ANEMA E CORE


by kazem2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

モダニズムの二つの顔

☆cine21.comソウル国際建築国際映画祭


e0109292_19105638.jpg

    007の<バットマン>シリーズの愉快な新世界とつまらない未来




未来の社会はどんな姿だろうか?
007シリーズと<バットマン>シリーズは、この問いに、それぞれ別の解答をしている。 007シリーズがジュクムルジョクイゴ流麗な直線的な形とシルバートンを鋳造とされる機械の美学に基づくモダニズム建築の純白の愉快さで表現している場合は、<バットマン>シリーズは、シカゴのウィンドウに代表される高層ビル群とその影に繰り広げられるポストモダンクラスマルクス主義構造の憂鬱を示しています。 007シリーズでは、誰もが、すべてのものが、愉快だ。 建物の窓を愉快で、ソファも愉快で、最も秘密する必要が諜報部のオフィスも窓はありませんが、全体がアルミニウムや供物化粧コンクリートの純粋さで輝いて見える。 最もウムチムヘヤする悪役までも無邪気な愉快さを見せてくれても、彼はモダニズム建築の潔癖症の性格的に代弁している。 この愉快さを、これらの純潔さを汚染させる存在がまさにジェームズボンドゥダ(だから私は悪人の方がされている)。 007シリーズでは建築は、モダニズムの永遠不滅を謳歌する。 一方、<バットマン>シリーズのすべての人物は憂鬱だ。 建物も憂鬱で、英雄も憂鬱で、主人公の女性も憂鬱だ。 無味乾燥するように繰り返されているビルの連続窓たち、城主と執事の中世的な構図、厚手のコートに首をファンキーな市民、ゴモラ、ソドムを連想させる、このゴシック様式の墓のような距離はそのままに、モダニズム建築の墓に行く道しるべになっている。 そこで唯一の憂鬱を表現していない者は、悪人だけだ。 ゴッサム市は悪が横行していて憂鬱なものではなく、病気がなくて憂鬱だ。 この憂鬱を破る唯一の者がすぐに悪人である(従って私は悪人のほうになるしかない)。 007シリーズは、人間の原罪にそっぽを向いている場合<バットマン>シリーズは、人間の原罪を直視する。 そこではモダニズム建築の理想とモダニズム建築の分裂(ポストモダンのクラスマルクス主義の構造)が位置する。 それでは、現実には、現代建築はどこに行っているか? 建築デザインのツールがデジタル化し、ザハハディッド(東大門運動場改修)、フランクゲーリー(ビルバオグッゲンハイム美術館)、ヘルツォークとドゥメロン(ニャオチァオ)が示すように、007シリーズの容量が大勢だ。 遠くを見ることもなく、今、私たちもジェームスボンドのように、携帯電話、ノートパソコン、子供のパッドなどの数多くのガジェットに直接、将来的に近寄っていないか?


イ・ファジョン
by kazem2 | 2010-11-26 19:11