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[ジン・ジュングォンのアイコン] 建築の条件

☆cine21.com
プラトンのコーラとグリッド
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以前ここに書いた文を消去するために書く。
いつかここにプラトンの『コーラ』(chora)をテーマにしたデリダとアイゼンだけの建築プロジェクトについて書いたことがある。 彼らの試みは失敗に終わって、最終的に自分たちで交わした想いを込めた一冊の本が残った。 このプロジェクトの発注者は、後に"二人は、最初に構造を作るつもりはなかったようだ"と不満を吐露した。 そもそも、彼らの作業が焦点がずれたような感じで書いた文章だったが、今考えてみると私の文もこっそり焦点がずれたという感じだ。

『コーラ』の概念に戻ってみよう。 プラトンは、『イデア論』を樹立してからイデア界と現実の系が互いにどのような関係をメトヌンジ説明することに難しさを経験する。 理念系が普遍者の世界ならば、現実界は個別者の世界だ。 理念系が精神の世界ならば、現実界は、物質の世界だ。 このように性質が急進的に、他の2つがどのように相互に関係を築くことができるのだろうか? この点で、プラトンは、両方の世界を無理なく媒介にしては、第3の要素を想定することになる。 その媒介項がまさに『コーラ』(chora)だ。

一言で言えば、コーラは(精神の目にだけ見える)イデアの(感覚の目で見ることができる)視覚的な形状を付与してくれる装置ということができる。 興味深いことに、プラトンは、コーラの姿を、一種の『体』と想像した。 つまり、イデアという名前の抽象的観念が、この『体』を通過していく過程で、具体的かつ感覚的、物質的な形を得て着るということだ。 もちろん、この順序をひっくり返して、具体的で感覚的、物質的な物事を、この'体'で通過させると、そこにイデア界にある抽象的な概念がろ過することだ。

コー​​ラのモダニズム
別に『コーラ』と同じ名称を使用していませんが、他の哲学者たちも同様の点に着目している。 たとえばショーペンハウアーによると、すべての事のデスクには、根本的な意志がある。 叡智界に存在する世界の地価現象界に入ると、'私'、'君'、'その'のような個々の意志々分割という。 これをショーペンハウアーは『個別化の原則』と呼んだ。 プラトンならば、それを「コーラ」と呼ぶのだろうか? また、ハイデガーに『コーラ』の定義を要求する場合は、おそらく「それの存在で、存在自体を生成するメカニズム」と規定したのだろう。

デリダとアイゼンだけが知らずにいたのは、コーラの形象化は、決して新しい試みではないという点だ。 たとえば、評論家ロザルリンド・クラウスは『グリッド』(grid)の使用をモダニズム美術の一特徴に挙げた。 偶然にも、グリッドは、プラトンのコーラの比喩として使った『体』に似ている。 エジプト人は彫刻像を制作するためにグリッドを使用しており、今日のデザイナーたちも絵を描くとき、​​しばしばモヌンジョンイを使用する。 この時、芸術家の頭の中に入っていた観念がモヌンジョンイという『体』を経て、具体的形状に生まれる。

現代の芸術家たちは、グリッドを使って絵を描くよりもいっそのグリッド自体を画像として描く傾向がある。 その代表的な例が分析的立て替え主義時期時代のピカソやブラックだ。 これらは単一の空間を異質時点の破片たちで解体する。 この時、それぞれ別の視点を含んだ、その残骸は、スペクタクルの上にグリッドを連想させる、格子状に配置される。 エジプトの画家たちがグリッドを使用して、具体的な形状に進んだ場合は、これらは逆に、具体的な形状たちで抽象化することで、グリッドにアクセスしたとすることができる。

モンドリアンはどうなのか? 彼は『木』シリーズを使って木の形状が徐々に幾何学的図形に単純になる過程を見せてくれた事がある。 このコースの終わりに彼はもう何も再現されていない純粋な抽象に到達する。 彼の最初の純粋な抽象(1917)は、十字の縦と横の棒の分布で構成されている。 これは、宇宙生成の原理を、デジタル(水平/垂直)で表現したものだという。 続く時期に、モンドリアンは、初めから、画面全体を垂直線と水平線が織りなす原色の色面らで構成することになる。

最も極端な例は、マレーヴィッチであろう。 彼の画面ですべてのものを消去し、ぽつんと黒い四角だけを残しておいた。 この四角形は、その中にこの世のすべてのものが消えるブらっクホールであることもあって、そこにこの世のすべての形状が飛び出すホワイトホールであることもできる。 それは一つの極限、つまり存在と大根の境界であり、存在と存在者の境界であり、同時に、絵画と、非会話のギョンギェラすることができる。 マレーヴィッチ、自分はこの正方形は、このフレームは、このグリッドは、[すべての意味を含蓄した無』と言った。

ブラシ ルウィッツはじめ、60年代のミニアリストたちは、文字どおり『グリッド』を描いた。 彼らはなぜこのように、グリッドに執着したのだろうか? それはおそらく、モダニズムの自己指示的性質、すなわち、自己反省的な性格からだろう。 伝統的な芸術が『自然とは何か』を尋ねたならば、現代の芸術は、その前に'会話とは何か'から頼む。 絵画の本質についての哲学的な反省を介してモダニストは、絵画の極限、すなわち、その向こうでもう会話をすることができない境界に到達した。 そこで彼らが発見したのが、グリッドだった。

グリッドのポストモダニズム
偶然にもこれは、プラトンが哲学で行った作業と似ている。 当時の他の哲学者たちと同じように、プラトンも『自然とは何か』を尋ねた。 自然の本質についての哲学的反省を介して、彼も自然の極限、すなわち、その向こうではもう自然な日がない境界に到達した。 そこで彼が発見したのがコーラだった。 コー​​ラ、その向こうにはもう自然はない。 その向こうにはイデアの世界だ。 モダニズムの芸術家たちの絵画という手段として、プラトンが哲学でいたものと同じ作業をしたのかもしれない。

1960年代以降の抽象化の時代は終わり、『ポストモダン』の名での会話の中で構想が復帰する。 この時期にも、画家たちは、まだグリッドを使用するか、方向は正反対で大騒ぎになる。 例えば、フォトリアリストたちの写真を転写(转写)するために、グリッドを使用した。 いわば写真とキャンバスの上にグリッドを打った後、写真上のグリッドのグリッドを一つずつ個別にキャンバス上のグリッドに移動する。 フォトリアリズム写真を彷彿とさせる驚くべき事実性を誇るのは、グリッドを使用したがチャンピオンの魔法のおかげだ。

モダニズムの芸術で、グリッドは、画像の到達点だった。 しかし、ポストモダンの美術では、グリッドでは、イメージの出発点である。 この違いの中には当然の世界を眺める視点の違いが入っている。 仮にモダニストは『目に見えるもの』の再現を放棄し、『目に見えないもの』を可視化しようとした。 一言で言えば現象界を否定し、予想系を志向していたわけだ。 一方、ポストモダンの芸術は、予想系を否定し、現象界を断言する。 それもクローンで構成される可想界、すなわちシミュルラクルの世界を肯定する。

モダニズム芸術がグリッドを介して『絵画の条件』を現わしたようにデリダとアイゼンは、彼らの企画で『建築の条件』をさらさばならなかった。 具体的な建築物ではなく、すべての建築構造は、すべての建築的構築の土台となる条件は、果たして何か? 建築にも絵画の『グリッド』に該当するものがあるなら、それは果たして何だろうか? これが彼らの悩みにならなければした。 しかし、デリダとアイゼンは多少消極的な考えをやりとりする中で方向性を失ってしまった感じを与える。

実を言うと、建築のグリッドも、もうずいぶん前に現れている。 たとえば、ロシアの構成主義を考えてみてください。 したがって、デリダとアイゼンだけが方向を失っていない場合でも、それらの企画で、特に生産的、結果が出そうにはない。

文:ジン・ジュングォン( 文化評論家 )

イラスト:ジョン・ウォンギョ 2011.05.20
by kazem2 | 2011-05-22 20:53