ANEMA E CORE


by kazem2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

ジュ・ソンチョル記者の香港映画を旅する 第6段

☆ジョンデリの香港物語
ブルース・リーの痕跡を探して香港旅行
e0109292_19125717.jpg




http://blog.naver.com/hktb1/119675910

こんにちは。 <シネ21>チュ・ソンチョル記者です。
今回はブルース・リーの跡について行ってみようかと思います。

何別に説明が必要ない世界映画社のアイコンでしょう。
今30,40代男たちならばわけもなくヌンチャク回して

額と頭と本当に多く合ったでしょう。 カバンにいつもヌンチャクを所持して通った兄らも本当に多かったんですって。

ゴールデンハーベストの会長レイモンドゥ蕉雨は“香港映画社はブルース・リー以前と以後に分かれる”と話しました。

当時米国で帰ってきたブルース・リーは香港最大映画社ショーブラザーズを訪ねて行って製作者ランランショーに会うことになります。

だが、ショーブラザーズはほとんど奴隷契約書を差し出したし結局ブルース・リーは飛び出してゴールデンハーベストに行きます。

当時ゴールデンハーベストはショーブラザーズの2人者であったプロデューサーレイモンド蕉雨がロルロンショと対立して独立しながら

ショーブラザーズの重要な監督、俳優、作家などをほとんど連れて出て行って整えた映画会社でした。

二つの映画会社の地位が逆転するにはブルース・リーの役割が絶対的でした。

やはりショーブラザーズ出身だったナ・ユ監督の<堂山(タンサン)大型>(1971)の大成功を始め

<政務文(門)>(1972)と<メンニョングァガン>(1972)等東南アジア一帯を合わせる記録的な興行成績をおさめることになります。
e0109292_180229.jpg

e0109292_1842893.jpg

ブルース・リーの爆発的な人気に力づけられてとることになった映画がすぐに<ヨンジェンホトゥ>(1973)です。

国内発売された'ブルース・リーDVDボックス セット'にも唯一抜けていたからなのか孤独で寂しく感じられる映画です。

上(胃)はまさに<ヨンジェンホトゥ>の初めての場面に登場する査察でトゥィンモンにある'青松観'です。

もちろんオープニング場面にだけここが登場して以後大連場面などは他の所で撮影されました。
e0109292_1875833.jpg
e0109292_1883942.jpg
e0109292_1893716.jpg

九龍(クリョン)班も西の方に続けて見ればMTR飛んだ遠い吐き気がしてくるのにそこでおりて北にもう少し行かなければなりません。
歩いていく程ではないからタクシーに乗って'チンチュンクン'(青松観)と発音すればわかります。(地図で真っ赤な部分)

あえて遠くに飛んだ遠いまで行く苦労をする方らは少ないと思うが、どうしようが<ヨンジェンホトゥ>初めての場面に
e0109292_18123826.jpg

少林寺(ソリムサ)のように登場したところとか次第あの独特のデザインの文に会った時ブルース・リーファン(パン)として満たされた気持ちは入ったのです。

事実ブルース・リーが労使部(キョグェン)と武術哲学に対して話を交わして

実際大連を分ける場所をさらに行きたかったです。

そちらやはり飛んだ遠い駅で行くことができる'清算修道院'という所なのに

今は全く過去の姿が残っていなくて惜しかったです。

e0109292_1813055.jpg
e0109292_18151411.jpg

コズウェイベイには<死亡遊戯>(1978)の最後の決闘場所になった'レッド ペパーレストラン'があります。

すぐそばには<華陽(ファヤン)軟化>(2000)でヤン・ジョウィとチャン・マノクがこっそりと会った'ゴールドピンチ レストラン'もあります。

ブルース・リーと王家委、世代を超越して香港映画の互いに違うスタイルを極端に見える

二つの映画の場所が一戸欠かしてついている感じが非常に妙ですが

この二ヶ所はコズウェイベイの'Lan Fong Road'に位置しています。

上の地図で赤色で表示した部分なのにすぐそばにゴールドピンチ レストランがあります。

40年近い歴史を自慢する四川料理専門店レッド ペパーレストランは<死亡遊戯>撮影当時そのままでしょう。

トレードマークということができる長方形の通り(距離)看板が今でも関わっていて驚くべきです。

ブルース・リーは<死亡遊戯>で'ドクター欄'が導く犯罪組織に浸透するために

その有名な黄色トレーニング服を着てバイクを走らせてこちらの前に到着します。
e0109292_18213746.jpg

e0109292_18221729.jpg


こちら1階からブルース・リーが一階一階上がりながら戦うことになるが、

写真で見ることができるように内部インテリアや装飾らが過去の姿そのままと感激的です。

ところで事実このレストランは1階建物なので何と5階にかけて戦う最後の対決場面は

他のセットで撮影されましたよ。 その上対決場面撮影以後ブルース・リーが疑問死したために

韓国の'傭兵'俳優であり釜山(プサン)男の党リョン(キム・テジョン)が彼の代わりをして<死亡遊戯>を完成しましたよ。

上のスチールの男は事実ブルース・リーでなく党リョンです。

e0109292_18291410.jpg

おもしろい事実はブルース・リーがこの最後の場面を韓国で撮影することを願ったという点です。

犯罪団が強奪した宝物が韓国アド担いで塔のてっぺんに隠されていて

彼がその宝物を取り戻すために戦うことで話を直接構想しましたよ。

そしてその塔の内部に武術上手らが層ごとに守っているということだったが

ブルース・リーは5階木造建物の法住寺(ポプチュサ)捌相殿を注意深く見ておいた状態でした。

ところで本当に似合わないように寒いことを嫌いだったブルース・リーが韓国の冬を避けて撮影したかったので

最終的に韓国撮影はなされなかったんですよ。

それでひとまず最後の対決場面からセットで撮影したし以後死亡することになったのです。

とにかくレッド ペパーレストランで推薦するメニューは'チリソース海老'と'がっしり面'です。
e0109292_18321637.jpg

e0109292_1835026.jpg

次はブルース・リーの最後まで住んでいた家です。 ところでここは多少衝撃的でしょう。

こちらの存在を知ることになったのは以前アドミラルティ地域を紹介する時言及したパンホチョンの<立派な男>(2003)でのせました。
e0109292_1840379.jpg

e0109292_1826115.jpg

e0109292_18472883.jpg

‘浮気’をするための万全の準備を終わらせた男たちが事前実地調査を通って

カウルントンのCumberland Roadをすぎてすぐある酒屋(酒店、我らの方法‘旅館’)を見ていて

ここがすぐにブルース・リーが住んでいた家の‘ロマンス ホテル’(羅曼酒店)と話します。

ブルース・リーが最後まで住んでいた家が博物館や観光名所になったのでなく

とんでもないことに恋人たちが休んで行くモーテルになったという話でしょう。

特に'ブルース・リーの精気をもらおうとする男たちが愛用する所'という親切な説明まで付け加えます。-_-;

映画が真の冗談が激しいね、と考えたがすべては事実でした。
e0109292_1853914.jpg
e0109292_18535171.jpg

当時日本式定員をこぢんまりするように整えてきれいな2階建物があったこの家は米国で苦労する

香港に戻って成功を収めたブルース・リーが直接悩みの末に選んで契約して死ぬ時まで生きた家です。

今は跡程度だけ残っているが門上の波形が印象的な家でしょう。

そのような由緒深いところがラブホテルで変形されて使われたというから彼の突然死ぐらいあきれたことです。

我が国モーテルらのように番号板を分けた車両らが広場に列をなしている姿が果たしてどうだったかも...

当時ブルース・リーはそのように持ちたがったロールスロイスを注文した状態だったが

その車が家に配達される前に亡くなったので本当に悲しいことです。

事実訪ねて行くことはちょっと複雑です。 たくさん歩かなければなりません。

MTRモンコギストゥ駅で上の地図をよく見てCumberland Roadをのがさなくなるように。

他のラブホテルも営業中のその道に相変らず‘羅曼酒店’という黄色い看板を上げています。

もちろんこちらはもう営業をしているのではなくて、こちらを買った香港のある財閥が

快く政府に寄付しながら観光名所で開発したいという意見を出しました。

事実この写真は1年前に訪問した時の姿でその間どのように変わったのか便りは知りません。

その上こちらを探した時格好良く写真を残したかったが直ぐ前で

何か下水道工事をしていてあの形あの格好になりましたよ。-_-

とにかく具体的な今後計画は分からないけれど次にこちらを探した時は

何か他の工事がなされていればという風が起こります。

最後にブルース・リーの<政務文(門)>で忘れることはできない屈辱シーンでしょう。

公園に入ろうとしていたブルース・リーは警備員に制止にあいます。

警備員はケコンのキム・ジュノのようにブルース・リーに話します。



"君は入れないから、帰って"
e0109292_1945762.jpg

事実警備員はそのまま顔に黒い打つ価値はあった中国俳優でしょう。-_-;

真下のような表示板があったためです。
e0109292_1859497.jpg

e0109292_198541.jpg


犬と中国人は出入り禁止. 二どんと!

すると一百人女が犬を連れて公園に入ります。

本当の話であきれて鼻が詰まって頭にきたブルース・リーが

"あれはなんですか!"と問い詰めると警備員がまた話します。

"外国犬じゃない。"

ついに日本やつらが周辺に駆せ参じながらブルース・リーの怒り炸裂アクションシーンが繰り広げられます。

<政務文(門)>は事実中国、上海を背景にした映画です。

実際に上海ホング公園(尹奉吉義士によって有名な!)エはそのような表示板があったといいます。

ところで当時香港映画らは中国を自由に出入りすることができなかったので

マカオにある'カモンイス公園'でこの場面を撮影しました。

事実香港観光庁ブログにマカオ地域を紹介してもかまわないことなのか、する悩みをほどほどにしたが

下私の本にもマカオ地域が相当部分のせられていて二度だということのセットのように縛られて言及されると関係ないでしょう。^^

それでは来週にまた訪ねてきます。


そして香港とブルース・リーすれば省けない沈思推移スターの通り(距離)にあるブルース・リー同上(銅像)を最後に...
e0109292_19105699.jpg

kinoeyes.egloos.com

@Judard 2011/01/07 07:27

*今後チュ・ソンチョル記者様の香港映画ツアーの話は毎週金曜日に10回にかけて連載される予定です。

以後連載される10度のポスティングに最も多い重ねて文を付けられた五人を選定してチュ・ソンチョル記者の著書

"香港に二番目行くことになるならば"を贈り物に差し上げます。
by kazem2 | 2011-01-07 14:08