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韓国社会を眺める若い監督たちの視線「証」「家」「深度」

☆cine21.com
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                        <証>




過去3年の間、最も勇敢なデビュー作を作ってきたグループがある。 韓国映画アカデミーの「長編制作の研究過程」がその主人公だ。 昨年の第2期の作品たち(<私は苦境に立たされた!><あなたと私の21世紀><女性のない世界><ロマンはない>)を振り返ってみると個人的な時空間を介して、いわゆる「88万ウォン世代」と呼ばれる同世代の雰囲気を入れて出す、大体言っている1人称視点の傾向が目立った。 今年の作品は、最も尖鋭な社会的課題を鋭く凝視する3人称視点に近い。 さらに、一般的にこの作品ドゥルエヌン『ハッピーエンド』と呼べるものが存在しない。 韓国社会を眺める若い監督たちの視線が絶望とあいまいな悲劇に先頭に立たれるしかないというのはそれだけ悲しい現実でもある。

パク・スミン監督の <証> は、盲目のドグマを大事にする。 転職コンサルタント技術者バク・ドクジュン(グォン・ヒョクプン)は、信仰を持って表示するエスジマンつらい過去は、彼の意思さえ許されない。 唯一の話し相手が巻き(梨花市)の懇願に勝てず、教会の証し会に行ったドク・ジュンウン衝撃に包まれる。 証を行うイム・グァンハン(イ・デヨン)長老は、過去のドク・ジュングァ一緒に働いていたコンサルタントの警察だった。 ここでは自分で神に選ばれし育ち信じる少年の警護(イ・ジュスン)が登場する。 救われたと、自分の二人、グァンハングァ警護は、実際の神の形状の上に自分で信じたいと思う理想的な自我を投影している。 神が人間を捨てたのではなく、人間が自分を見捨てたということを直視することができない彼らの盲信こそが私たちをますます地獄に連れて行く。 過去の国家権力をほしいままにしたコンサルタントの技術者が、今は賎民資本主義のアイコンなどの暴力組織からも便利に操るという設定は、多少の回路図ですが、韓国社会を支える国家権力と宗教権力と資本権力という三位一体を巨視的に眺望する監督の野心がうかがえる。

パク・ミソン、ー菩捩、バン・ジュヨウン、イ・ヒョンジン、イ・ジェホなど五つの監督が完成したアニメーション <家> は、再開発案件を手掛ける。 カヨン(キム・コッピ)は、再開発を前にして希望の商店街のみすぼらしい屋根裏部屋で友達フイジュと一緒に住んでいる。 ある日、長くて量 ​​がが落とした玉のネックレスを取ってからヤングの目には一軒ごとに一人ずつ入った「ジプシン(神)」が目に見える。 ジプシンウン家そのものだ。 家という形が生じてから、そこに込められてそこに住む人々の幸福を祈ってくれる存在だ。 再開発やマンションに向けた地上最大の欲望を全面的にネセオミョンながらもファンタジー的設定を引いて入ってくることで、その重量を軽減させたの選択は賢明だった。 都市のもう一つの放浪者の猫を「自信(神)」で形象化した想像力もおもしろい。 ミニチュアセットの製作と実写の撮影は、2D図面の文字の合成が織りなす空間の広がりは注目に値する。

濱口竜介監督の <深さ(The Depths)> は、韓国映画アカデミーと東京芸術対映像大学院の協力で行われた韓日合作の長編映画だ。 写真作家ベファン(キム・ミンジュン)は、日本でのグラビアのスタジオを運営する、昔の友達、吉首(バク・ソフイ)の結婚式に出席する。 しかし、式を終えた後、花嫁の由香は誰かと一緒に逃げてしまって、その時からベファンウン韓国での日常とは完全にずれて空気の中に吸い込まれて入る。 特に、彼のカメラの前に突然飛び込んだ、奇妙な魅力を持ったコルボイ青年類(石田保志)の存在感は絶対的である。 初めからずれてしまったの結婚、ヤクザの偶然の死、南昌の世界などの設定がやや散漫に配置された感がなくはない。 しかし、自分が見たい対象にだけ焦点を合わせて周辺を崩し潰してしまう、つまり、今までのことで、深度が深くなる瞬間の描写は、見知らぬ相手を理解する前にもっと早く魅了されてしまう息もつけないほどの関係を説得力のように示す。 石田保志の挑戦的な魅力が次々に彼に魅了されている映画の中の人たちのように観客にもアピールするものとみられる。

文: ギム・ヨンオン 2011.03.16
by kazem2 | 2011-03-16 22:42 | Comments(0)