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by kazem2
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「ノムノムノム」 チョン・ドゥホング武術監督

韓国映画のいわゆる ‘ゲサウム’式リアルアクションを主導したチョン・ドゥホング監督が変身しようとする. FILM2.0 400号でパワー映画人 4位に数えられた韓国アクション係の実勢, チョン・ドゥホングに会った. 彼の意志によって韓国アクション映画の版図が変わるでしょう.

編集長 <TACHIMAWA LEE -悪人よ地獄行急行列車に乗りなさい(以下 <TACHIMAWA LEE> よく見た. TACHIMAWA LEEになぐられて ‘サングコピ’をこぼす場面が印象的だった.

チョン・ドゥホング武術監督 人々が私が壊れるのを面白がっていたよ.(笑い) 元々リュウ・スンワン監督が寝たりするに壊れる事にして, 一応私のシーケンスから先に撮影しようと言った. ところで後で見るから自分のことは取らなくて抜けてしまっていたよ. 最終編集本を見るから CGまで入れて完全にイメージ壊れた. 徹底的にだまされた.(笑い)






編集長 武術監督として直接組んだアクションであると思った.

チョン・ドゥホング武術監督 ではない. 私はイメージを謹厳に管理する. 道を歩く時わざわざ印象使って通う.(笑い) 誰が “チョン・ドゥホングだ”と呼べばその人をもう一度眺める. それでは恐ろしいのか “チョン・ドゥホング監督様”に変わる. そのシ-ケンスはリュウ・スンワン監督がさせたことだ. 描いてこの映画は全体的にリュウ・スンワン監督がしようというとおりすべてした.

編集長 名色が武術監督なのにむだ飯を食ったのか?

チョン・ドゥホング武術監督 そうするわけが. リュウ・スンワン監督の意見をほとんど収容してアクション合を組んだというのだ. 他の映画ではリュウ・スンワン監督と意見衝突が多かった. 主に私がアイディアを出してリュウ・スンワン監督が反論を申し立てる式だったが, この映画ではたいていリュウ・スンワン監督のアイディアに進行された.

編集長 自己恥辱感がしないのか?

チョン・ドゥホング武術監督 そうだった. 感情的にちょっと不便だった. ところが <TACHIMAWA LEE>は映画に対する映画で, リュウ・スンワン個人が好きな韓国映画に対する呉馬主と同時に嘲弄だ. 既存映画場面で多くの部分を取ったしもう多い部分が決まっていた. 仕方ない選択だったしそれが最善だった.

編集長 <TACHIMAWA LEE>のアクションには満足するか?

チョン・ドゥホング武術監督 コメディーはアクションを深刻にチァブァなのどうせ希薄されてアクション場面がよく暮らさない. 考えて見なさい. TACHIMAWA LEEが悲壮に敵方を打ち破るほど笑わせないか? しても損がないで悪口貰い食いしなければ幸いだと思った. それでも私は武術監督だからアクションが良かったという反応を聞きたかった.

編集長 むしろアクションが大好きで問題ではないか. 映画のコンセプト上 70年代映画のように殴る前に倒れて ‘非常に’ する音と拳のシンクも行き違ってしなければならないじゃないか?

チョン・ドゥホング武術監督 そんな指摘も当たるが, 劇場版はちょっと違わなければならないじゃないか? リュウ・スンワン監督が 2000年版 <ダチマと Lee>とは違うように真摯なアクションをして見ようと言っていたよ. それで前半部は軽くてオボスロブジだけ後半部に行くほどアクション場面が滑らかになって精巧になる.

編集長 それならどんな場面が一番滑らかで精巧だと思うか?

チョン・ドゥホング武術監督 ‘ドックビも’ 場面だ. 劇中TACHIMAWA LEEが記憶を失ってウェパルイになって武術を修練する場面だ. アクションのリズム感が生きていて, 何よりイム・ウォンヒの感情がよく暮らしている. フレーム数を減らすテクニックも使ったが最終編集本を見るからちゃんと出たよ.

編集長 チャン・チョル監督の <ウェパルが>がTACHIMAWA LEEに変わって包丁を持って武術を修練して少ない打ち破るという設定に笑って引っ繰り返るかと思った.

チョン・ドゥホング武術監督 それでも武術監督としてこの場面のためそれさえもこの作品を私がしたな, 考えられる. 言わば私の息づかいが感じられる. 包丁を立ち入って笑わせることはするがアクション自体ではとても真剣だ.(笑い) 作品自体としてこの場面の好き嫌いは私の評価する部分ではないが, アクション武術監督が見るには本当に良かった.

編集長 満洲を背景にしたという点で <良いやつ悪いやつ変なやつ>(以下 <ノムノムノム>)と似ている. ところで映画だけ見てもとても苦労したティーがありありと見えていたよ.

チョン・ドゥホング武術監督 それほど見てくれたら感謝するだけだ. 私だけ苦労したのではなく監督, 俳優, スタップなど製作陣皆が苦労した. あの世に間地中県を思えば今も涙が出る. <TACHIMAWA LEE>はリュウ・スンワン監督のアイディアに進行されたが <ノムノムノム>のアクションは私の自ら巡らさなければならなかった. 私は一作品に臨河面夜明けから起きて悩む. 満洲ウエスタンに迎える韓国的アクションと言うのは果して何か, そうするうちに偶然にセルジオ・レオーネの映画を見るようになった. あ, これだ! という気がした. 韓国人がすればウエスタンをしてもどうせ韓国アクションというのが私の結論だった. 敢えて韓国武術でアイデンティティを捜そうとする試みをしなかったしウエスタンというジャンルに充実だった.

編集長 そうだとしても <ノムノムノム>のアクションはそのままウエスタンだと言うにはとても独特の地点にあるようだ. 言わばチョン・ウソンの ‘ワイヤーケム’ 場面は以前に想像もできないものなどだ.

チョン・ドゥホング武術監督 私が主眼点を置いた部分は ‘人’だった. 同じ武術をしてもイソリョングがすることとジャキー・チェンがすることは違う. 私のする役目はソン・ガンホ, イ・ビョンホン, チョン・ウソン各自に当たるアクションフレームを組んでくれるのだった. 言わばチョン・ウソンは <無事>での武人で設定した. ウソングイは <無事>でライフル使う方法を学んだし, <中天>ではライフルをびゅうびゅう回して上手に扱う. ウソングイに言った. “優性よ, 私は無事のヨソルを <ノムノムノム>の桃源にも透写したい.” 無事は飛び回す. 私は <ノムノムノム>でもチョン・ウソンを飛び回すようにしたことだ. 言わば, ライフルを持ち終わる大臣, 鉄砲を持ってワイヤーを取って飛び回したことだ. ウソングイは呑みこみをよく聞き分けて <無事>でライフルを回すように鉄砲を回すという提案もした.

編集長 あなたは事実主義的アクションの合を追い求めて来た. ところが <ノムノムノム>では換骨奪胎した感じだ.

チョン・ドゥホング武術監督 そうだ. 今度の作品では多様で面白い盛りだくさんの絵を描きたかった. それで韓国映画でよく見られなかった場面たちを作らなかったか? それはキム・ジウン監督の球が大きい. 人を本当に楽にさせてくれる. 本人が何がしたいのかよく分かっているしコンセプトが明確だ. 色が明らかだ. 赤色なのか, 青色なのか明らかに言ってくれ話すのを絵で描き出しやすい.

編集長 それならこれからのアクションの絵も熾烈さとリアリティーから脱して見て派手に描いて行くつもりなのか?

チョン・ドゥホング武術監督 そうだ. この前には韓国的アイデンティティを持って悩みをたくさんした. 言わば韓国の固有武術である ‘テッキョン’をモチーブでアクションの合を組んで見ようと子を使って見たりした. <望むことのファイター> の時の実際でテッキョンの動作一部分を挿入したりした. 劇中犯手という人物がテッキョン師という設定のためでもあったが, 韓国的なボディーコントロールをいかして見ようと努力したこともある.

編集長 テッキョンというのがそんなに重要だったか? そうなのにそんな試みがよく見えなかった.

チョン・ドゥホング武術監督 テコンドーは切ってする技術が多い. 動作自体にだけ見れば空手と似たり寄ったりだ. しかしテッキョンは動作がもぞもぞ, おうちゃくおうちゃくして我が国のイメージがよく現われている. アイデンティティが現われる. ところで言葉が易しいでしょう実際では難しい. ドラマ <イムコックゾング> 武術監督する時テッキョン固守を呼んで武術地図をして見たが, 結局編集ですべて持ち出してしまった.

編集長 動作が独特でよく活用すれば良い画面が出るようだが.

チョン・ドゥホング武術監督 <TACHIMAWA LEE>の初盤テッキョン競う場面憶えるか? それを実際に映像に移しておけば笑わせてずっと取ることができない. テッキョン固守に “さあ, これから争いますよ. レッディー, カメラ, アクション!” すれば “いや, プムバブギもしなくて何のテッキョンをしたという話です?”と言いながら尻をぴくっとして “イク, エク” 大声を出す.(笑い) “さあ, これから殴りましょう”と言えば “あ, 左足を放すと右足が上がって左手を振り回すと右手が出るの”と言いながらずっと三角形ステップを踏む. テッキョンの動作自体は独特で美学的価値もある. ところでアクションは感情の衝突なのに, まったく感情が暮さない.

編集長 それなら韓国的アクションのモチーブをどこで捜すつもりなのか?

チョン・ドゥホング武術監督 韓国的な動作を通じて具現するのではなく韓国の風土や情緒を具現しなければならないと思う. 初めには新しい味で好きだったが今のところは私たちの式のリアルなけんかを西洋人々も好まない. もうアクションも ‘ゲサウム’を越して見て世界化されなければならないと思う. ウシュやテコンドー, ムエタイこんな式の素材だと思うことではなくあらゆる武術をすべて盛るべきである. <マトリックス>で西洋人がウシュを試演していてもその人の優雅さとカタルシスが感じられないか. これからは韓国俳優たちも多様性を持たなければならない. それでこそ映画がもっと楽しくなる.

編集長 しかし今まであなたが演出した ‘ゲサウム’ のため韓国映画のアクションがリアルになったことではないか?

チョン・ドゥホング武術監督 この前には韓国的アクションと言うのはいわゆる ‘ゲサウム’ ‘リアルアクション’ のようなことだと思った. 事実は私がそれさえもこんなに上って来たことも ‘ゲサウム’ 演出に上手かったからだ. 私はまあまあの程ではOKサインを出さない. 実際けんかのように見えなければ引き続き “またしましょう. またしましょう”を繰り返す. 後には俳優たちが “あ, くそ! どうしてOKをしないの?” しながら悪に差して演技をする. 肉体は本当にくたびれた状態なのに悪だけ残った時本当にけんかが出る. あの時OKをすれば感情があるアクションがつかまる. だから観客たちの見る画面は ‘リアルに見える’ のではなく ‘本当にリアルな’ 画面だ. それがしきりに積もるから今日のチョン・ドゥホングになったのだ. 同時にチョン・ドゥホングすれば俳優たちや監督, 撮影監督たちがすべて嫌やがるようにした理由期もして.(笑い)

編集長 今まで演出した ‘ゲサウム’はどこから始まったことか?

チョン・ドゥホング武術監督 それは事実の観察から始まったことだ. 言わばアメリカの人々は敢えて身を使う必要がない. 拳法だから何だからおっちょこちょいをすべて震えている時悠悠と鉄砲を取り出してざあっと殺す. それで米画では多様な聡気アクションが開発された. 我が国でけんかだと考えて見よう. 致命的な武器がないから, 物故取り離して満ちてするしか. たかが野球バットに, 組織暴力団たちもなるとさしみを使わないか.

編集長 鉄砲がないことはこの前や今と同じだがあなたの映画は特に粘っこかった.

チョン・ドゥホング武術監督 <腕度男> のようなこと見ればパク・ノシックやジャン・ドンヒが ‘イヌムシキ” しながら拳を振り回せば悪党たち三四人が “オイク” しながらあっという間に倒れる. ところで映画が発展して時代が発展するとこれがこれ以上食われなくなった. イム・グォンテク監督の <将軍の息子> 以後パラダイムが変わってしまった. 何か新しいのが必要な時点にシルベスタ・スタルローンの <ロッキー>と <ランボー>で韓国的アクションのモチーブを捜した. シルベスタスタローンは一番リアルで争う. 章クロド反談のような派手な足技術より彼のボディコントロールに感情がもっとたくさん積まれている. 身にするアクションも演技ということを分かり終わると, すべてのものが確実に変わった. 細細しく観察すると実際けんかが与える感情というのが非常に粘っこくて強い刺激を与えるということが分かった.

編集長 ところで今のところ考えの変わった理由は何か?

チョン・ドゥホング武術監督 リュウ・スンワン監督が私にそうしていたよ. あなたが ‘ゲサウム’ しきりにするからアクションの発展があるのか, 合が精巧に組んだアクションが入っている映画たちが作る事ができないのではないか, どうしてもリュウ・スンワン監督と作業をたくさんして見ると考えが変わったようだ. リュウ・スンワン監督が私にテクニックを覚ましてくれて, それを発揮するように一部分がある.

編集長 ところで今まで ‘ゲサウム’式アクションを主導しておいてそこであなただけぐいっと抜けると?

チョン・ドゥホング武術監督 そこで泊まってはだめだったんだ. そんな面で私が韓国アクションを自ら後戻りさせたと思う. とてもリアルになるからアクションテクニックが発展することができなかった. 映画的なことと実際は違う. 観客たちはますます違うのを願うのに, アクションだけ止めている数はあるのか? オリンピック開幕式でもワイヤーアクションをして他の国が中国を 10年は付いて来る事ができないと話すのに, 返り見れば本当に悲しい. ところで計算して見れば韓国映画もワイヤアクションをしたし香港映画の足技術も事実は韓国映画が伝えたことではないか. <将軍の息子> する時ドルリョチァギをするからあの時もどうして香港映画を真似るとしていたよ. 私は確かにテコンドーで学んだ蹴りなのに. ワイヤーアクションが香港映画だけの特化されたアクションではなかったが今に来てはまるで自分ののであるように話す. 私たちが発展がさせる事ができなかったせいだ. それで私がこのごろにもっと ‘ゲサウム’を捨てなければならないと主張することだ. 活用するのはすべて活用しなくてはならない.

編集長 どうしてもリュウ・スンワン監督とはおかゆがよく当たるようだ.

チョン・ドゥホング武術監督 そうでもあって, なかったりして. 実はリュウ・スンワン監督は 90年代以後の香港スタイルが好きで, 私は同じ香港でも 70年代のチャン・チョルや胡琴前が好きだ. リュウ・スンワン監督の好きな香港映画はジャキー・チェンの映画なのに, アクションが誇張されて派手で精巧だ. 私はそんな香港映画をよく見なかったし意図的に無視した. ところでリュウ・スンワン監督は毎度そうなのをしてくれと言ってしたら “チョン・ドゥホング, 我が強い”とするしかないでしょう. 毎度意見衝突があった.

編集長 ところでどうしてリュウ・スンワン監督はあなたと主に作業するか?

チョン・ドゥホング武術監督 正しくそんな部分のためだ. リュウ・スンワン監督が私に一度はそうしていたよ. “あなたとスタイルが同じだったら事をしなかったことみたいだ. 私のスタイルのようだったら敢えてどうしてあなたを使うか?” スタイルが違ってシナジー效果もあって, お互いに補う関係になったようだ. それが私ではない他人と仕事ちょっとしなさいと言っても, 敢えて私を尋ねる理由のようだ. 定所洞武術監督のスタイルは職人冒雨に会う前まではのっぺりしていた. しかし <英雄>をしたらアクション世界がより優雅になった. 職人冒雨に会って一数学んだのよ. 私にリュウ・スンワン監督がそんな存在だ.

編集長 韓国的アクションと言うのは韓国的な動作や ‘ゲサウム’を通じて具現するのではないと言った. それでは代案は何か?

チョン・ドゥホング武術監督 最近富川映画祭でタイ武術チームが “われらは韓国武術スタップよりアクションをより精巧に駆使することができる.”と言ったが, それは危ない発言だ. タイの武術は目で見るのに技術が確実に現われるからそうで韓国アクションの風土は違う. その国実情を勘案しなければならない. <オングバック>のトニー者がテコンドーをすればそれが韓国的アクションになるか. どんな仕業をしてもタイアクションだ. そうだとして韓国人がするから無条件韓国的アクションになるという話ではない. 韓国人の情緒を込めればそれがすぐ韓国的アクションであることだ.

編集長 それがアクションで具体的に具現された時を仮正解本多面?

チョン・ドゥホング武術監督 例を挙げよう. あなたも幼い頃争って見た事がある. 子供たちのけんかは鼻血が出れば終わる. 鼻血私は方がチンことだ. もうちょっと頭が大きければ, “李さん, 鼻血” しながら飛びかかる. 外国人たちは理解することができない情緒だ. 映画でそんな場面がよく出る理由は ‘アクションは感情の疎通’であるからだ. 私が言いたいことは韓国的の風土や情緒を込めなければならないというのだ. それでは武術の素材においてはより自由になることができる.

編集長 しかしあまり新しい馬みたいではない. 買うそんな試みはもう <阿羅漢張風大作戦> <チァックペ> などでしなかったか?

チョン・ドゥホング武術監督 当たる. 韓国的情緒を基調に敷いてすべての試みをしたかった. 言わば <チァックペ>の正統アクションのモチーブは ‘疾走するアクション’だった. 高等学生たちが飛びかかる場面を見なさい. リュウ・スンワン監督は “やっぱり韓国高等学生は組織暴力団より恐ろしい”ということを表現しようとした. <阿羅漢張風大作戦>も多くの試みを一作品だった. ところで悩み苦しむ. 人々がそれを見てどうして香港映画を真似るとしていたよ. 道術を使って飛び回せば, その比較のデータが香港映画しかない. それで評価が受けないこともある.

編集長 それほど主張して見ると監督が要求すれば従わなければならないのが武術監督の宿命ではないか?

チョン・ドゥホング武術監督 こんなものを言えばちょっと物悲しいが映画界でも階級があるみたいだ. それで私もこの前には ‘身分上昇’のために武術監督としてではなく映画監督でデビューしたいという考えをヘッドレッダ. しかし今考えて見れば私はそれほど賢明な人ではない. このごろに思ったのはアクション俳優を掘り出す ‘ライジングアクションスター 2008’ プロジェクトだ.

編集長 アクションスターを掘り出すプロジェクトとあなたの進路が関係があるか?

チョン・ドゥホング武術監督 上官がとても多い. 今までは映画をおいて俳優を渉外したが, アクション専門俳優が誕生すればその俳優を念頭に置いてアクション映画を企てることができるようになる. ジャキー・チェンのはいだけ入っても分からないか? グァン・サンウ, チョン・ウソン, イ・ビョンホンが, リュ・スンボンが, ソン・スンホン, ゾングゼヤングみたいなかなりの俳優たちはアクションを本当にお上手だ. こんな俳優たちは身代わりなしもアクションを消化するだけでなくアクションの小味をよく生かしたりする. しかし “お前はアクション俳優よ”と言えば頬を殴られる. “私が何のアクション俳優です? 私は俳優です”と答えるはずだ. “私はアクション俳優だ”と堂堂と言えるアクション専門俳優が誕生して, アクションが株になる映画が作われたらとてもテクニカルした本当のアクション映画を作ることができるようになる. 後輩たちに良い環境を作ってくれたい. これはもちろん忠武路の製作者たちが関心を持った時話だ.

編集長 鼻柱折れて, 身にボルト打ちこんで, 脊椎と膝はすべて擦れたと聞いた. 必ずそのように住まなければならないが?

チョン・ドゥホング武術監督 フィギュアスケートギムヨンよ選手やバレリーナカン・スジン足見たことあるか? 登山家ラインホールトメスノ足見たことあるか? 凍傷のため足指が 3個しか残らなかった. 最高になろうと思ったらそれ位は当たり前ではないか. 最近柔道で金メダル他のチェ・ミン号が泣くのに私もしたがってどんなに泣いたのか分からない. のように武術する人立場でその人がいくら努力したのか分かるからだ. 実力もないのに努力もなければ壊れることではないか. 私が頭が良いのでもなくて. それで後輩たちよりもっと走る. 私はお腹の肉が蒸せば死ぬと決心した人だ.

編集長 武術する道は色々持つ. どうしてやくざや体育館官長やテコンドー教授にならないで武術監督をするか?

チョン・ドゥホング武術監督 <将軍の息子>で感電された. 観客が屏風のように取り巻いていて, 金洞会とギムドファンが争う場面だった. 電気がチリッ通じて一年の間動くことができなかった. あの時 ‘私の長さ映画だ’という決心をした. 韓国の武術というのを世界に知らせることができる道はやっぱり映画だ. カンヌも行ってアフリカも行ってヨーロッパも行くことができる. 道場でお金をよく儲けていても大水で遊ぶことができない. 映画という芸術, 素敵ではないか? 私たちが分からない国でも韓国映画を見ながら “灰たちおもしろいね” と言わないか?

編集長これからの計画は?

チョン・ドゥホング武術監督 ツェドングフン監督の <前愚癡>をよく取るのだ. 異種格闘技のピョドルが映画撮ると武術監督をしてくれとロシアから連絡の来るのにスケジュールがあわなくできないようだ. 板前が良い材料見れば狂うことなのに, ピョドル連れて取れば本当に自信あるのに惜しい. ハリウッドでも時たま ‘当り’が来る. いつかは行きたい.

編集長 <前愚癡>ではあなたが言った進一歩されたアクションを見られることか?

チョン・ドゥホング武術監督 悩みが多い. 毎日夜明け 3時に起きて朝まで悩む. ツェドングフン監督は整形化された拳法を嫌やがるのにワイヤーアクションに道術使うのが多い. 武器もたくさん登場して多様なことをソンブェル予定だ. アクション組むことは 20年をしても常に難しい.

編集長 作品は何を見て選ぶか?

チョン・ドゥホング武術監督 選ぶことは. 入って来れば無条件 “はいありがとうございます” してする.(笑い)

編集長 夢があるか?

チョン・ドゥホング武術監督 最近に <傷害>を演出したが, これはシナリオを補強して良い監督に突き出したい. 死ぬことの前までいたわしい作品だけ武術監督ではなく映画監督をしたい. シルムがお上手だったお父さん話だ. 私が軍隊に入隊する時お父さんが私を愛するのが分かったが, 除隊もする前に亡くなった. 必ず作りたい.

♡キムジウン監督が「甘い人生」に引き続き「ノムノムノム」でも
アクションを任せた気持ちが解かるような気がしました

2008-08-29 17:33
by kazem2 | 2008-08-29 19:34 | Movie