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映画「北村方向」交差して、重なって、再び戻る時間

☆Source
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                         <北村の方向>の撮影現場



<北村方向>がカンヌで上映された時、ホン・サンス映画に無限の愛情を持った同世代の名監督クレアドニはパリでカンカジひたすら、この映画一編を見るために5時間の間、電車に乗って映画祭に来て映画を見て夜明けに帰ってて、"大変悲しい映画だ。特にラストシーンの情緒が立派だ"と賛嘆の言葉を残したという。チョンソンイルは、"北村の方向"を初めて見た日私的な集まりで、"ホン・サンスの映画がとても澄んでなるのではないかと思ったが、この映画には邪悪なパトスがあってもいい"と評した。悲しいとか邪悪たりするのは、それぞれの鑑賞の結果であり、形容私的表現に該当するものだが、私は、その感想や表現がこの映画の奇妙な時間の作用が起こした反応ではないかと思う。

いわば私は"北村の方向"を表示し、一つの印象に強く捕らわれていた中だったが、さらにこのような経験をした。映画の中のやりがいは、いつの日か20分の知っている映画を立て続けに四人も出会ったことが本当に不思議ではないかと聞いたが、私も少しはそのように聞いてみたい。だから2〜3日中のことだ。
インタビューをしていたのユ・ジュンサンは、"北村の方向"のラストシーンを言って流れていく言葉のように"(コ)ヒョンジョンに魅せられる場面"と表現した。その後、私はホン・サンスの映画の現場に行くコヒョンジョンの心得が記されている記事を偶然見たが、そこから彼女は"すでに保有していたと思う状態で、一度惹かれて見るべきする姿勢にホン・サンス監督の現場に行く"と言っていた。ユ・ジュンサンを惹かれたコ・ヒョンジョンはホン・サンスが自分に惹かれたと言っていた。私は彼とほぼ同時に心がシネマデジタルソウル映画祭の開幕作"北村の方向"について、"尻尾九人キツネらの惹かれた家"と紹介文を書いたのを読んだ。私は"北村の方向>が魅せられる映画で、惑いの映画だと思うし、それらの単語を一人で握っていることを想像したが、一度、彼らの言葉をそのように出会ったのはちょっと不思議なことだった。だからここで、惑いは、単に比喩ではないようだ。特に<北村方向>の場合、それが映画の活動であるようだ。ホン・サンスの映画はもとより、様々な方法でそうしたが、<北村方向>は、その惹かれたという活動の効果を時間の次元を増加させており、そのためにホン・サンスの映画の中で最も神話的な物語的という印象を与えるに充分だ。したがって、"北村の方向>で、その惹かれるということとは、最終的にどのような時間性の作用なのだ。その後、気になる。<北村方向>は、我々をどのように魅せられるのか。その時間性はどのように活動しているか。
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まずはこのような図形を前提としてみることができる(驚いて良いだろう。フラクタル、ではない)。遊びで描いてみたでたらめで、監督の意向とは別の問題かもしれないが、ただ私にはその感じが重要です。誰もそんなだらっとがつけばいいと思って残す。最初はソンジュンと呼ばれる水平線を直進し、それに交差している鬼のむなしいと蜃気楼とイメージとしての人物たちが出沒して垂直線上でソンジュンを交差していて(図1)それを何度も経験しながら、重ねて描画する網の目の映画だと思っていた(図2)。しかし、描いてみると、どこか挟まるということが合わない。ソンジュンが直線ということが問題だ。ソンジュンが直線のは"北村の方向"の印象とは合わない。再描画の最初の図。ソンジュンという曲線が円形に自分の尾をかむ(図3)。ソンジュンと呼ばれる円形の曲線をどのような人物の直線が交差して通り過ぎる(図4)。映画の中に、ソンジュンの曲線は同じように、より起こり、その軌跡を、その誰かが、人物だとする直線がまだ交差して過ぎ去る(図5)。それは零号機と呼ばれる、やりがいのあるという、京津/古いという、女優と学生たちという複数の人物であることがあるので交差点は多くなる(図6)。しかし、考えてみると出没する人物たちも、曲線のようだ。ついにソンジュンと呼ばれる円形のカーブを他の人物たちの曲線が、スイープ(図7)。そんなにでたらめではあるが、これらの写真は"北村の方向"の時間的なモデルと勝手に仮定する私の意図は明白だ。このモデルに照らして見ると、"北村の方向"の時間には角がなく、前後がなく、分岐や交差があるだけで、その分岐やギョチャランすぐに接続や接続であることもあり、その分岐と交差すると、接続と接続がちょっと少ない点がいを加えた点があって加えた点は少ない点よりも、より大きな穴になってようやく大きくなって大きくなって、その活動力が旺盛ではうちの時間のブラックホールを作って生活の実態に近く近付くという点だ。このでたらめな図形だけを抱きしめてでも私は"北村の方向"に満足し理解することができるようだ。しかし、我々は、必ずしも言語の内側に入ってきて"北村の方向"の魅せられる時間の作用を再度言っておくべきだろう。失敗を覚悟しても、その作用のいくつかを言わなければならないようだ。

文:ジョンハンソク

(追記:21:20)
Twitter MovieCollage
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今! 大学路(テハンノ)ムービーコルラジュで進行中の<北村方向>シネマパッと現場です!
俳優ユ・ジュンサン様、ソン・ソンミ様、キム・ボギョン様、キム・ウィソン様、キム・ヨンジン評論家様です
by kazem2 | 2011-09-06 20:08