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たいへんな撮影でした キム・ジウン監督談Ⅰ

キム・ジウン監督� "'ノムノムノム'は一番大変だった作品"

[アジア経済新聞] 映画 '良いやつ, 悪者, 変なやつ'はキム・ジウン監督だから可能なプロジェクトだった.
国内観客たちの口当たりと 海外観客たちの好奇心を 同時に満足させるに値する監督が 国内にあまり多くないせいだ.
ソン・ガンホ イ・ビョンホン チョン・ウソンをある映画に集めることができることもキム・ジウン監督だから可能だった.
最近アジア経済新聞とのインタビューのために会ったキム・ジウン監督はカンヌでの起立拍手に引き継いだ 国内での熱い反応に安心の一息を吐き出して "最小限損害だけ見なければ良いだろう"と言った.





'ノムノムノム'は観客がいくらかかるようだか?

▲それは本当に分からない. ただ, 半世紀ぶりに満洲活劇ウエスタンと言うのは ジャンルを復活させたという点, ソン・ガンホ イ・ビョンホン チョン・ウソン三人の俳優をある映画にキャスティングしたという事実, 韓国で 遥かに遠いと思ったハリウッド式ビジュアルと アクションを盛った 元気な娯楽映画を作ったという点に 意味があると思う.
損害だけ見なければ良いだろう.

-最近のハリウッドウエスタンは 独立映画の領域内で再解釈される. 一方 'ノムノムノム'はハリウッドブロックバスターの方式を選ぶ反対立場を取っている.

▲ハリウッドブロックバスターと比べて その以上の視聴角笛快感を与えるために スペクタクルな状況をたくさん入れた. ハリウッドウエスタンが 思索的な方向に流れる時 ハリウッド西部劇にまた生気と活力を吹き入れたと言うのに 良い評価を与えたのではないか思う.

-100億台の製作コストに 国内ではほとんど影をひそめたウエスタンというジャンルを選んだことは あれほど興行で勝算があると思ったことか?

▲ない. 興行可能性が高いと思わなかった. '長靴, 紅蓮'を作る時もホラーは危険負担が多いジャンルだったし, '甘い人生'で試みたノアールも観客たちが 大衆的に好きなジャンルではなかった.
西部劇も同じだった. ジャンルをもう一度 開拓して実験しながらどのようにすれば 大衆性をもっとたくさん確保することができるか 悩んだ結果が 'ノムノムノム'ではないか気がする.

-初盤汽車アクション場面の カメラワーキングや編集は普通西部劇で見られない位派手だ.

▲汽車アクション神さまと グィシザング戦闘神さま そして私たちが
一番気を使って作った 大平原追い討ちは いた韓国で成就できなかったどんなものなどを作って見ようとして完成した場面たちだ.
それでキム・ヘスさんが "この映画及びました"と言わなかったかと思う. アナログレーシングの名作たちである 'ベンハー' 'ブルリト' 'マドリックス' のような映画たちより 何でも一つでも もっと良くなければならないと 俳優たちやスタッフたちに要求した. それより もっと迫力あるか もっとくらっとするか もっと面白いのか それとももっと速度感あふれるとかすることを要求した.

-中国砂漠場面を撮ったドンファング地域の天気はどうだったか?

▲このごろ我が国の夏天気に服中に手暖炉を 10個位入れて置く感じだった. 現場踏査のため 初めて出た時 スニーカーをはいて行ったが先に来た 他のスタッフたちは皆登山靴や 戦闘化みたいなことをはいて出たよ. どうせ一時間位だけあるはずだから大丈夫だと思った. しかし 5分ばかりに後悔した. 運動靴に火が付いたと思った.
地熱はほとんど 60度位だった. そんな天気が与える 張り切ている緊張感が人々を強靭にさせたようだ. 韓国で取ったら同じ環境でももっと大変ではなかっただろうかたい.

-大平原アクションはいたすべて取ることにどの位かかったか?

▲6~7週位かかった. 非常に取りにくかった. 撮影が始まれば一応ベースキャンプが見えないところまで行かなければならない.
カメラにつかまらないためだ. 数十頭の馬と数百人のエキストラが
一緒に行かなければならないのに 馬は撮影の時だけ走って
普段にはくたびれないようにするために ゆっくり集めるようにする.
それに足跡が残ってはいけないから 遠く帰って来なければならない. やっと限りカットを取れば またまた遠く帰って来てその次のカットを取る. 馬が全力疾走して走れば また休まなければならないから 思いきり待たなければならなかった. このようだから一日に何カット取ることができなかった.

-体力的でも心情的にすべてのことをやめたい位大変だった時があったか?

▲心情的には 地中県武術監督が撮影後交通事故で世を去った時が一番大変だった. 内映画人生全般にわたって一番大変だった時だった. '甘い人生' 焚くお母さんが交通事故で急に帰った. あの時もすごく大変だったが 私一人手におえれば良い事だった. 現場雰囲気が沈むとソン・ガンホは 俳優全体を, チョン・ドゥホング武術監督はスタッフたちを軽くたたいて 現場雰囲気を引き上げるのに 大きいお手助けになった. 私は元々 人会うことも苦しがって, 不便な席 長くいられなくて, 環境が少しだけ悪くなっても 苦しがる方なのに映画マンたちの時だけは強まるようだ.

kave@asiaeconomy.co.kr 2008-07-18 10:44
by kazem2 | 2008-07-18 11:35 | Movie