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映画「お金の味」イム・サンス監督インタビュー

"お金の味は権力の味であり結局セックスの味"
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イム・サンス監督

"出るのが芸術家だ。"
イム・サンス監督は直接的な自身の話法が性格的欠くことからくることだと話しながらも、遠回しに言わない発火方法が結局自身の作品を受け継いできた動力だったと話す。
<お金の味>は、<下女>に続くもう一つのお金と権力、セックスの複合関係に対する探求だ。。
ストーリーとプロットの強化、サスペンス的な要素の深化で大衆に近寄るために、より多くのスパイスが加味された"お金の味"について聞いてみた。

-資本主義社会の"部"に特に関心を置く理由は何か。

= <下女>は観客が"私はメイドではない"としながら、感情移入がない結果的に敗着を置いているようだ。それで今度は中心人物の設定を最初からサ ​​ラリーマンに行った。金持ちの家が背景だが、若いサラリーマンの話として見れば、これは普通の私たちの話になることができる。

-財閥はあまりにも多様に消費されてきた素材だ。既存の概念とは別の視点が存在するようだ。

=財閥は、ほとんどすべてのドラマに登場する。それだけ韓国社会からの関心と位置が大きいという話だ。韓国では理性的なふりをする人は、財閥に、通常は批判的な姿勢をとる。金持ちは常に邪悪な存在としてのみ描かれるが、明らかな観点で、まさに表面的な解釈です。実際、その中に入ってみると、その社会でも、いくつかのタイプの人がいる。財閥本人たちは自分たちが韓国経済をリードしている実質的な自負心と文化的にも先導的な役割を果たしているという考えを抱いている。それらの中から彼らの本当の問題は何かを見られるようにしたいと思う。

- <下女>よりも富の規模が大きくなったが、どのように富を実装するのか。

= <下女>は商業的に弱点があったのは劇が休む間なしに組まれていて、その結果、ユーモアが不足してだと思う。私たちの映画の資本主義へのアクセスだと言うと言うが私のアプローチは、"お金の味"だ。身分上昇だが、人物たちは、"いつセックスするか"を心配している。より具体的に進むことだ。私たちの映画への愛のファンタジー的要素はない。初めから二肝の性的緊張感を描写する。身分上昇のためのファンタジーではなく、実質的にセックスが行われるのだ。

-お金の流れがすぐにセックスの場面で具体化する。どのような式のセックスを演出しようとしたのか。

=お金の味は、権力の味、最終的にセックスの味だ。様々な形態のセックス、様々な形態の裸の体が見られており、これがすぐにお金の味から始まったファン音義世界だ。どう ​​せセックスはそっくりだ。金持ちの淫らなセックスや貧しい人々の美しいセックスや結果的にセックスは全く同じにならざるをえない。結局、本質的にどのようなセックスが美しいのか観客が判断するようにしたいと思った。

- <下女>で見せてくれた、室内劇の模範が、今回も通用しそうだ。お金を可視化するという点で、アートプロダクションの実装では、注目される。

=セットが50%に達している。しかし、セットはセットであるだけだ。私は、セットが与える象徴ではなく、観客に見どころを与えたいと思う。セットよりも関心を置いたのは壁ビョクデロ置いておくかという問題であった。本物の美術品を多く使用している。高価な作品を家にかけておいて毎日見るのはどんなのかの問題だ。芸術作品は、私の不在を感じたり、魂が綺麗になることを望んで見るのだ。それでも、彼らは皆美しく住んではいない。さらに、映画を見た観客がこの作品を見ると、魂が向上するかとの質問まですることになるのだ。

-いずれかの話が主であるというより、様々な群像、さまざまな視点からの話を解いていかなければならない。

=撮影が容易ではなかった。<下女>は二、三人に焦点を置いたが、今回の場合は登場人物の関係、線が複雑に行ったり来たりしなければならなかった。それが少なくないのではなかったよ。表面に見える多くの人々の姿、バックセックスしようとする心積もりの中をすべて示さなければならなかった。それがこの映画の挑戦であり、結果的にそのような点がこの映画の面白さになるようだ。

-既存の作品と変わった点がある場合。

="浮気な家族"は、プロットとストーリーを意図的に排除して、コーラの株式に行った場合は、<下女>からのシナリオのプロットをもっと強化して観客をサスペンスに追い込む方式を試行した。今回は<下女>よりもそのような部分がさらに強化されるようだ。観客を念頭に置いたのだ。映画はちょっと長いが、下品で明るくてユーモラスな観光のおかげで映画がいつ終わってから知らないうちにするのが目標だ。他の人々考えてはどうか分からないが、私はエンターテイメントを提供するのが目的だ。

文:イ・ファジョン 写真:ソン・ホンジュ
by kazem2 | 2012-01-24 22:45