ANEMA E CORE


by kazem2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

キム・ジウン監督 セリフにみる感覚の帝国Ⅱ

“ちょっと見物しようとすればあちら門に入って行けば良いです.”(‘甘い人生’でシン・ミアがチェロ演奏リハーサルのために舞台に上がりながらイ・ビョンホンに.)





-一般的では人物の後統帥をクローズアップで見せてくれる場合がほとんどないですね. ところで監督様は役でそれを一番積極的に駆使する演出者中の一方です. 一番代表的な場合が正しく ‘甘い人生’でチェロを演奏する喜寿(シン・ミア)を眺めて愛を感じるようになったソヌ(イ・ビョンホン)の内面を, 後姿を通じて表現した場面です. そのショートはこの映画でメロウ的に一番ロマンチックな場面なのにそんなになさったのを見れば, 後姿にも表情があると思うようです. ‘長靴, 紅蓮’から首尾(林修正)が川端に一人で座っている光景を後姿でおぼろげに取ったエンディングショートもそうで.

“さびしいとか寂しい感じを表現する時私が後姿をたくさん取るようです. すべての後姿には寂しい感じがあるんじゃないか. 人物の境遇が難しくなったとか心理的に弱くなった時後姿で表現する場合が多いようにします. そうではなければこれからその人物が難しさに処するようになるはずだという予兆を垂れるようにするテイドンがです. そうな時はアブモスブより後姿が情緒的にもっと波長が大きいですね. どんな女と別れる時別離を宣言するとか別離の言葉を聞くその前では真実ではない顔をする時があります. ‘そう, よくして見て’とか, 心にない言葉を投げながら.(笑い) ところが, そうした後彼女が後ろ向きになってこれ以上私を見ない時私がつける表情だけは真実のことじゃないか? 映画的に後姿クローズアップを通じて一度ずつ傍点を付けることは現実で感じられる後姿に対する感懐のためであるようです.”

-ある人物が後姿で初めて登場すれば観客たちがもっと集中して見るきらいがあります. ‘良いやつ悪いやつ変なやつ’でアブモスブに登場する桃源(チョン・ウソン)やチャンイ(イ・ビョンホン)と違い泰で(ソン・ガンホ)は後姿で初めて現われるという事実自体がもうこの映画がテグに関する映画なのを暗示しているかも知れないです.

“そんなこともできます.(笑い) ‘甘い人生’の場合, 初めから廊下を歩いて行く男の後姿で始まった映画です. それが核心イメージですよ. ホールに歩いて行くソヌ(イ・ビョンホン)という男の孤独を表現しようとする映画だったからです.”

-その映画にはソヌのみならず白砂浜(荒政民)や講師場(キム・ヨンチョル)の歩いて行く後姿も印象的に入っています.

“そうだね.(笑い)”




“何なのあれ. やあ, 掩護する. 後で後で.”(‘良いやつ悪いやつ変なやつ’でソン・ガンホの攻撃に荒てるイ・ビョンホンの部下.)

-ところが, 後姿と係わって監督様映画でおもしろい部分があります. 人物たちが劇の中で電話をする時特に後姿が多いというんですよ. ‘良いやつ悪いやつ変なやつ’で阿片上である栽植(手病号)がテグをやっつけた後電話で報告する時, ‘長靴, 紅蓮’から無県(キム・ガッブス)が電話で首尾(林修正)の病状に対して相談する時, ‘甘い人生’から白砂浜(荒政民)が無声(イ・ギヨン)の電話に音声録音を残す時やソヌ(イ・ビョンホン)が廊下を歩いて閔期(珍句)と通話する時が皆後姿クローズアップだったからです. 一体これはどうしてそうなんでしょうか.(笑い)

“私が本当にそうだったですね.(笑い) そういえば私が電話通話する場面はアブモスブをあまり取らないようです. このようではないでしょうか. 対話を交わした相手が私のの前で急に電話を平気に受けながら ‘もしもし’と言えばそこに対して何の興味がなくなります. ところでその電話を私のの前で身を返してもらえばぐっと分かりたいものじゃないでしょうか?(笑い) そんな電話に出る後姿が映画の中でサスペンスを誘発するようです. 驚くべきですね. 無意識的にそうするようで, それがまたそんな意味がありましたね.(笑い)誰が身を回せば視線が自然にそっちの方へ向かうようになることのようにいらいらして不安な感じもあって. 何かを隠したくて回す後姿と言うのはすごくドラマチックな姿のようです.”

“やあ, これは本当みたいだ.” “それは本当です. 横にいるのが作ったし.”(‘反則王’でソン・ガンホがにせ物であると思った本当のフォークで自らを突いて見た後苦しがるとトレーナーであるジャン・ジンヨンが真相を知らせてくれて.)

-監督様はそば姿さえ定刻で取ります. 90道路正確に折られた人物のそば姿を頻繁に取るから. アブモスブ後姿そば姿皆正面勝負のアングルを駆使すると言いましょうか. ところが, これと関して印象的なことは破局直前瞬間の感情的スケッチは正面クローズアップで, 破局自体を持って来る行動の描写は側面定刻で表現する場合がひんぱんだということです. ‘甘い人生’でソヌが白砂浜をうって殺すとか, 泰で(ムンゾングヒョック)がソヌに鉄砲を発射する時が皆そうです. この時定刻の側面ショートはすごく冷情で客観的な感じを付与します.

“がたっと落ちて見るのですよ. 染みこむ感じではなくある日急にがたっと落ちたようなことを見ることから生ずる強烈な換気みたいなはずです. それでもっとさびしく見えて, 悲劇性ももっと大きくなったように見えるのではないかと思います. 鉄砲をうつ前にアブモスブでツウック入って行っている途中破滅の瞬間自体では定刻のそば姿に変えることで感情的にもっと目立つようにするのですよ. 各課各を 90度でぶつかるようにすることで不意に悲劇の瞬間が壊れて出るという感じと言えよう. 緩い閣議連結で情緒を引き続くよりはずっと強烈な情緒的效果を誘発するという信頼があるのにそんな方式を私が使うのです. 愛する人を失う瞬間の場合, その光景を前ではなく横で見れば, 何かが狂暴にその人をひったくるような感じがもっと大きくなると思います. 最後のそば姿と言うのは, 正面から完全な交感することができなかった状況での喪失だからもっとおぼろげで悲劇的です.”

“ガンホさん, レスリングどうしてしますか?” “そうですね. どうしてするの? の中にある話ハルリョだからすごく照れくさいね. とにかく本当にひさしぶりなのに私が何を熱心にこんなに楽しいようにして見たことがなかったです. それでそうなのか? 前に試合する時です, あの時そんな気がするんですよ. 震えるどころかどうしてそれほど力が出て浮かれていたか. それでここ書だけは私が最高だ, 誰が何と言っても私が最高だ, そんな気がするんですよ. とにかくその時とても良かったです."(‘反則王’でバスを待ったソン・ガンホがジャン・ジンヨンの質問に返事.)

-‘反則王’から大豪(ソン・ガンホ)がレスリングをする理由に対して述懐する場面を見ながら, 私は ‘あのせりふがすぐ映画をする理由に対するキム・ジウン監督自らの答ではないか’と思いました.

“そうです. これは告白に近いところ, 実は私がすべてが弱いです. ヒューマンリレーションズも弱いですね. 好きではない人とは 1分もようにいられないです. 人々とでくわした時軽くあいさつを交わすことさえ下手です. ところが, 映画を撮る時だけは私が強まる感じです. 撮影する時は一回もアパボン赤道ないです. 難しい状況を乗り越えなくちゃいけないと言う意志も強まります. それで現場で ‘毒毒しいやつ’ 音まで聞くかも知れないですね.(笑い) 他のところでは軟弱だったが, ひたすら映画をする時だけは正面勝負を自ら要望して, 難しいとかしたくない事もすべて忍耐します. だから大豪(ガンホ)がレスリングに落ちこむ理由と似たり寄ったりなことがあります. この前には実は食べるために仕事をするという感じもあったが, もう確かに仕事をするために食べるようです.(笑い)”

(このインタビューの後半部は ‘移動陣の映画風景’ 7月25日付けにずっとつながります.)
2008-07-24 11:00
by kazem2 | 2008-07-24 14:06 | Movie