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【外信記者クラブ】韓国映画界の興味深い話題になるのを   <最終回>

☆cine21.com
「外部の者」と「部内者」との間の評論家としての過去8年を振り返って
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                       <オアシス>






「外部の者が見た韓国映画」のようなテーマで新聞社や雑誌社から依頼を受信すると、いつもちょっとためらわれる。 本当に『外部』の視線を望むなら、他の人にお願いするのがいいのではないしね。 10余年にわたり私は韓国映画界で、複数の仕事をしてきた。 その間に、劇場で公開される韓国映画はほとんど見た。 その結果、故郷のアメリカの映画界よりも、韓国映画界の事情によりパサクである。 しかし一方で、私は'中'の視線を代表すると見ることもない。 このコラムの他の著者らのデレクエリー、アドリャン公報、スティーブン木県民は皆、アジアではそのうちに住み、その文化を学んだ。 これらと同様に、私は外部の者と部内者の『間』にあると見ることができる。

'間'の空間は、時にはつらいこともあるが、とても興味深い。 '間'に位置し、評論家や記者たちは、外部の者もなく、部内者でもなく、他の特定の視点を持つようになる。 しかし、時には人々はこのような『間』の視点について、誤解したりする。

他の文化圏の映画を見るとき、誰でもいくつかの問題にぶつかる。 最も基本的な問題は、翻訳過程で、言語のニュアンスが配信されないのだ。 その場合は、その言語を理解していない人はこの作品を正しく理解することは難しい。 文化的な違いのため、混乱が起きたりもする。 たとえば、<オアシス>の導入部分で、ソル・ギョングが、豆腐を買って食べる意味は、誤解されやすい。 私が感じるには、文化的な知識の不足で起こるこのような誤解は、予想外に少​​なく起こる。 さらに重要なのは、言語的な問題だ。 特に、字幕の質が低い場合には、思ったより大きな問題を起こすことができる。 理想的に言えば、『間』の評論家は、このような場合で映画を理解するのにはるかに有利な位置にある。 これらの役割は、ブログを使って、観客が映画をよりよく理解できるように手助けすることである。

しかし、『間』の評論家たちが持つようにされている独特の視点は、理性的な産物だけではなく、多分に感情的でもある。 ハリウッド映画を見るときの私のアイデンティティは、映画のために自分の感情に影響をミチゴンする。 <トランスフォーマー:リベンジ>のように規模はクミョンソ退屈極まりない映画は、私は確実に誇りに思っていないアメリカ文化の一面を露出する。 この映画が世界中で上映され、そのようなアメリカ文化の恥ずかしい部分を露出されたものと考えれば、この映画の弱さは個人的に寄せ付けないされる。 しかし、私は、韓国社会について批判的に考えている特定の断面を露出する韓国映画を見るとき、私はもっと理性的に映画に近づくことができる。 記載されて韓国の文化の間に存在するこのような'中'程度の距離が助けとなることが多い。

より一般的に言えば、『間』の評論家や記者たちは、一定程度の自由と独立を享受することができる。 内部の者が完了したら、散々な結果を招くことができる批判を私はもっと結果を気にせず自由に話すことができる。 韓国社会の持つ一定程度の距離のおかげで、韓国の人々の全面的な意見にあまり左右されず、韓国映画を論じるときにもっと新鮮な視野を提示することができる。 過去8年間(2003年下旬から連載開始、今回が最後 - 編集者)の外信記者クラブの討論を実際には、おそらく韓国の読者たちが見ることにセクダルゴナ、たまには話にならないの意見や提案をしてきたのだろう。 しかし、我々の様々な視点が、韓国映画界にそれなりの興味深い話題を提供して場合は、して望むだけだ。 時間が経って、韓国社会や映画産業がより一層多様な姿に発展すると、より多くの評論家との著者たちが彼らだけの'間'の視点をピリョクハルできるようになるんじゃないか眺める。

文:月時計パケト( koreanfilm.org運営者 )2011.04.13

翻訳:以西の遅延
by kazem2 | 2011-04-15 22:24