ANEMA E CORE


by kazem2
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

[キム・ジソクのシネマナウ]映画への切実な愛

☆cine21.com
イランのアミールナデリ監督の新作<カット>にまつわるエピソード
e0109292_12382212.jpg

映画<カット>の主人公の西島秀俊(左)と監督のアミール・ナデリ(右)




映画のためにすべてを捨てたの監督がある。 イランのアミール・ナデリ監督である。 幼い頃、親を失い、叔母の下で育った彼は、学校もまともに通っていないが、映画館でアルバイトをしながら、彼の未来を決定付けた。 思春期に映画界に足を踏み入れた彼は1970年のデビュー作<こんにちは友人>を皮切りに、<ハーモニカ>(1973)、<走る子供>(1985)、<水、風、土>(1989)などとは、映画史に残る傑作を発表している。 そして、彼のこのようなフィルモグラフィーは、アッバスキアロスタミ、ダリウスメフルジ、Mohsenマフマルバプなどと一緒に、彼とは、ニューウェーブの先駆者として位置付けた。

しかし、政府当局の厳しい検閲に多くの場合、作品の上映が禁止され、これに耐えられないアミールナデリ監督はニューヨークに渡って位置を取る。 そして、作品活動のために生活に困る妻に全財産を渡し、離婚をしてしまう。 その後ニューヨークで<A, B, Cメンヘトゥン>(1997年、カンヌ映画祭招待)、<サウンドバリア>(2005年、トライベッカ映画祭の招請)、<ラスベガスの夢>(2008年、ベネチア映画祭コンペティション部門)などを作った。 すべての低予算の独立映画だ。 そして現在、彼は日本での新たな挑戦をしている。 日本の俳優とスタッフたちと一緒に映画を撮っている。 タイトルは<カット>。 主題は、映画への切々たる讃歌である。 主人公の修二は、貧しい人々の独立系映画監督。 ヤクジャイン彼の体は、借りた弟の映画の制作費を返済できず、殺害された。 ヤクザの組織は、彼にお金を返せと要求する。 お金を返済する長さのない秀司は人間サンドバッグになってお金を返していくこと始める。

アミールナデリヌン2002年、東京フィルムエックス映画祭に招かれ、日本を訪問した。 当時、彼は黒沢清、青山シンジなどと友達になり、いつか日本で映画を作るという決心をすることになる。 そして、その計画を具体化したのが、2011年の<カット>である。 <カット>は、以前の彼の作品のようにジョイェサンヨウンファイミョ、主人公役を演じた西島秀俊、常盤たか子さんらに未払いに近い出演料を受けて作品に取り組んでいる。 その理由は簡単である。 アミール・ナデリ監督の力量を信じるからだ。 そして、アミール・ナデリ監督は、残りの後半作業を韓国で行う計画だ。 そもそもアミール・ナデリ監督は、俳優アンソンギを主演にキャストしようとした。 2002年当時、アンソンギが、東京フィルムエックス映画祭審査委員長に会って、二人は親しい仲になった。 しかし、スケジュールが合わなくて、その計画は、ずれてしまった。 しかし、後半作業を韓国でするという彼の意志には変わりがない。

映画には、秀司が困難な節目の瞬間ごとに巨匠たちの墓を見つけて癒しを得、覚悟を固めるシーンが出てくる。 推測するようにその姿は、アミール・ナデリ監督自身の姿である。 昨年の撮影を開始する前に、彼は黒澤明と小津安二郎の墓を見つけて成功的な制作を祈願した。 また、映画の後半にこんな場面が出てくる。 秀司がお金を返済にした最後の日に、帽子というドンマンクム音をされながら、修二は、映画史上最も偉大な作品100編を思い出しながら苦痛を勝ち抜く。 そして、100便は字幕で紹介される。 やはり推測するように、それらの100便はアミール・ナデリ監督自身のリストである。 今もアミール・ナデリは一日も欠かさず、毎日夜寝る前に一方以上の映画を見る。 まさに映画の狂気の人と呼ぶに値する。 一方で、あまりにも純粋な情熱でいっぱいの人でもある。 <カット>は、映画への愛があふれん溢れる作品だ。 現在、この作品でベネチア国際映画祭のマルコミュラー執行委員長が関心を示しており、結果が注目される。

文:キム・ジソク( 釜山国際映画祭プログラマー )2011.05.13
by kazem2 | 2011-05-13 12:46 | Comments(0)