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映画「北村方向」と「アリラン」

☆「北村方向」公式Blog
☆Source

                        映画「北村方向」予告編
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                        映画「北村方向」上映館





<北村の方向>と<アリラン>

ホン・サンス監督の<北村方向>は、近年に見たどんな映画よりも難解だった。彼の映画はいつも完璧な読み取りが不可能に近く、地獄を調べるほどに複雑に近づきますが、今回の映画だけに頭の中が複雑になったことはなかった。それはこの映画の独特の時間の概​​念から来ているようだ。ユ・ジュンサンが引き受けた主人公ソンジュンは、似たような状況を繰り返し体験することになるが、それが連続する時間軸で起こっているが起こっているような状況が、他のニュアンスで繰り返されているのかまったく感が取れない。ソンジュンは、先輩零号機(キム・サンジュン)と、先輩の女性の後輩甲斐(ソン・ソンミ)と一緒に居酒屋"小説"を追求する。彼はここの主人の昔(キムボギョン)に会うのに、彼女は、かつて付き合っていた京津と同じようにできた。この状況は映画で三度繰り返される。その三度の日の3日間、次々と行われるようでもなく、一度の状況が異なる時点で繰り返し見られることもなさそうだ。ソンジュンは、不思議な時間の罠に閉じ込められたシンセのように見えたりもするという破滅と死へ向かうのではなく、むしろロマンチックまでです。もちろん、ホン・サンス監督特有のユーモアのセンスは伺える。ソンジュンが繰り広げる無茶な事や彼を取り巻く人物たちの不思議な反応は、まだ私たちの笑いの神経を刺激する。

能力から見ても地面の性格から見てもホン・サンス監督の新しい映画を評価するのは自分の取り分がない(ということにとても安堵している)だ。確かなのは、<北村方向>は、ホン・サンス監督のもう一つの跳躍台ではないかと思う。彼の映画を説明する重要なキーワードである"反復と差異"という次元でもそうで、最近彼の映画を支配しているもう一つのキーワードである"偶然性"の面でもそうだ。しばらくホン・サンス監督にすっきりしていた映画評論家キム・ポンソク先輩も""北村の方向"を使って監督が別の段階に入った"と言ったほどだ。今週の特集記事の後もいくつかの評論家が"北村の方向"に関する様々な批評を使ってくれるようだ。個人的に尊敬するある製作者は、私的な集まりで、"<シネ21>がホン・サンスにも個人の好みだ"と批判したが、多分似たような考えを持つ読者もおられるようだ。しかし、"映画専門誌"を標榜する私たちとしては、重ね進化しているが驚くほどの芸術家の歩みに注目しない方法はないというお話させていただくしかない。

CINDIから見たキム・ギドク監督の"アリラン"も印象的だった。"韓国と韓国映画界に対する怒りが荒く表出される"という噂とは異なり、この映画はキムギドク監督が自分自身に行う治療や呪術のように感じられた。映画の中でキム・ギドク監督の自我は二つ、三つ・に分裂されるが、この過程で彼は自分自身を客観的に眺めるようになって痛みも徐々に脱ぐように見えた。映画の中の彼の言葉のように、"これはドキュメンタリーであったりフィクションであることもある"ので、彼が治癒されたとは断定できないが、"アーメン"という映画を作ってサン・セバスチャン映画祭に行くのを見ると、ある程度力を取り戻したように見える。我々は、ホン・サンス監督と同じように金基徳監督の特集記事を頻繁に作るようになることを望む。

文:解析の 2011.08.29 Share it



                  映画「アリラン」カンヌバージョン予告編
by kazem2 | 2011-09-01 22:33