ANEMA E CORE


by kazem2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

[ジョソンギュ]四十、私のプレゼントだと言えるか

☆movie.naver.com
e0109292_18414483.jpg

           <おいしい人生>を演出したスポンジのジョソンギュ代表

予告編をやっと見ることができました
ミンギは出ていませんでしたが主人公の二人以外は皆カメオのような気がします^^
全編にピアノでシューベルトの「楽興の時」第3番が軽やかに流れていました





スポンジのジョ・ソンギュ代表は、関心も才能も多岐である。
彼はキム・ギドクのホン・サンス監督の映画の投資および製作者、質の良い映画の輸入業者、小さいながらも充実した韓国映画の配給業者、そしてコンパクトな劇場の劇場主である。
俳優や監督たちが、お気に入りのカフェの社長でもあり、ワインに造詣が深いうえに美食家だ。そんな彼が演出作まで出した。
<おいしい人生>というタイトルが自分ととてもよく似合う。負債に追われて苦しい心に偶然、江陵でネリョガトドン映画の業者が20代の女性に会うのにその時の人にふと思い浮かぶの記憶。この女性、20年前にそこで一夜を共に過ごした女性とあまりにも似ている、もしかしたら自分の娘ではないだろうか。生まれて初めて作成した経験がゴトチゴヌン実力も水準級で、釜山(プサン)国際映画祭ビジョン部門でも上映する。なんというか、ジョソンギュの'<ブロークンフラワー>'あるいは'私の年齢を四十肉には'あるいは「進退できないシリーズ」の誕生エピソードを聞いた。

- 俳優たちには何と言って交渉したのか。

=主人公を演じるリュ・スンス氏は、イ・ミンギの紹介で知り合いになった。 71年生まれだとし、サイダスHQ所属だと言ってシナリオを送った。その前に、製作会社が私たちとだけ言ったの監督が誰かなんて言うのだった。面白いと言って会おうという連絡が来て狂気のふりをして私だとしたらウトドラ。スンスさんも主人公は初めてなのに、私は監督だから糞を踏んだんだ。 (笑)その中で、できないという言葉はできないので。 (高)チャンソク氏も同じだ。一日にはされている、江陵に来て、刺身を食べに行くと思うんだ、そうとは非常に多くのセリフを与え、3日も握られていた。

- うわさで出して撮るために現場では、より多くの多忙なようだが。

=そうでなくても電話がたくさんくるさぞかしヘトゲトナ。撮影中に電話来てカットして、電話受けて再度撮って。非常に面白いんだ。しかし、映画をよく撮って釘撮りの恐怖はなかった。現場を見ながら、これまで学んだこともいくつかあり。もちろん、最初に周りの人々は皆マルリョトジマンだ。 (笑)江陵は、場所をあまりにもよく分かって大変ではなかったが、最初の撮影が一番大変だった。蚕室(チャムシル)で、漢南大橋まで行き来しながら撮ったんですが何を撮ったのか知らなければね。全10日間、9周目に取ったしスタッフは15人、残りは地元の人を書いた。現場での椅子の置かれているんを見る嫌いなので持ってきて離さないなとしたが、後に疲れていて、低血糖にはほとんど死ぬところだった。 (笑)

- 多忙の中で作ることになったのには理由があるのか。

= 2006年に<星の光の中に>撮影の起動時に現場に立ち寄り、会社の家族たちと久しぶりに江陵に遊びに行って。ほぼ20年前の大学生時代に江陵に来たのが思い出した。もちろん、現地に住んでいる娘に会ったのはなかったし、同じ宿にいた女子大生たちと会議をしたことはある。ふと、今のような話が浮かんで一緒に旅行に行った人々に言うからおもしろいと言っていたよ。最初は映画にする考えはしないし、少しずつソナガトダ。かなり長い小説に使って見た。 「進退できないシリーズ」のうちの一つだ。それが三十ヨドルサルだった。私は、昔から四十になるということについてちょっと古風な趣があった。この日の最初から私は四十までにすれば十分だという気もしていた。残りの人生の間には、他のことをしなくてはならないという気持ちもあったし。ところが、四十に仕事を終了するには自由なはずのにボルヨノトは仕事が多すぎて自由がアンドラ。さらに、2008年ごろには、何かの勝負は私と思っていた以上にツイストだ。私の上には、必要になり、一種の私は、私の贈り物のような気持ちでスタートした。

- 江陵...。

=一応近い。私はあまりも好きでよく行ったところなのに状況が良い日は、より多くのお店になったよ。昨年の4月か5ウォルインガエヌン江陵行ったついでに束草を経てテジンにも行った。 30年ぶりに行って見た。もともとそこに叔母とおじさまが住んでおられた。その時いた店がそのままあり、実際は叔母がなさった美容院の席もそのままあって、世の中には内部の変化が私が変わるんだシプドラ。

- ヒロイン イソムウン新しい顔だが新鮮だ。

=クレジットを見ると、感謝している方の名前にシン・ミナの名前がありますが、これと関連がある。 2006年にこの話を最初に書いたときは、シン・ミナという俳優を念頭に置いて書いた。その俳優から感じられるのは、どのようないきいきとする。事実は、昨年にちらっとシン・ミナ、会社側にそのような話をしたこともある。しかし、実際に撮る時になるとミナはすでにとても成熟した俳優になっているのだ。その時もイ・ミンギが自分と一緒に音楽ビデオを撮ったイ・ソムウル紹介してくれた。イ・ソムウル会ったとき、私は"冷麺が好きです"と頼みだから"ガンソミョンオク冷麺が好きです"こうだったよ。通常、その年齢のときは、"咸興冷麺、平壌冷麺"も分からないのに、ああなったした。そして、そのストーリーを教えてくれた。女優誰が好きなのかと尋ねたところ、チョン・ジヒョンとシン・ミナは、特にシン・ミナということだ!その場ですぐにキャスティングした。私の映画のために来た俳優ではないか。編集をしながら見ると、本当に素晴らしい才能を持ったということ分かるよ。

- 結果的に<おいしい人生>は、自分にいいプレゼントになったのか。

=数日前、一人でこの映画を見ながら自宅でビールを飲んだ。私は、このように四十を終えたんだねシプドラ。重要なのは私の好きなものを、この映画の一つでも集めておいたというのだ。ジャンソミョ音楽でするもの。

- 演出をもう見るつもりは。

=同じようにもう一度するのは意味がないようだ。そしてダンジャンエンこともできない。インタビューをこのようにしていても、今日撮っている映画の製作状況気に使うための頭がごちゃごちゃだもん。十数年の間映画であるし、お金を稼ぐこと抜いては、これですべてやって見たのかと思う。 (笑)

(文)ジョンハンソクmapping@cine21.com

(写真)オギェオクklara@cine21.com

シネ21 2010-10-13 08:30:02
by kazem2 | 2010-10-23 18:57 | Comments(0)