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by kazem2
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[Cine talk]私がユチコクだ

☆cine21.com
話題のレトロなビンテージ ミュージックビデオ<イテウォン フリーダム>
演出したMnetの唯一のPD
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“江南(カンナム)とても人多くて、弘大(ホンデ)の人多くて、新村(シンチョン)は何か不足して。”胸ジーンとしたセリフ、派手なセットとロケーション、そしてUVとパク・チニョンの絶妙の呼吸がきらびやかなあかりと共に交わった<イテウォン フリーダム>ミュージックビデオを見て若さがいっぱいである世の中に離れた人々が多いだろう。 この傑作ミュージックビデオの後には唯一の監督がある。 ユ・セフンの長い間の仲良しでありMnet PDとして<UV症候群>を共にしたしUVの<クールでなくてごめんね>きて<執行有涯>ミュージックビデオまで演出した息は人物がすぐに彼だ。 彼らと共に‘安全地帯’という共同創作集団を導いて将来長編企画まで夢見ている彼に会った。

-<イテウォン フリーダム>はセット製作からロケ撮影、そしてパク・チニョン キャスティングまですごい野心が引き立って見える。 どのように始めることになった作品なのか。

=パク・チニョン兄は前にJYP所属ラッパー山異議<ラブシック>演出をしながら知ることになった。 その時縁でUVと陣営兄と酒を飲む席があった。 本来出たその場に行けなかったのでその時ロンドン ボイスの<ハーレム デザイア>スタイルでミュージックビデオを作れば殺さないかという話が出た。

-当然以前作<クールでなくてごめんね>きて<執行有涯>より予算が増えたようだ。

=ユ・セフンが晴れた者金で作った<クールでなくてごめんね>きて比較すると製作費が10倍以上上昇した。 今はこういうミュージックビデオが収益もなるというのを知ってセユンの所属会社で製作費を当てた。 そして初めには何か‘輩’らがパーティーする感じでトッポッキ、ジャージャー麺、そして<三国志>ゲームのようなことのせた80年代子供誕生日の祝膳の姿を再現しようとしたが予算をさらに確保しながらセットを作ることになった。 衣装デザインする兄が南山(ナムサン)タワーもそしてセットまでした。 その兄があまりにもキー政治功績でビンテージしたことを好んで今でも本当にオリジナル安全地帯、ノティカ服すべて持っている宝物のような兄だ。 (笑い)

-どうしようが開始は<クールでなくてごめんね>ミュージックビデオであった。 その時の話が聞きたい。

=セユンがミュージックビデオ作ってみようといいながらUVの音楽を聞かせた。 また、その時米国のコメディアン グループでありパロディ アルバムを発表した‘ロンリーアイルランド’を皆一緒に見てとても笑わせると考えた。 <クールでなくてごめんね>がその情緒とぴったり合った。 セユンが一番初めて浮かび上がったキャラクターも‘復学生’であり本来復古的なのが好きだった。 それで率直にロンリーアイルランドたくさん書き写した。 (笑い)それを韓国的に変えながら‘ボイス ツー一番’でも‘ノイズ’の過去のミュージックビデオらも参考にした。 ノイズの<想像の中の君>ミュージックビデオ見れば完全移る。 何の脈絡もなしで突然橋の上に立っていてオリンピック競技場で踊って歌う。 そうしたところでインスピレーションをたくさん受けたが事実初めてとるかけてみると現場では別に笑わせなかった。 笑わせること同じで始めたがこれ大丈夫だろうか、それと共に特にカメラマンとたくさん戦った。 (笑い)

-ユ・セフンをはじめとしてチャンドン民、ユ常務などと動機と知っているのに大学時期彼らはどんな友人らだったか。

=皆東亜(トンア)放送大学同期たちなのに本当におもしろく過ごした。 今まで私の人生で最も楽しかった焚けということができる。 いつも戦うカメラマンの友人までしてそんなに5人が共に自炊をした。 そこに各自の友人らまで集まれば部屋に20人程度が集まった。 その多くの人間らが夜中飲んで遊んでするから毎日MTだったと見れば良い。 そのように喚き出すとお隣りおじさんが刃物持ってきてちょっと静かにしろと脅迫したこともある。 (笑い)遊んで疲れて寝ようと横になればお互いに対して長短所言う遊びもして各自の夢の話もした。 出た映画に関心が多くて映画サークル活動をしたがその時私が借りてきた不法複写<リング>ビデオを一緒に見ることもした。 TVでおばけ出てくる時大騒ぎでもなかった。 (笑い)

-それではひょっとしてあなたもコメディアン志望生ではなかったか。

=全く違う。 もちろんセユンや洞民が、常務全部‘顔は君が最高だ。 直ちに合格だ’そうしたが映画監督が夢だった。 それで後ほどまた試験を受けて他の学校に行った。 それと共に私が学生である時その子らがコメディアンなってそのような姿を見ながら疎外感を感じることもした。 だが、一緒に映画作るのが夢なのでもう少し準備しなければならないと考えた。 MKピクチャースで<少年は泣かない>製作部で半年超えてあとで映画がちょっと遅れながら止めたことがあって以後Mnetに入ったし<UV症候群>を企画した。 共にミュージックビデオを作ったのもその過程だと考える。

-ユ・セフンに対してちょっと特別な記憶があるか。

=皆演劇をしたがセユンが演技すること見てびっくりした。 その時は私たちの中で最も静かで人見知りした。 酒の席で戦いが出れば本来寝るから広がった戦いでも遠くから観照するスタイルだった。 (笑い)また、カメラマン話が出るのに私たちの二人あまりにもしばしば戦うからそうするときは‘さあ、もう行こう’それと共に難しい状況を避けるタイプだ。 それでよっぽどでなければドンミンがいたずらでセユンが飲酒運転までさせてみようかと思ったことがあるのに徹底して代行運転を呼んだよ。 とにかくその時は洞民や常務が一番笑わせてセユンはそこついて行くこともできなかった。 ところでその演劇を見て何かなること同じ感じだった。 さらに親しく過ごさなければならないと考えた。 (笑い)

-<イテウォン フリーダム>等を演出しながらそれでも自身の演出家的欲を入れたかった部分があるか。

=<イテウォン フリーダム>はセットで始めて最後はイテウォン野外ロケーションで終えたかった。 深夜12時が過ぎれば酔っ払った人々が多いから10時頃行くつもりであったのにどうして見たら深夜12時越えて到着することになった。 人々が蜂群れのように集まって、陣営が兄にとても非難されると考えたが本来物静かだった。 警護員呼ぶ金がなくてセユンが所属会社で10人程度出てきてしたが後ほどには別に通う人もなくて関心があるように見守る人もなくてそのまま私達で互いに鉄桶経費(警備)をしていたよ。 ア セユンや陣営が兄がこの程度だね、と感じた。 (笑い)とにかくしてみたかったのはマイケル・ジャクソン ミュージックビデオ見ればファンたちが彼を追ってちょうど走る場面のようなことであった。 それをイテウォン消防署で俯瞰でとったが大部分スタッフらとセユンが会社から出た方々が熱心に走っていたよ。 (笑い)

-また他のミュージックビデオではどうなのか.

=<イテウォン フリーダム>でイテウォン通り(距離)場面がそうしたとすれば<クールでなくてごめんね>では氷工場神(靴)が個人的に欲を出した場面だ。 <ロッキー>から出る、牛肉関わっている冷凍倉庫のようなところからとりたかった。 ドンミンが推薦したところを行ったが倉庫中に生苦期ではなくてみな包装肉だけあって野菜や三枚肉があった。 (笑い)それで撮影を先送りして私が直接インターネットで氷工場を探した。 皆なぜあえて氷工場場面がなければならないかといったが、演出者としてどうしても力を集中する‘ヤマショッ’を作りたい欲があった。 <クールでなくてごめんね>私<イテウォン フリーダム>がロンリーアイルランドやロンドン ボイスに対するパロディで始めたとすればそれでも最後に行っては‘きて良い! 大丈夫だ!’するに値した新しいことを見せてあげたかった。

-ユ・セフンに比べて相対的にUVのミュー紙やあなたがあまり注目されないところで来るさびしいことはないか。

=物ではある。 たとえば<イテウォン フリーダム>のような曲は全面的にミュー地価すべてしたものだが人々はパク・チニョンの歌で認識する場合が多くて、ミュージックビデオも責任演出が私なのに補助のように分かる場合が多い。 <クールでなくてごめんね>は会社にトゥジャプのように見られること申し訳なくて最も好むヒッチコック監督をまねて仮名の‘ユチコク’でしてくれと言ったが結局クレジットには入れなかった。 ところで後ほどミュージックビデオがパンさく烈しながら出てきたインタビュー等を見ると‘演出を助けた兄がいる’そのような話だけあったよ。 もちろんUVがわざわざそんなことなくて記者があらまし使ったのが広まるからであることだがたくさんさびしかった。 個人的には‘ユチコクは誰か’そんな話が出るように願ったけれど。 (笑い)とにかく究極的には映画監督を夢見ている。 3年内にユ・セフン主演の長編映画を作るのが目標だ。 個人的にはチュ・ソンチのようなコメディ映画も好むがジャン・ピエール、メルヴィルのヌアルヨンファも好む。 それでコミック ヌアル コンセプトならばどうだろうかと思う考えもしてみた。

-今は<UV症候群>から出て<スーパースターK>シーズン3に参加している。 以後計画はどうなのか. MBC <偉大な誕生>が負担として作用するのもあるようだ。

=4月24日釜山(プサン)予選を始め本格的な幕が上がる。 放送は8月からなるし。 この頃ほとんど毎日夜通しだと考える余裕もない。 <偉大な誕生>を特別に気を遣う部分はない。 いつもそのようにしてきたように舞台や歌手、スタイルに対する明確な定規がありえない。 シーズン3でも相変らず個性あふれる友人らが引き立って見えるしやはり楽しくさせられるようだ(そうする中で横に
1シーズン準優勝者チョ・ムングンが過ぎ去る。 シーズン3と関連した何かがあるという。-編集者).

-ひょっとしてあなたを引き込んだことは<スーパースターK>にユーモアを吹き込むための意図ではないだろうか。

=そうだろうか? そのままPDや作家など仕事をする人がたくさん必要でそうではないだろうか? (笑い)

文:ジュ・ソンチョル

写真:オ・ゲェオク2011.04.19
by kazem2 | 2011-04-21 19:17