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[キム・ヨンジンのインディラマ]の共存という願望があるがまま

☆cine21.com
<ディアピョンヤン>の別のバージョンの<グッバイ、平壌(ピョンヤン)>の鮮やかな活力
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                  <グッバイ、平壌(ピョンヤン)>






<グッバイ、平壌(ピョンヤン)>はヤン・ヨウンフイ監督の前作<ディアピョンヤン>と同様に、監督自身の家系歴を盛り込んでいる。 朝鮮総連幹部だったヤンヨウン喜の父はヤンヨウン喜の三兄を、1970年に北朝鮮に送った。 ヤンヨウン喜のお兄さんたちは、北朝鮮の人々に住みながら家をクリョトゴ唯一の父の意を逆らって自分の人生を生きたヤン・ヨウンジョンヒは、ドキュメンタリー監督になって、自分の家族の姿をカメラに収める。 彼らは頻繁に会うことができない。 ヤンヨウン喜の母が丁寧に包んで送っては、いろいろな種類の生活必需品とお金が北に住んでいるヤン・ヨウンフイ兄の家族らの生命線である。 ここまでは<ディアピョンヤン>で詳細に扱われた部分である。 <ディアピョンヤン>でヤンヨウンジョンヒは、自分のイデオロギーを子供たちに伝授した父と対立したが、結局は和解する。 父の思想を尊重し、自分の立場も守る中で、彼らは和解する。

<ディアピョンヤン>は、どうしようもなく涙を流される感動的な映画だった。 ありふれた家族の和解などの常套語でスシクドゥェルことができない感動の正体は、私たちは、それぞれの道を行くが、お互いに影響をやりとりするしかなく、それがくねり、多くの傷の跡に満ち満ちているとしても、その傷は人生の貴重な資産ということをこの映画は見せてくれた。 ところが、ついによく知ることができなかったのは、平壌に住む残った家族たちの心だった。 映画の中に行き来し、久しぶりにヘフハン ヤン・ヨウン姫の両親と兄の家族らの間には、ごく日常的な会話だけ、それも簡潔な会話だけ行き交っている。 彼らが会って一緒にすることができて幸せだということは、彼らの表情やしぐさを介してのみ知ることができる。 彼らが日常的な表情をしてわずかな喜びの瞬間を分かち合う中で終え言えないあらゆる悔恨のようなもの<ディアピョンヤン>は、画面の外でこだまする。 要するに、日本で育っていたときにコーヒーとクラシック音楽をひかえて暮らしたヤン・ヨウン美姫のクンオパは、平壌に行って、そのうちに西洋音楽が禁止された時代を過ごした。 西洋音楽の中にクラス式だけを許可された後に彼の長男はピアノを学ぶ学生になって彼を喜ばせます。 映画の中の一場面には、上手に、家族の前でピアノを演奏するの息子であり、孫の前でフムトヘハはヤンヨウンジョンヒの父の両旬とクンオパの姿が出てくる。 両純銀製の『世界最高』と喜ぶがクンオパは、かすかなほほ笑みだけを帯びているだけだ。

監督自身が似ている甥の線画を中心に
<グッバイ、平壌(ピョンヤン)>で、カメラの主な対象は、ヤンヨウン姫の両親とお兄さんたちで、他の人物、ヤンヨウン喜の二番目の兄の末娘線画に変わる。 <ディアピョンヤン>公開以来、北朝鮮への入国を禁止されてヤンヨウン喜が平壌(ピョンヤン)を最後に訪問したのが2005年だから<グッバイ、平壌(ピョンヤン)>に盛られた線画の画像は、<ディアピョンヤン>を構想してダムアトドンものの中で陥っていたものを新たに構成したものである。 <ディアピョンヤン>でヤンヨウン喜が父と母の日常を忠実に追って平壌(ピョンヤン)訪問記を構成することに比べれば、
<グッバイ、平壌(ピョンヤン)>の主人公は、線画が成長する姿と、彼女の周りの家族たちの姿がずっと中心にある。 この映画で彼らの心をカメラと観客である私達が読み取れる道理はない。 映画の中の一場面で、平壌大劇場の前に遊びに行ったヤン・ヨウン喜とソンファは、戯曲の会話を交わしたのに線画が大劇場で何度も遊びにきたの戯曲を見ることは良くないと言うヤン・ヨウンジョンヒは、理由を尋ねる。 ソンファは、カメラをオフにすると言いますと、画面は暗転する。 ヤン・ヨウン喜が好きな西洋の演劇のレパートリーを言うとソンファは、自分がよく分からなくてもずっと話して欲しいと答えたというの字幕が画面に流れる。

こんなものが平壌に住んでいるヤン・ヨウン喜の甥線画をはじめとする兄の家族らの抑圧的な現実にさらされると言うことができるわけではない。 むしろ逆に線画は、あまりにもよく成長していることを隠すことのない形で表れている。 線画だけでなく、線画のお兄ちゃんやいとこのお兄さんも真っ直ぐに育つ。 スマートで礼儀が正しいのに、その年同じ年齢の生気を素直に発散する。 私はこれが不思議だった。 線画のお父さんであるヤン・ヨウン喜の二番目の兄が線画の手をぎゅっと握って学校に送っては場面をヤン・ヨウン喜のカメラを長く取るシーンがあるが、彼らの姿は幸せに見える。 落ち葉の積もった街を親子が一緒に歩く姿がとてもいいとカメラを持ったヤン・ヨウン喜が言っても、二番目お兄ちゃんはいつものように特別なものがない。 それでも幼い線画の魅力的な一歩と第二のお兄さんのヌリトハン歩き方が調和を成し、それらの間に行き来暖かい親しみが生き生きと伝わってくる。 線画の学校に到着して学校に入る線画の後ろ姿をジュムレンジュロ引いて捉えヤンヨウンジョンヒが、自分はここでも異邦人だということを自覚したとナレーションを使って告白するとき私達はこの映画の目的が自分の分身のような線画に​​投射するヤンヨウン喜の心を現わすものであったことを知ることになる。

ヤン・ヨウン喜と彼女の甥ソンファは、同様の運命を経ている。 彼らは、父の理念に基づいて、他の選択がない人生を与えられた。 世界中でかつてない孤立した独裁制の国家体制を追従した父親の世代の生活により、彼らは同じ生活を送るように要求されていますがヤンヨウン喜の自意識は、それを拒否し、ソンファは、どのような心のか知る由もない。 しかし、少なくとも画面で、線画はいつも幸せに見える。 偽装された幸福ではなく、本当に幸せに見える。 ヤン・ヨウン喜は、自分自身の体験に基づいて、私の父と兄がついに口に出すことができなかった不幸の傷をボドゥムウミョ線画を表示するが、ソンファは、そのような周りの人の視線をはじいて出す。 自分の人生の選択肢がヨロトイルことができるという可能性がまったくブロックされた社会でソンファは、システムの貧困と親とおじいちゃん、おばあちゃんの世代の悲惨さを強引に内面化したのかもしれない。 映画の最後に、北朝鮮への入国が禁止されたヤン・ヨウン喜に今すぐ大学生になった線画が英語で書いた手紙を送ったことを画面に映す時に三歳時ヤン・ヨウン喜のカメラに写った女の子が真っ直ぐに長城のことを知ることができる。 その子の心の中には、どのようなものが凝縮されているだろうか。

理念的にかっこ打たれていない存在のセンセンハム
監督ヤン・ヨウン喜は、自分が出来ることだけをした。 前作の<ディアピョンヤン>で、彼は絶えず父に話しかけゴンネムウロソかなりの時間が経った後、父の心をピークに推測することができるいくつかの言葉言葉を受け止める。 国籍を変更するには、絶対だめだとしていた彼がヤン・ヨウン喜の韓国国籍取得に反対しないとするか、息子たちを北朝鮮に送っていない場合はよかった、と吐露する場面がそうだ。 当然ヤン・ヨウン喜と線画との関係で、そのような内密のトロは許されない。 ヤン・ヨウン喜は、ただ、北朝鮮の線画と線画の家族や親戚たちの外見だけを撮る。 <グッバイ、平壌(ピョンヤン)>の一場面で、平壌(ピョンヤン)を訪問したヤン・ヨウン喜の父とクンオパは、散歩を出る。 これは、<ディアピョンヤン>も出てきた場面である。 散歩の場面の導入部のみを示しながらヤン・ヨウン ジョンヒは、これが彼らの最後の散歩になるのかを与える、その時は知ることができなかったとナレーションする。 <ディアピョンヤン>の最後の部分で、危篤だった父は死亡しておりクンオパもうつ病で世の中を背を向けた。 自分の人生を設計する自由を持たないまま、父の理念に沿って北に渡ってきたクンオパは一生それをどのような言葉も残していない中であの世に行った。 <ディアピョンヤン>には、そのように言えなかった、理念的に縛られて傷をくれた家族たちの中に流れていた感情の接着がしつこく流れている。

<グッバイ、平壌(ピョンヤン)>は家族間の屈曲たちより大人たちの選択を理解することができなかった子供の子孫が真っ直ぐに育つの姿だけを盛る。 このドキュメンタリーの当初のタイトルは『線画、もう一つの私』だった事からわかるように、ヤンヨウンジョンヒが、自分の分身のようだったが甥に何かを投影しようとしたが、自分がゴンジョネルことができることだけをゴンジョネンこと<グッバイ、平壌(ピョンヤン)>である。

ちょっと感傷的な話だが、前作<ディアピョンヤン>と同様に、政治色でフィルタリングしていない人間の存在の生々しさがこの映画の感情的な復興を可能にします。 どうか私たちは生きていて生きていくだけであり、それを大字的に意識して、この状態が与える活力がこの映画には満ちている。 カメラと一緒にするということは、そばで一緒に生きていくには同じように、刺激される経験というのを<グッバイ、平壌(ピョンヤン)>は教えてくれる。 大変な美学を出すわけでもないが、<グッバイ、平壌(ピョンヤン)>は、その鮮やかな活力は、カメラと一緒にされる存在の重なりとの共存という願望を理念に、かっこ打たないで描き出したという点で、印象的なドキュメンタリーである。

文:キム・ヨンジン 2011.03.17
by kazem2 | 2011-03-17 23:01 | Comments(0)