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映画「血闘」 バク・フンジョン監督の世界

☆cine21.com
一貫性のある明瞭に露出されたバクフンジョン監督の世界<血みどろの戦い>
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昨年、韓国映画界の隠れたブルーチップで密かに知られた人物がまさにバク・フンジョンシナリオ作家だ。 キム・ジウンの<悪魔を見た>と、リュ・スンワンの<不当な取引>のオリジナルシナリオを書いたの主人公として知られ、結構有名になった。 映画界の監督の中からジャンル的鑑識のでいうところの二番目なら誰にも負けない両監督を一気に魅了した作家だったこと。 その二つの映画の迅速な映画化とともに、彼自身が、やはり直接書いたシナリオで、同年イプボンハンダヌンニュースは、驚きそのものだった。 にもかかわらず、完成後、今年になってから開封したものの<血みどろの戦い>に土砂降りの好奇心もそのような期待からだ
党争と外圧の渦に見舞われた朝鮮光海君11年。 明の強圧的に清との戦争に派兵された朝鮮軍は熾烈な戦いの末、大敗し、三人の朝鮮軍ホンミョン(パク・ヒスン)、都営(チング)、ヅス(ゴ・チャンソク)は、敵陣の真中の客桟に隔離される。 命令を破って早目に逃げて隠れていたヅスの客桟でほぼ死ぬ一歩手前の二人の男が到達したもの。 自分が逃げたという事実が吹き飛ばさナルカブワ恐ろしいヅスは、二人の前で膳を下げ、ホンミョングァドヨンは、お互いに話を交わす中で交錯した過去が徐々に限界にを悟るようになる。 ホンミョンイドヨンを嫌いな理由、ドヨンがこの戦争に自発的に参戦していた理由が明らかになり、その対立はギョクヘジンダ。 その一方で、清軍が客桟で徐々に圧迫されて入ってくる。

自分がシナリオを書いた<悪魔を見た>と<不当取引>、そしてデビュー作である<血みどろの戦い>に至るまで、バク・フンジョン監督が魅力を感じる素材は明確である。 個性の強い男たちの極限の対立と出口を作成せずに追い詰めるジョドルソン、そして最終的には善と悪の境界があいまいなキャラクターたちの導きである。 その点、時代劇という決定的な違いにもかかわらず、<血みどろの戦い>の三人の男は、時の利害関係に応じて、接触と反目を続ける<不当取引>のジュヤン(リュ・スンボム)、チェ・チョルギ(ファン・ジョンミン)、ジャンソクグ(ユ・ヘジン)に似ている。 加えてこのように人のキャラクターに夢中にしながらも、ほとんど体質的といえるほど同志アナ義理を排除している場合も珍しい。 少しの間も人物間の心理的なスキンシップを許可しない。 さらに
<血みどろの戦い>の三人の男は、演劇的文語体のホンミョン、現代口語の都営、そしてコミカルな方言のヅスなど、まるでわざわざそれぞれ異なる言語を付与した感じだ。 彼の作品の中のキャラクターが持つ魅力は、そのようないくつかの点から起因するものだが、同じ理由でまた多くの人々がそのようなキャラクターに息苦しくて寂しいの距離感を感じるかもしれない。

バク・ンジョンウン<血みどろの戦い>で、もっと欲を出した。 それらの客桟という一空間に閉じ込めて密度を高める冒険をしたもの。 香ばしいなまりのヅスが余白を作成し、息の根をツイオギンが、基本的に<血みどろの戦い>はデッドヒートシムリスリルロダ。 それらの間の魚の物理関係を露出時の緊張感は、やはりバクフン正解という気がするように作る。 命令に違反したまま戦場を逃げ出した賎民出身ヅスの焦り、権力争いに追い込まれて一緒に出征したが、秘密を隠しているホンミョングァドヨンの葛藤が一点に混入できる。 さらに、両者の間の秘密は、相手が全く聞き分けることができないだろうと思って、ほとんど死ぬ一歩手前の遺言のように告白したことだった。

しかし、最終的に<血みどろの戦い>は、前二作と違うのはフラッシュバックを使って人物たちの『事情』を込めているという点で、またそこに弱さが隠れているようだ。 限られたスペースという限界をフラッシュバックを使って展開してはいるが、葛藤を現わして縫合する、その依存度が高く見える。 そのため、過去との接続にされ、現在の葛藤を説明することほど、今のところ、その現在の客桟で行われるのディテールをより豊かに作成した場合はどうだったかと言う惜しさが好みである。 一方的に圧迫してくるの清軍の威圧感も多少落ちる方だ。 それでも<血みどろの戦い>は、過去数年間に出てきた時代劇の中で最もユニークな形と素材の作品と言える。 しかもピョンジャによっては、階級対立の問題や比喩的に、イラク派兵という状況にまでは十分に引き込むほどの魅力的なコンセプトを持っている。 どうかして直接書くか、または演出した作品をとおして、最近、この程度で一貫して明瞭に自分の世界を露出された作家がいたのかと思う。 シナリオオーガン演出作でも
<流血>以後の作品が気がかりなのは、まさにそのためだ。

文: ジュ・ソンチョル 2011.02.23
by kazem2 | 2011-02-23 18:56