ANEMA E CORE


by kazem2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

CINE21撮影現場レポート2007 8.9~14

CINE21撮影現場レポート8月
2007年 8月9~14日, 中国ドンファングの撮影現場
2007年 8月9日, 中国ドンファングゴングハング
-‘悪者’たち登場する

“いや, 私どもが何か働く人であると思いますか? こんなにわがまま来て取材をハゲッダニョッ!” <良いやつ, 悪者, 変なやつ>(以下 <ノムノムノム>)のマーケティングを責任負う K代表が分を取り直すことができなかったように神経質的に物言いをつけて問う. “に… それが….” 言葉がつながらない. 何か気ばたらきある冗談でも投げて状況を兔れなければならないでしょうに, 予想より荒い抗議に頭の中がハイェジンダ. 多血質である彼女はたちところにかばんをひいてはあはあして空港ロビーを経って真夜中の空気の中にくぐったし, 私たち取材陣は重罪を犯した犯人みたいにすごすご後に沿った. 飛行機を二度乗り換えてほとんど一日をぶっ通しで飛んでソウルで数千キロメートル落ちたこちらに到着した私たちが直ちにグバックデギになった事情はこのようだ.
♡ポスター撮影





<ノムノムノム>の現場訪問は映画記者なら誰もよだれを垂らす ‘円錐アイテム’だった. キム・ジウン監督がどんなに西部劇を取っているか, ソン・ガンホ, イ・ビョンホン, チョン・ウソンが一席に集まればどんな雰囲気が出るか, 物物しい製作コストをかかった現場の姿はどうかな等々現場に対する知りたい事は一つ二つではなかった. しかし製作陣はめったに撮影場の門を開いてくれなかった. そうする中重大な情報が入手された. 2007年 8月9日マーケティングチームとフォスター撮影チームがドンファング現場に行くのにキム・ジウン監督と懇意な何人の映画人たちもお供するという内容だった. この時をディーデーにしたことはマーケティングチームがあるから現場と足を掛けやすくて, 監督と親しい映画人たちの間につけていれば取材陣もヌンチォングをより少なめに受けるようだったからだ.

もちろんこのプロジェクトには危険負担があった. もし現場で取材を拒否されれば手ぶらに帰って来て会社から受けた少なくない出張費をそっくりそのまま吐き出さなければならないうえ良くない雪道まで甘受しなければならない. それでもマーケティングチームにあらかじめ許しを得ることもできないことだ. 許諾を求めるまさにその瞬間, 巨事は水の泡となることもできる. 結局現地で事後許諾を求めるのか, きれいにあきらめるのか, 選択はふたつの中で一つだ. 悩みの瞬間, 頭の上で三枝槍を持ったやや小い悪魔がポングして現われたら甘ったるく言う. “実際にそこまで行ったが追い出すのはするか?” OK, クリック, クリック. 航空券は決済されたし, 仕事は戻すことができなくなった. しかし悪魔の言葉を易しく信じてはいけないという事実はドンファングゴングハングに下るやいなや証明された. 取材で何で, プットケアバイトでもして出張費を儲けなければならないか分からないという考えに心が重くなる.

2007年 8月10日, ドンファングシ外郭板村セット場
-‘良いやつ’たちに会う

K代表は相変らず怒った状態だ. 彼女の鋭い目つきを避けて性格良く見えるマーケティングチームの P室長にぴったりくっついて哀願の視線を送ったら “一応現場までは一緒に行くのに, 取材可能可否は監督様, 製作陣と相談して知らせてくれる”と言う. これだけでもどこかしながら現場に向ける. バスそば席に座ったチョン・ドゥホング武術監督が “良い, 私がすべて分かってしてくれる”と言うが, 不安に震える私たちを慰める次元の発言なのを分からないところではない. 砂漠を横切って !時間30分程走ったあげく到着した板村セット場は白い砂丘下側に建てられていた.
こちらは 1030年代満洲を背景にする <ノムノムノム>の主要空間中の一つの朝鮮人貧民村セット場だ. この空間はそれなりの歴史的蓋然性を持っている. 1931年満州の変を起こして満洲地域の権力を獲得した日製は翌年満洲国樹立を宣布して, <最後の皇帝>の主人公プイを見かけだけである権力の座に座らす. 満洲国は ‘五族協和’(五族協和), だから日本を中心に朝鮮, 満洲, モンゴル, 中国の五つ民族が共に睦まじく生きてみようという掛け声を立てたし, 広いマンズタングに対する開拓を奨励した. 逼迫したゾソンタングで苦しんだ朝鮮の民衆は列車に乗って満洲に渡って来て払下げ受けた地を耕作するとか鉄道工事に跳びこんだし, 独立運動家たちも相対的自由を求めてこちらに来た. 1932年 60万名だった朝鮮移住民は 42年 150万名にのぼった位. 結局こちらは新大陸と同時に機会の地である満洲で移住した朝鮮人たちが下品な現実の中でも希望を夢見たタムネナは基盤だ.

しかし今そんな感懐に濡れる立場(入場)ではない. 取材を成功させなければならないという考えにはっと我に返る. 断層と 2階で成り立った安物な木造建物が両方へ竝んだ西部極風セット場の中央ではスタップたちが撮影を準備している. 眩しい日の光に盛り上がった砂漠の空気が朝早くからフクンゴリヌンデもスタップたちは長袖シャツと頭巾, フードなどで全身をぐるぐるくるんだまま機資材を運んでいる. 砂漠だから取ることがほとんど出ない代わりに太陽光に露出すれば全身がフルロドング乗ってしまったら身を最大限選り分けるのが最善だと P 室長が言ってくれる. あの時紫色ジャンパーを着てタオルで頭をくるんだどんな男と目があった. キム・ジウン監督だ. “あ… そう… どうやって来たの?”と彼は言った. ‘よく来たの’でもなくて ‘どうして来たの’でもない ‘どうやって来たの’だなんて. ‘飛行機乗って来た’と寒い冗談をしようとしたが “監督様がとても見たくて来たんです”と歯が浮くおせじを落とす. “うん….” 妙な一言を残したままスタップたちの中に彼は歩くことを移す. 今 、<ノムノムノム>の 60回次撮影が始まるのだ. あの時 P 室長が近付いたら “一応見ることは大丈夫なのに写真は撮ることができない”という立場を言ってくれる. 頭をあげてあちらを見たら少しは和らいだように, スタップとからからと笑っている K 代表が見える.

この日撮影はユンテで(ソン・ガンホ)の場面で始まった. 巨人国で扇風機でも使いそうな超大型強風期が帰りながら砂願うことがおこり始めると監督は “レッディー”を叫んで, あの遠くどこかを眺めるテグの姿を後から取り始める. “ビョンホンとウソンは格好よいでしょう. その友達は顔をクローズアップして取るのに私はご覧の通り後姿や取っていると. ウヘヘ….” カメラ位置を移す間特に細長くなった顔のソン・ガンホが冗談を投げる. 彼は皮ズボンと皮チョッキに ‘からからとが’だと呼ぶヌビゾキを兼ねて着たし, 皮になったパイロット帽子まで使っている. 陰の下でしばらく服をはだけてからアブモスブを取るためにまた日の光下に出る彼を見たら心がじいんと熱くなられる.

午後が始まるとイ・ビョンホンとチョン・ウソンが撮影場に現われる. もう三人の人の本格的な対決が始まるのだ. 良いやつ桃源(チョン・ウソン), 悪いやつチャンイが(イ・ビョンホン), 変なやつ泰で, 二世‘やつ’たちは映画初盤部に運命的に擦れて行く. 馬賊団親分チァングイは金辧主という親日あいさつから内容をわからない指導を手に入れなさいという指示を受ける. この指導は金丸という日本人の手にあるのに, チャンイは彼が乗っている汽車を止めて地図を奪おうと思う. ところでこの汽車には列車強盗テグが乗っている. テグは乗客たちの金品をはたいてうかうか指導を手に入れるようになる. 一方チャンイを取るために汽車に乗っていた懸賞金狩人桃源は汽車を止めたチャンイを見つける. この時から地図を握ったテグと彼を追う窓が, チャンイを追う桃源の変えて変えて追撃戦が始まる. 朝鮮人貧民村は多くの箇所を回ってお互いに追って追い回された 3人の主人公が遂にまた会う空間だ.
桃源が小さな木馬に座って二人を眺める場面で始まった午後撮影は時間が経つほど手に余るように感じられる. 熟す日ざしに皆がへたばる. カメラと照明をセッティングする度にスタッフと俳優たちは陰の中に埋めて一度に呼吸して水を飲み干す. イ・ビョンホンの撮影が始まった 5時30分になってからこそ日ざしの力が少しずつ落ち始める. 日が完全に落ちるのは午後 9時位だが 7時30分位だけなっても太陽光線が他の雰囲気を出すせいにもう撮影は末成りであるわけだ. スタッフたちは撮影を整理する時間にあると活力を取り戻す. つらい一日仕事がクッナソだったり, 暑さがドルヘジョソギもしたがスタッフたちを楽しくしたことは何より翌日が休日という事実だったはず. 中国で撮影を始めた 7月中旬以後一日も休むことができなかったまま一ヶ月近くズルチァング働かなければならなかったスタッフたちとしては一日の休息がそのように切迫したようだ. 撮影を終えて “お疲れさまでした!”と叫ぶスタップたちの声が大きく力強い.

2007年 8月12日, ドンファング外郭板村セット場
-‘良いやつ’たち, ‘悪者’たちを受け入れる

二日の前だけでも顔をしわくちゃにしていた写真記者 Sの表情が明るい. ‘写真撮影不可’というくたびれることが解けたからだ. 去る訪問の時写真装備を持つことだけして通わなければならなかった Sは現場に到着するやいなやカメラを初めて取って見る子供のようにしきりにシャッターをヌルロデンダ. 一日の休息はスタッふたちだけではなく取材にも活力を与えたわけだ. 二日の前午後から徐徐に和らぎ始めた K 代表の怒り(?)は休息の日を迎え完全に解けた. 昼にはドンファングの名勝地であるマックゴグルと違うセット場を行き交って, 夜には素朴な酒席で異人組でしきりに胡麻をしたのが食われたようだ(“どうしてあまり老けないですか?” または “どんな化粧品を使うのに肌がそんなに良いですか?” 等々). お供した L監督, O代表, L代表などの支援射撃ともしかして持って来たベルナールもベルトルルチの <1900年> 米国版 DVDをキム・ジウン監督に ‘供え物’で捧げたことも役に立ったようだ. この嬉しい消息をソウルに伝えると N編集長は “うん, そう?よっかたね”と無情に言う. 二日の前と別儀ではない反応だ. 状況がこんなに良くなくてあのように悪いと骨惜しみを使った時も N編集長は “うん, そう? よくできるの”と平気に言った. 院さて, 拍子ちょっと合わせてくれてはいけないが.

雲一点なしに真っ青な空が恐ろしく感じられるにも一日を五十スタッフたちは活気に満ちるように動いた. 午前分量の終わりはイ・ビョンホンが言葉で降りた後テグと桃源を向けて徐徐に歩いて行く場面だ. 演技を準備したイ・ビョンホンが監督と頭を突き合わせて話を交わす. キム・ジウン監督は “それでは二つのバージョンで取って見ます. 一番目はテグを眺めながら行って, 二番目は自分の(イ・ビョンホン) 感じどおり行って見てください”と言う. ‘監督バージョン’ 演技が終わった後 ‘イ・ビョンホンバージョン’ 演技が始まった. 一番目テークを取った後モニターを見ているイ・ビョンホンが “もう一度して見たら良いんですが”と言う. すると後に座っていたソン・ガンホが “何をもう一度やって?完璧なのに”と言いながらプハハ笑う. 彼の言葉に炎天の日差しの下にまた出ようとしていたイ・ビョンホンとだと身をぽんと曲げていたチョン・ウソンがにやりと笑う. ストレスと緊張が一杯な現場に余裕のある笑いを吹き入れることはやっぱり雰囲気メーカー ソン・ガンホの分け前だった.

砂漠の虚飢は早く尋ねて来る. 午前撮影が終わると韓国スタッフたちは韓国から連れられたコック長たちが調えたお昼を食べるために巨大な ‘食堂天幕’で向けて, 中国スタッフたちは中国式食事が調った他の天幕で足を運ぶ. 韓国スタッフと俳優だけ 100人余り, ここに中国スタッフまで加えれば全体スタップ数価 300人から 400人を行き交うと言ったらご飯を調えることもすごい事だ. 食事を終えたスタッフたちが続々とセット場の建物内部や陰の下で軸垂れる. キム・ジウン監督は “昼食終わった後は一番暑い時だと能率も上がらなくて機運も出なく 1時間半ば休むようにする”と説明する. 彼はマラソンコーチみたいにスタップと俳優たちのペース調節に気を使っているようだ.

午後撮影は遅くなっている. “今 44度という.” キム・ジウン監督がむなしいという顔をしながら言う. 中国労動法は気温が 40度を超えれば労動を禁止するように規定されているというのに法門制ではないとしても撮影は易しくないようだ. スタップたちに冷たい生水を配って暖かい生水病をアイスボックス中に入れる製作チームの手助けも忙しくなっている. 一日に消費する生水も 1千兵に迫る. キム・ジョンファプロデューサーは “最高記録は一日 1700本だ. この日食事後飲んだ水まで加えれば 2千兵は充分にかかった”と言う. 彼の言葉にかばん中にクングチョドン余分の生水病が思い出して急に足が痺れる.

2007年 8月13日, ドンファング外郭板村セット場
-‘良いやつ’たちと ‘変なやつ’たちの呼吸

朝早くから空がいっぱい曇る. 1年降水量が 33mm 余り(韓国は 1000mm以上)というこちらで雨を見物するかも知れないという期待を持っている途中叔母ヶ撮影監督の天気のように暗い表情を見たら自然自重するようになる. 彼は “普段の光線がとても強くて曇った日に取った分量と合わせることは易しくない”とため息をつくように言う. 7月中旬自慰官という所で汽車脱走場面を撮る時も三日ずっと雨を迎える ‘事件’を経験した <ノムノムノム> チームとしては曇った天気が有り難くないしかない.

テグが持った地図を追うまた他の組織人三国派の村濃い立身を取りながらもしきりに空を眺めたスタップたちは天気が晴れるとボディーコントロールが早くなる. 朝鮮, ロシア, 中国人に構成された三国派は部隊長ビョングツン役を引き受けたユンゼムンを除いては不慣れな顔たちだ. 名前程多国籍俳優たちに構成された人々は服やヘアスタイルもまちまちだから確な寄せ集めの印象を与える. 三国派が弾 10ヨピルの言葉とジープ, バイクが同時に早い速度で村真ん中をパスする場面を準備するのにかなり危なく見える. カメラ 3台の中で 1台は言葉が聞く道に出て座ったし叔母ヶ撮影監督はその後に立って他のカメラを持って取ろうとする態勢だ. 彼は “言葉が危ないじゃないです. 人を避けます”と余裕のある顔をほころばしたが, 言葉ががたがた過ぎ去る姿を想像したらくらっとする. シュートに突入すると “チォウ(走), チォウ” する掛け声とともに言葉の行列が速度感ありげにカメラを度が外れる. 監督の “カット”というサインが落ちるとスタップたちががらがら飛び出して撮影チームの安全を確認する. 幸いにもほこりを被ったこと以外に別に異常はなさそうだ. すべての俳優たちが馬に乗ることだけはかなりのスタンドマン以上の技倆を持つようになったといったが, 撮影チームもスタンドマン位の度胸を持つようになったようだ.

村に入って来る三国派中一人がチャンイがうった鉄砲を当たって落ちる場面も胸を気遣うようにした. 生きている言葉と生きている人々がまじわるこの場面が製作陣わがままになるはずがない. 横にいた言葉とぶつかってスタンドマンが底に落ちることができないとかイ・ビョンホンのうつ鉄砲が激発されないなど統制されない変数たちが続出するとキム・ジウン監督は困り果てる姿だ. しかし “カット” 信号が出るやいなや馬の蹄に踏まれやしないか底に落ちたスタンドマンの身を自分の身でくるむ仲間スタンドマンたちの姿は変な胸を打つ. <ノムノムノム>が実感の出るアクションを盛っていたら相当部分はこれらの骨を惜しまない勇気とねばねばする友情, そして堅い責任感で起因したことであろうだと.

2007年 8月14日, ドンファング外郭板村セット場
-‘悪者’たち, ‘良いやつ’たちと別離を告げる

ドンファングに到着した以来最悪の天気だ. 前日午後にはすごい黄砂願うことがフランス語ドンファングシ全体をくるんだ. そういえばこちらは黄砂の発源地の中で一つだ. 春にハンティングのためこちらを訪問したという一スタップは “黄砂のため一寸先が見えないことは勿論で荒々しい風にとびらと瓦が飛び回していたよ”と言う. 黄砂は静かになったが, ぶすっと突けば雨粒をこぼすような空のため製作陣は午前から撮影進行可否を悩んでいた. 俳優たちが素顔と常衣身なりで座っていることもそのためだ.

結局製作陣は建物爆破場面を撮ることに決定を出す. この朝鮮人貧民村には三人の主人公と三国派だけではなく日本軍と朝鮮独立軍まで時間差に進入するようになる. このカオスみたいな状況で泰で, チャンイが, 桃源などは村越しの大平原にくぐってナツメ激戦を広げるようになる. この貧民村は結局大平原に進むための跳躍店と同時に 30年代満洲の矛盾が一所に集まった結節店でもある. この日取るようになる分量は日本軍の砲弾に当たった建物が裂けて人が飛んでしまう壁で倒れる場面だ. ここでは言葉ダミー(Dummy, 模型)が使われた. 特殊效果の達人たちであるセルが製作したこの言葉ダミーはつやめく毛ときらめく目は勿論で血管まで実感の出るように描写された. 撮影が始まると建物爆破と同時にレールの上に乗りこんだ言葉がドルルころがって行ったら壁にきゅうっとめりこむ. 監督のOKサイン以後台無しになった言葉をひいて出るセルチーム員たちの姿はペットを応急室に積んで行く主人のエチォロウムさえ盛っている. 爆破される建物の内にあった人が爆発力に飛ぶ場面, 爆発音に夕焼けと言う言葉が興奮してそこで落ちた人が壁をくぐって落ちる場面などを取った途中日がまた出ると製作陣は待ちくたびれて宿所に帰ったイ・ビョンホンをまた呼び出して撮影を再開した.


“お疲れさまでした”というスタップたちの喊声とともに撮影が終わると K代表がスックのそばに来たら “どうでしたか?”と親しく問う. “に… それが….” 最後のナルイラソだったのか頭の中が複雑になる. 考えを整理するために頭をあげるからあの遠く砂漠の地平線にして行って落ちている. 昼と夜の境界である ‘マジックタイム’が始まるのだ. 魔術, そういえばそれでなく他に説明するあてがない. こんなに無理して <ノムノムノム>の現場を尋ねたこともこの映画の魔術がどうにさせられるのか確認したかったからではなかったのか. 絶望的だった瞬間も魔術のようによく解けた. ところでいざ口から飛び出すのは無茶な言葉だ. “ありがとう. 会社で追い出されないようにしてくれて.” ドンファングでの最後の夕陽の作り上げた影たちがからからと笑っていた.

蛇足- 良い, 悪い, 変な結末

製作陣は最近衝撃的な実は一つを伝えた. 私たちが取材したこの現場が編集過程でほとんど飛んだという話だった. まったくもう. テグとチャンイが, そして桃源が西部劇の一場面のように素敵に代置するとかスタンドマンたちと俳優, スタップたちが身をドンジョがであり見せてくれた爆破場面や疾走場面を映画では見られないのだ. よし, 悪くて, 変な気持ちの中で考えて見れば必ず悪がる事だけもない. DVDが出る前までこの場面たちは汚職 <CINE21>を通じて見られるのだから.
by kazem2 | 2008-07-01 09:39 | Movie