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[エディトリアルチーム] 「豆満江」と「茂山日記」胸が冷える

☆「豆満江」と「茂山日記」
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<豆満江>

寒さが半端ではない。 膨大な寒気にもかかわらず、ソウル独立映画祭は、盛況のうちに行われたという。 しかし、西ドイツ製で、この二編の映画は、劇場周辺の熱気とは無関係に心の中に冷ややかなフリーズで作成した。 それはジャンリュル監督の<豆満江>とバク・ジョンボム監督の<プロレタリア日記>だ。 すでに釜山(プサン)国際映画祭で、多くの人々の賛辞を導いて出した二つの映画は、冬を背景に、脱北者を題材にしたという共通点がある。 胸の中の荒涼とするようにしたのはもちろん、時間的な背景や素材だけではない。

<豆満江>は'ジャンリュル監督のチェゴジャク'というキム・ヨンジン評論家の話のようにジャンリュル監督特有のミニマリズムの中で激しく、精力的な何かを引き出すの映画だ。 脱北者たちが経て行く豆満江付近の中国同胞の村を舞台にしたこの映画は、ただの脱北という現実を超えて脱北者や朝鮮族同胞の間の結束と憎しみ、祖国に対する愛情と憎悪、そして『人間の条件』について終始乾燥に、しかし力強く描写する。 率は人々が何のために豆満江を続けて渡るか、または渡らなくできないのか説明していませんが、そのゴンノムと渡らなく不能の間に悲劇が芽生えていることを現わす。

脱北者を中心に置くとき<豆満江>が、その出発点に該当する場合<茂山日記>は、終着点を大事にする映画だ。 険しい道のりの端に、韓国に定着した<茂山日記>の中の脱北者たちの苦難は終わらない。 彼らは、韓国社会のチェビョンバンエソ生きていかなければならない。 いくら歯を食いしばって心をチュスルンダしても、不遇な運命のひもは、これらを放してくれない。 朴犯は主人公の伝承鉄をはじめとする脱北者たちの生活を終始笑い機のない表情で、冷静に描写する。 ずっと運転だができず、結局、他の脱北者をドゥンチョモクウミョ'立ち上がる'伝承鉄の姿は、<ゴッドファ―ザ―2>のヴィートコレット教会ネナ<イースタンプラミス>のニコライがちらりとかすめて行った。

そういえば、最近、特に脱北者を題材にした映画が多い。 2008年のキム・テギュン監督の<クロス>を筆頭に、今年の<義兄弟>と<無籍者>が脱北者を映画の中に溶かして出した。 映画は、脱北者たちを、フォーカスの中に引き入れる理由が現実を反映しようとする傾向のせいだとすれば、このような傾向は当分の間維持されるものと見られる。 脱北者たちはますます多くなるだけであり、彼らの状況が画期的に改善されないのが間違いないないからだ。 現実がこのような彼らの姿から、最悪の貧困層を発見しても、アウトサイダーのアウトサイダーを発見しても、将来の反乱勢力を発見しても、とにかく映画の創作者たちは脱北者たちを映画の中で、さらに頻繁に持ち込むだろう。

ウィキリークスでバルヒョジョトドゥト、楽に横になってみると、北朝鮮政権が崩壊し、吸収統一になるだろうと信じて、この政府を見ていると情けないだけだ。 脱北者2万人の対策の一つの釘出しながら吸収統一後に発生する数千万の「脱北者」を、いったいどう耐えるというのか。 骨の髄まで冷えるこの寒さは、多分ホハン胸から始まったのかも分からない。

文: ムンシク 2010.12.20
by kazem2 | 2010-12-20 19:12