ANEMA E CORE


by kazem2
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FILM2.0 Feature「ノムノムノム」Ⅱ

3. キャラクターで見るノムノムノム - 虚無と欲望の化身たち

<ノムノムノム>はキャラクターの香煙だ. 我が国を代表する俳優 3人が各自の個性と香りをとかして, 劇中役目で生まれ変わった. これらのキャラクターは典型的だが分かってみれば典型的ではない立体的キャラクターだ. それでのぞき見るほどおもしろい.



やつらの正体を捜して


何年か前チョン・ウソンとインタビューを分けた時自然に好きな映画が何なのかを問う質問をした. 彼が指折った映画は ‘ティユニティシリーズ’だった. <私の名前はティユニティ> <ティユニティだと呼んでくれ> <まだ私の名前はティユニティ>. インタビュー当時その映画たちがよく思い出さなかったせいによく分からないという返事をしながら過ぎ去るしかなかったが時間が経って DVDを通じてティユニティシリーズをまた見るようになった時幼い時本名画劇場の記憶が浮んだ. ティユニティシリーズで常に印象深く見たことは ‘コングヨリ’だった. のりに炊いて広やかなフライパンに焼くコングヨリはうまそうな印象ではなかったがそれにもかかわらず食欲を刺激した.

このシリーズの主人公は題目とは違い兄弟が登場する. 兄さんバンビーノと弟ティユニティは鉄砲よりは拳で争う場合が多くて, コメディーを加味した変則西部劇の楽しさをまともに見せてくれている. それにもかかわらず相変らず印象的なことはがつがつしているように食いつく食事場面だ. <良いやつ悪いやつ変なやつ>(以下 <ノムノムノム>)の試写会場に座っているのに韓国式満洲ウエスタンの楽しさを与えると予想される映画を通じて独特の西部料理を期待したのかもわからない. しかし多い登場人物と事件を取り纏めるのに滞って見ると荒野で料理をする余裕のある瞬間を見られなかった.

たとえ料理ではないが等しい次元で西部映画の思い出を触れる場面はある. それはソン・ガンホとチョン・ウソンが荒野に腰を据えて寝床に入りながら対話を交わす場面だ. たき火と毛布一つだけをかけて, お互いに敵なのか同志なのか確信がないながらも, 宝物指導をおいて未来の夢想を列べる二人の男の姿は西部映画の典型的な書き入れ時中の一つだろう. 未来に対する不安感と現在の緊張感が漂う中に夜場面は夜明けに変わる. 親密だった夜の時間が経って裏切りの太陽が浮かんだのだ.

全体的には情緒的な場面たちを見るようになる場合が多くはない. のべつ幕無しに銃撃戦が開かれて, お互いを追って追い回される状況で寄せつけるがキャラクターに生命を吹き入れる情緒的呼吸の側面では惜しさが残る. 三人の名医主なやつらにキャラクターを吹き入れる方式はアクションだ. 争う方式と典型化されたファッションを二時間が過ぎるうちに維持しながら基本的な形象を構築し出す. それは予告篇とポスターを通じて慣れた今夏映画館通りのアイコンになるでしょう.

1930年代の満洲原野で広げられる映画の三人の名のやつらの中で正体が一番明らかなことは悪いやつだ. 馬賊たちの親分でナンバーワンではなければ耐えることができないパク・チャンイ(イ・ビョンホン)はひと目に見ても悪党みたいな外形をしている. 外面と内面にあらゆる傷を持っていることを露出するチャンイは鉄砲なら鉄砲, 刀なら刀, 武器を自由に駆使する能力を誇示する. このような能力は ‘一対一’ 対決場面で絶頂に達する. 早い動作はイ・ビョンホンという俳優のす早い印象ともよく一団となる. 彼は自尊心をかけた対決では決して倒れない死の使臣だ
パク・チャンイの内面的な傷を一番よく見せてくれる場面は象徴的お父さんにあたる ‘宋映窓’を殺す場面だ. 二人の対話を通じて彼が幼い時代からパク・チャンイをおさめたことを見当をつけることができる. 日本銀行の総帥が持った地図を尋ねて来るかという質問にチャンイは応分のお金を要求しながら取り引きを始める. しかし言葉とは違い地図がないことを確認するようになった宋映窓が怒って銃口を狙うとチャンイは早い軽く避けて刀を刺す. 何らの感情がなさそうだチャンイの行動は感情がメマルラボリン満洲朝鮮人の典型を代表する. 重要なことは二人の間に流れる象徴的な金持ち関係以外にも満洲時代を生きて行く朝鮮人として二人の人物を縛っておいた紐だ. 国家を売ってしまったことで見当がつく売国奴宋創意や死に対して無感覚なチャンイは自分の生存と利益のために他人を見ない典型的な悪党たちだ. このような連結の輪はチャンイを ‘売国奴’ 集団と縛られるようにすることで悪意背景をもっと強調する效果を生む.


彼に比べて良いやつには変なやつの機運が漂う. 懸賞金狩人である迫到院(チョン・ウソン)はお金になることは何でもする狩人の典型を取り揃えている. ユンテで(ソン・ガンホ)を取ることはしたが彼が持ったのが宝物指導という言葉を信じてついて行く姿で迫到院に切実なのがお金というのを見当をつけるようにする. しかしチョン・ウソンが西部映画の典型的な狩人たちのようにお金に命をかけた男という感じを与えない. 砂漠の中でもきれいに見える彼の服装は彼が正義のある朝鮮人と繋がれているという印象を漂う.

迫到院はユンテグに地図を狙う人々の中には独立軍もあると言葉尻を濁ごす. この言葉は後半に至って現実になるだけでなく迫到院の過去履歴が独立軍と無関係ではないことという見当ができるようにする. 後半部には独立軍の姿がちょっと登場するのに一員中の一つの親指院が目的地を尋ねるために迫到院の家に尋ねて来る場面で見当をつけるようになる.(このような背景は売国奴と繋がれているチャンイとは正確に対照的だ.) 迫到院の家の中風景も奇妙だ. 彼は一人きり住んでいるさびしい狩人ではなく扶養しなければならない子供達がいる人物に描写される. 妙な共同体の機運が漂う迫到院の家に到着するようになれば彼のキャラクターは頼もしい長兄の感じを提供する.

迫到院は外形的には一番格好よいやつだ. ロングコートを飜りながら綱をわたってアクションを広げるワイヤアクション場面は誰が何と言っても迫到院のために存在することのように見える. パク・チャンイの素敵なアクションが走路 ‘一対一’ 対決に集中されていることに比べて迫到院のすてきなアクションは一人きり多くの人を相対する瞬間によく現われる. チャンイが荷受の部下を連れて争うことに比べて迫到院はいつも一人きり動く. このような対立的な姿は二つのキャラクターの相反した背景と相反した世界を暗示する. 迫到院の ‘私一人でアクション’は映画の中の人物たちが地図に付いて目的地に向けて駆け付ける場面でも遺憾無く発揮される. 馬に乗ったまま長銃を振り回す迫到院の姿は正確な技巧が加味されたアクションだ. 長銃の銃口を 360度回転しながら再装填して狙う場面は狙い撃ち数としての名声を遺憾無く発揮する. 派手ではないが正確なことでフォームを出すこと. それが迫到院というキャラクターとアクションを把握するようにするキーワードだ.

ユンテグは正体を易しく把握しにくい本当に変なやつだ. 服装からアクションに至るまで終始一貫虚虚実実作戦を広げていることは映画の追いこみに至ってからこそ現われる. 地図が示す現場に到着した三人の人は対決を広げるのに, チャンイの口を借りて過去に名声を揚げた ‘指鬼’の正体が誰なのかを見当をつけるようになる. チャンイはナンバーワンの席を置いてユンテグに最後の対決を請ずるようになって, ユンテグの正体が分かるようになった迫到院も対決に同参することに決める.

しかし隠されたユンテグの本当の正体の代わりをしても時間始終鑑賞するようになることは強い生命力を持った雑草のような存在を代弁する姿だ. 彼のキャラクターが民衆的な情緒を代弁していることは呑みこみをまともに聞き分けることができないお婆さんと会う場面で見当をつけるようになる. 親お婆さんなのかないかは明確にわからないがユンテグは自分の利益を追い求めながらもよく周辺人々をめんどうを見る. 彼は混乱の渦中でも緊張することなしに自分の生計を捜し出す才能の持ち主だ. このような生存力は迫到院とともにチャンイが一党と対決を広げる場面でもよく現われる. 潜り区を頭に使って銃弾洗礼を避けるのではなく ‘マックアがであり’ 広げて見せるアクションの基本は ‘コメディー’だ. 変な奴はアクション映画に笑いを加えて, 歴史的背景の舞台を軽く戯画させる. それによって満洲で日本から奪取した一枚の地図に過度な ‘民族イデオロギー’を吹き入れる必要がないようにするのだ. <ノムノムノム>の背景はたとえ植民地時代ではあるが核心は混乱する時代の宝物探しだ. それを一番よく見せてくれる人物がユンテグであるでしょう.

最後の瞬間に開かれる三人の名医対決場面でチャンイが狙うことはユンテグと勝負をつけたい自分の名誉だったし, 迫到院が狙うことは混乱する時代でも正義を捜したい彼のドドックシムイオッウムが現われる. しかしユンテグが狙うことは名誉や道徳ではなく宝物そのものだ. その欲望は多くの人々を混乱にパトリで後に沿うようにした. 荒唐な追撃戦が開かれる最後の場面で後を追う日本軍が一番の前へ行くユンテグを大将だと指目したこともこれと無関係ではない. ユンテグは一番先に進んだ欲望, 一番すぐれた第一人者の位置を代弁する. ところでユンテグの追うことがあるからそれは一枚の宝物指導だった. そんな点でこの映画の本当の主人公は ‘一枚の指導’だ.

映画の書き始めで開かれる汽車アクション場面は一枚の宝物指導を取り囲んだ幾多の人物たちの激戦だったし, 指導は日本軍だけではなく独立軍にも, 馬賊団にも希望の象徴のように開かれる. それは話を導く ‘メックゴピン’でもある. まるで <マルタの枚>のように, 夢の都市 ‘エルドラド’のように話を導く欲望と虚無の象徴だ.

写真提供 (株)バルンソン, 映画社絵 / ヤングヘナム collection
<FILM2.0より3奴>
by kazem2 | 2008-07-23 00:09 | Movie