 平凡なお膳立てだった去年と比べて確かによくなったが ‘どんな’ 機運を感じるには相変らず 2% 不足だということがこれらの評価だ.

釜山映画祭立場ではこんな評価が混乱するかも知れない. 作品編修の規模をふやせば色がないと, 色を取り揃えれば話題作がないと不満を噴き出す評価がけち臭いと思うこともできる. しかしそれはもう期待し上がった中に釜山映画祭が直面したアイデンティティの問題だ. これから釜山映画祭はアジア最高映画祭という評価だけでプレミアムを得ることができる時期は経った. 今年競争部門を新設したソウル忠武路映画祭とトロント映画祭が 9月に, 東京映画祭とローマ映画祭が 10月に開催する状況でプログラム需給のための競争構図は避けることができない事になった.

そんな点でワールドプレミアとインタ−ナショナルプレミアが去年に比べて増えたということは釜山映画祭が相変らず競争力を取り揃えたことを意味する. 今後とも映画祭位相のためにワールドプレミアとインタ−ナショナルプレミアに力を傾けるはずなのは火を見るよりも明らかな事だ. それなら問題は内容物の純度だ. ‘最初’という修飾語が映画の質まで保障するだろうと言う法はない. 単純に色だけ持ってからは成功したプログラムだと言えないのだ. また他の電気が必要なのはそのためだ.

今年釜山映画祭は第2の跳躍のための足場は用意したように見える. 運営上では進行の安定をはかったし, プログラム的には色取り揃えるのに成功した. これからは運営のノーハウを受け継ぐ映画祭インフラの構築を深刻に考慮しなければならない時で, 釜山映画祭が持っている色が消されないように持続的に引き続かなければならない時だ. 釜山映画祭は本当にもう一度出発点に立った. ホナムウング, 産着だと記者

釜山でうかがったゲストたちの ‘千態万象’

� ホン・サンスはピアノ−メン <35 ラムショット>のクレール入るから監督とホン・サンス監督は懇意ななかだ. クレールドニが釜山を尋ねながらふたつがもう一度団結した. クレールドニは某ホテルでインタビューを持ってロビーでホン・サンス監督に会おうと思ったが急に消えて彼女を荒てるようにした. ところでなぜか, ロビー一方でグランドピアノを演奏しているホン・サンス監督だって. “クレール入るから, あなたのためにピアノを演奏した.” とてもよく打ったという裏話.

� 上野樹里は猫が好きで <ぐーぐーは猫である>で釜山を尋ねた上野樹里開幕式レッドカーペット入場から映画祭訪問期間始終猫を抱いて通って話題を集めた. 映画祭側は安全問題を理由で, 絶対不可を叫んだが映画広報社側が準備してくれ可愛い猫と一緒にすることができたと.

� スターリンの贈り物がオレンジジュース? 映画祭最高のスターは開幕作 <スターリンの贈り物>に出演した子役俳優ダルレンシンテミロプだった. インタビュー始終撮影陣に手を振って “映画を見たら演出がしたくなった”と言う子供らしくない言葉で可愛さを独り占めしたこと. 特に一時間の間進行されたどのインタビューではじっと座っていることができずにドルラックナルラックゴリとテーブルの上に置かれているオレンジジュースをおおよそ十杯も飲んで周辺人々が腹を抱えたと. ホナムウング記者


グランドホテルは ‘ビョンサマ’ おばさんファンの聖地
<良いやつ悪いやつ変なやつ>(以下 <ノムノムノム>)で釜山映画祭を捜したキム・ジウン監督と三人の名の ‘やつ’たち. 特に ‘悪者’ イ・ビョンホンが泊った海雲台グランドホテルは彼を見るために寄り集まった日本おばさんファンで早目に予約が満了した. 国内の素早い旅行社たちが <ノムノムノム> 舞台あいさつをパッケージで縛って韓国旅行商品で販売したこと. まだチケットを手に入れることができなかったファンを相手にした <ノムノムノム> 暗票はおおよそ 10~15万ウォンを呼値したという裏話だ.

平均年令が 50代大人百余りの人の日本人観光客たちは開幕式日からレッドカーペットを占領して常凡ではない行為を予告したし夜明けからホテルロビーに雲集して一日中イ・ビョンホンを待つ用意周到であることを見えた. “日本おばさんら猛烈は用心棒もあきれる. 私たちにも片手間に韓国語で ‘イ・ビョンホンいつ来ますか?’と問って見た” グランドホテルロビーでチケット発券を担当する一ボランティアの証言だ. 甚だしくはどんな人々はイ・ビョンホンが乗ったバンをタクシーで追い掛けたりした

機関士は人間の条件を省察する職業だ, <35 ラムショット> クレール入るから監督


海が見下ろされるホテルの 19階カフェーで釜山を訪問したクレールドニと三番目出会いを持った. 前日彼女はホン・サンス監督と ‘オープントーク’をした. 彼女はホン・サンス監督の前作を皆見たし, パリで彼の映画が封切られる時なら直接出て映画を紹介する役目をした. この前の出会いおかげさまなのか初雪に彼女は私を見知って “ホン・サンス監督がどうして私の映画を見ないのか”と言いながら軽い苦情を使った. 彼女の熱烈なファンとして私も知りたかった. 特有のハスキーした声で彼女は “見たくなくて, ではなければ論評を避けるために初めから見ないのか. このふたつの中でどんな方のようだか?” して私にそれとなく考えを聞いた. たぶん二番目ではなかっただろうか.

直ちに彼女の新作 <35 ラムショット>の話に移った. クレールドニはセルズダネの表現を祈ろうとすると地理学的な映画を作る作家でいつも彼女の映画には未知の世界への発つこととバッターとの接触という事態が起る. ところでその去ることが家族の領域で発生したらどんなことが起るはずか, あるいはその家族の話がオッズヤスジへの宇宙中で展開されたらどんな映画が出ることができるか.

<35 ラムショット>はそんな知りたい事を盛り出した映画だ. パリの黒人電車機関士であるリオネルと彼の娘租税ピンの日常と彼ら婦女の情が話のほとんど全部なのに, おもしろくも彼女はリオネルからオッズ映画のお父さん上であるリュチスを思い浮かんだと言う. リオネルの台所にある韓国式電気お鉢程この映画はそれで不慣れで懇意だ. ドニシックの ‘晩春’が作られたわけだ. 彼女は機関士の日常で人間の条件だけではなく映画の条件を省察していた.

キム・ソンウック(映画評論家) 映画の株舞台がパリ北であるようだが, どんな所か?
クレール入るから監督パリ北部の電車駅がある所で, 映画の中主人公でもあった電車機関士たちが大部分その所に居住しているからだ. その所にはアパートで鉄路が見える. 一般的な人々が仕事する所と離れて居住する一方に独特にも電車機関士たちは居住地でも車や鉄路を見ることを楽しんで行う.

キム・ソンウック(映画評論家) 電車を運行する機関士の話にどんな点で興味を感じたか?
クレール入るから監督一応電車や汽車を運転する職業は歴史的に古かった. それに汽車の年令と映画の年は同じ位である. 映画と汽車, 電車の間の関係が緊密だ. 創始期に映画を作った人々と機関士たちはほとんど等しいと思う. 映画にも汽車があんまり登場しないか? 汽車に乗る人々も映画を連想すると思う. 汽車の中の時間はすなわち映画の中時間と似ている. 一種の催眠的な時間だ. そんな時間は私たちにとって夢見るようにして見守るようにする時間だ. 機関士という職業を選択した理由はいつかラジオで機関士のインタビューを聞きながら受けた強い印象のためだ. 彼は機関士という職業は一人でいる孤独の時間が多いと言った. 集中の時間, 集中された孤独の時間があるから人間条件に対して思う職業と言った. 自分にとって内面的な人になるようにする職業でもある. 少しばかのように聞こえるがその話を聞いてベッドで涙を流した. その男に手紙を書いたし後で会ったりした. 車の中で過ごす時間は哲学教育を受ける時間と等しいと思う.

キム・ソンウック(映画評論家) 映画もすごくても運動と止まりがある. 運動を止める止まりは死を意味したりする. 主人公リオネルの友達が機関士で引退をした後に鉄路で自殺をすることはそんな運動を止めた後の死と言う感じがした.
クレール入るから監督そうだと思う. 長ルノアルの映画 <人間野獣>が好きだが, そこも見れば汽車が出てそれは死と狂気を代弁する. Imamura Shoheiの映画でも汽車は成績欲望を通じてたまらなさに至ることに表現される. 現代社会で電車と汽車は少しは他のところ, 汽車は米画を連想するようにする. 田舍を通り過ぎる時それは英雄的感じを与える. 一方電車は毎日の日課と繋がれる. 電車に乗って通う人々を見れば不幸とか疲れて, 苦痛を経験する人々が多い. 汽車はそうではない方だ. パリでは汽車で来てたまらない人々もかなりいる.

キム・ソンウック(映画評論家) ジャンルノアール, そしてプリツラングの <人間の欲望>で機関士主人公は成績な欲望を持っているしまた極めて暴力的だ. 一方あなたの映画で主人公はすごく無口で孤独だ.
クレール入るから監督主人公リオネル(アレックスデスカス)は内向的な人物で三種類源泉で霊感を得て構築した人物だ. 言ったようにラジオで聞いた話が霊感の源泉だった. 二番目は個人的な源泉で, お母さんから聞いた母方のお父さんに対する記憶だ. あなたが少しは狂気があったし, 美男だったし女達が好きだったと聞いた. しかし娘をよく育てることを重要に思った. 三番目は俳優から来たことだが, アレックスデスカスからオッズヤスジへのお父さん上であるリュチスを思い浮かんだ. オッズ映画のお父さんも内向的な人物だ. リオネルの人物像は私が夢見たお父さん上でもあった. 無口で自分の仕事, すなわち職場の日課家の仕事を区分する. それが映画に反映された. たぶん彼に娘がいなかったら飲みすぎをするとか千変万化した起伏が多かったはずだ. しかし娘のため規則的な生を生きて行く. 映画後半のアフリカレストラン場面を見れば, リオネルはその所の主人女とひと晩を過ごそうと思うのに, その理由はこれから娘と別れようと思うからだ.
キム・ソンウック(映画評論家) オッズの映画では結婚式と葬式の場面が似ている感じを与える. 出会いがすぐ不可欠な別れになるという ‘会者定離’がある. 言及したレストラン場面で映画の中人物たちが皆集まっているが直ちに別れるようになる感じがある. そんな点でオッズの映画に似ている感じがした.
クレール入るから監督そうだから私も映画終わりでリオネルの娘である租税ピンの結婚式を見せてくれないで結婚式直前の場面で済ますことに決めた. まるでオッズ映画のように言葉だ.

キム・ソンウック(映画評論家) 娘租税ピンの話には階級車と関した労動階級の問題がある. 家族話に階級問題を連結することはどんな考えから出たことか?
クレール入るから監督階級的なことと家族の問題は生がそうしたようにまじている. 今日労動階級は無視されているし, 階級闘いと係わった問題も物心去ることのように膾炙される. 租税ピンの学校授業時間にある学生がフランツパノングに対して言うがそうなことは第3世界の債務問題が流行が去ることのように言うように昔話に恥部される. しかし今も問題は残っている. (急に 19階のホテル窓外で海を眺めて)このホテルの 19階で下を見下ろせばアパートと海の上の船舶たちが見える. ここにあれば労動階級だから第3世界の問題が時代におくれたように見えることもできる. しかしこのホテルで降りてあの下で働く人々に近付けば彼らが一日にいくらを受けるのか, 会社がもし門を閉めれば彼らの生がどんなにドエルジと係わった問題があることを確認することができる. そのように生には階級の問題がまじている. 給与, 労動, 育児, 教育問題は尖鋭な問題だ. 政治的な問題, 愛, 個人的な感情の問題が日常ではお互いにまじている. 階級問題において色の問題も重要だ. おこる時代におくれるとか物心去る問題が決してない.

キム・ソンウック(映画評論家) あなた映画にとどまるということと去るのが対照的に表現されている. 租税ピンは自分の居住地で発ちたがって彼のボーイフレンド櫓にはいつも外だけで歩き回る人物だ. リオネルと租税ピンがドイツに旅に出ることは過去への時間旅行のように見えたりした. レストラン場面が特別だったことは見るということと接触するのが対照的に表現されるからだ. リオネルはレストランの主人女を眺めて手を接触して, 租税ピンと櫓にもお互いに眺めてキスをする. そういう接触は孤独な人物たちが自分の孤立を脱皮しようとする試みのように見えた.
クレール入るから監督今質問したものなどは前もって意図されたのではないが, そんな見解に同意する. レストラン場面でノ−エが租税ピンの頭を触るとかキスをすることは接触することで, それは各自の小さな領土から脱する行為だと言える. 人物たち各自の領域があるがそこで脱しようとするのだ. ドイツで行く旅行も過去への回帰というのが当たる. とにかく史蹟な自分の領域から脱することを敢えて試みることと話せる. 租税ピンが櫓への部屋の前でしばらくもじもじする場面を憶えるか? 租税ピンが特別なものを言うことではないがそれは自分の領域から脱しようとするジェスチャーだと言える. 質問した問題はとても広範囲な問題だからそれを返事しようとすれば充分に一時間はもっとものを言わなければならないでしょう.(笑い) キム・ソンウック(映画評論家) 写真バックテグン

ジャンルのフレームを確張する, <クリスマス話> アルノ−デプルレセング監督

アルノ−デプルレセング監督が <クリスマス話>で釜山を尋ねた. 映画は遺伝病で骨髓移植が必要なママをいかすために来た家族が集まりながら起るハプニングを描く. <クリスマス話>はデプルレセング特有の知的なせりふと傑出した女俳優たちの好演が引き立つ作品. 多様な人間群像のそれぞれ他の事情たちを編む監督の演出腕前が一品だ.

FILM2.0 前作 <キングス恋人クイーン>と同じく今度にも事情多い人物たちが一場所に集まりながら微妙な神経戦が起る.
アルノ−デプルレセング監督多くの人物たちを1ヶ所に追いこむことで話のエネルギーを増幅させるのが好きだ. <クリスマス話>は米画の下位ジャンル中の一つな ‘Thanksgiving Movie’でそのフレームを借りて来た.

FILM2.0 サンクスギビング・デーに七面鳥取り離しながら家族どうしさっぱりして飾り気のなくて争って, なんかそんな種類の映画言葉か?
アルノ−デプルレセング監督そうだ. 久しぶりに会った家族どうしなんだかんだと言っている途中終局には大きい秘密一つが明かされながら事件が仕上げされる映画. “ママ実は私ゲイです”とか.(笑い) よほど単純なジャンルなのにここに私だけの規則を加えてもうちょっと創造的なジャンルを作って見ようと思った. エマソンの哲学を引用するとか, フランス的な言葉の遊びを追加するとかする式で.

FILM2.0 <クリスマス話>には特に観察自適視線が目立つ. 覗き式の人物紹介が特に印象的なのに.
アルノ−デプルレセング監督観客たちに登場人物が観察される感じを与えたかった. 人物紹介の時使ったことは ‘アイリス技法’と言ってまるで料理ヶが開かれるように画面を見せてくれる方式だ. マーティンスコール世智やフランソワトリュフォー映画でもたびたび使われる. 与えることが与えることができないドラマチックな感じとともに観察自適視線を強化する效果があって楽しんで使う.

FILM2.0 あんまり多い人物たちを描いて見るとシナリオ作業にもそれなりの規則が必要のようだ.
アルノ−デプルレセング監督フランスにはクリスマス 2週の前ほど出る特別こよみがある. 日付ごとに窓が走っているのに開けてみればキャンディーや兵丁なんかが出て心をときめくようにする可愛いこよみだ. シナリオもこれと同じく人物各自の秘密を順に開けてみるように, 私だけの手順を決めて作業したりする.

FILM2.0 あなたはたびたび既存ジャンルに自分ばかりの色を加えて完全に新しいジャンルを作り出したりする.
アルノ−デプルレセング監督私は ‘ジャンル’という概念を重要視する. どんな映画を作ろうがその前に似ている種類の作品を漏れ無く捜してみる. 例えば, <クリスマス話> のような映画が二つ三つだけあってもそれを一つのジャンルと認識する. 私はどんなフレームがなければ何もできない人だ. 産着だと記者 写真バックテグン

一つの <動詞西ドイツ>を作りたかった, <動詞西ドイツリドックス> ワングがウィ監督
ワングがウィとともに成長して来た人々に <動詞西ドイツリドックス>はおぼろげなノスタルジアを催す映画だ. 反対にそうではない観客たちにこれは完全に新しい武侠映画だ. とにかく私たちはこの映画が嬉しい.

FILM2.0 <動詞西ドイツ>をスクリーンでまた見るようになって嬉しい. 過去韓国では台湾バージョンで封切られたが娯楽的な要素を浮上させた編集本だから惜しさがあった. <動詞西ドイツリドックス>を作るようになったきっかけが知りたい.
ワングがウィ監督二つの目的で出発した. 第一 <動詞西ドイツ>のバージョンはとても多様だ. あなたが言った台湾バージョンは勿論で私が見た赤道ない海外バージョンもおびただしい. すべて整理して一つのバージョンで統一したかった. 二番目ではこの映画を ‘求めなくちゃいけない’は意向があった.



2008.10.13 / オンライン編集部
by kazem2 | 2008-10-13 18:18 | News