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by kazem2
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何でもないが、神秘的なこと、これがない[ 1 ]

☆CINE21.com
ホン・サンスの<オッキの映画>を見て不思議に陥った観客たちの長い長い告白
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<オッキの映画>

「偶然を選別的にうなずくこと」より良いホン・サンス的肯定があるだろうか。そこから始まりたい。
こういう姿勢は全面的に<オッキの映画>という'神秘'を向き合いながら得た陶酔と衝撃のためにできたことなのに、とにかく記事も批評文もそれでもエッセイでもない不思議なその何になることを希望するこの文は<オッキの映画>を観覧する時感じられるその驚異的だということの前兆をいくらかでもあらかじめ伝えられると幸いだとの考えで試みられた。したがってどんな偶然から始まろうと思う。出張中留まった宿舎のいくつかの10階下へこぢんまりした遊園地が広げられていたがそこ二つの遊具があった。ジェットコースターと観覧車。前者は私たちがとてもよく知っていることで後者はちょっと忘れられたのだ(したがって絵1参照) 。私たちがよく、疾走する快速の映画を見て、"ジェットコースターに乗ったように"と話すことには単に比喩でなく明澄な感覚的根拠がある。"まばたきする間"と描写されるその快楽の正体には私の感覚の自律的活動を制圧したことに対する承服がある。ところでとてもさわやかに大部分の人々が顔なじみである感覚に没頭する時、私たちはそういうのをまた、常套的ともする。

ジェットコースターが常套的ならば観覧車は超現実主義的だ。後者を非常套的だと書いてこそ大邱(テグ)が合うだろうが、私たちが知っている超現実主義は結局常套との戦い過程中に出てきたさらに精巧な方法の中の一つなのでそのまま使ってもかまわないだろう。ジェットコースターは登り坂の道を徐々に上がった後少しはやくて面白くなった区間をすぎて最もめまい私はアワビ2回転をした後前にゆっくり離れた入口に戻る 。出発して出て停止するまでジェットコースターのアンジョンピンはただ一度閉じられて解けてそこにはその誰も列外がなくて、あればめちゃくちゃ大変なことになる。観覧車は違う。先にこの超現実主義的遊具には画一性がない。その中に乗ったあなたは初恋のキスをしてもかまわなくてあるいは孤独に一人である事もあって視線は外側に置く事もできしなくてもかまわなくて見通すとしても各自他のものを見る余地がある。当初からここに乗るために踏み台にのぼったあなたは1号車にも3号車にも7号車にもそのどの車にも仮面可能性があってその上それはあなたの選択であるよりその時その前にたどり着いたその模型車との偶然的な出会いによって決定される場合がさらに多い。

言ってみればこういうものだ。観覧車に乗った私たちは骨組みになった原形の構造物にどうにかコネがついていることかもしれないがその終わりにぶらさがった小さい模型車の中にあるのでお互いに一定の幅を置いて各自かけ離れている雕刻などで、上下にゆっくり動く全体の円運動に属していながらも同時に彼と関係がなく両側でまた、少しずつ揺れる。全体が一方向に動く時それぞれの模型車はまた他の方向で自律的だ。したがって比喩するにジェットコースターと観覧のため二つのうちどんな感覚で人生を見るだろうか。いや初めからジェットコースターで人生を観覧するのが可能はしたものか。ふとホン・サンスの映画を見る経験を"観覧車に乗ったように"と表現したかった。

偶然に目に映った事物の政調に引きずられて無理にもホン・サンスの映画とその11回目長编<オッキの映画>に対する話を取り出したが、これが無理としても違わなく偶然なので私はより一層あきらめることはできない。 <オッキの映画>の2部で主人公珍句(イ・ソンギュン)がベンチの上にある牛乳パックを手帳に描く時聞こえてくる彼の切実なボイスオーバーナレーションを信じるためだ。"この牛乳パックがここに置かれられている理由を分かればあらゆる事を知ることが出来る。これのために私は少しでも影響を受けたことで、それのために宇宙の全てのものが変わってしまった。なぜこれはここになければならないんだろう?世の中のすべてのたわごとらはみな必要なくて。そのままなぜこれがここになければならないということかと。なぜこれが今ぴったりここにあることかと! "私の質問も同じだった。世の中のすべてのたわごとらはみな必要なくて。この観覧車がなぜ今ぴったりここにあることかと!

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<絵1>観覧のため

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<絵2>だけレイ自画像を記憶に依存して描いた絵


『何でもないこと』に隠れた神秘偶然は選別されるが止まらないだろう。たとえばホン・サンス映画の後場面がなにげなく行き過ぎたどんな前場面をうっかりくみ上げるということを私たちは知っているのに同じ経験がここにある。なので私は観覧車を見た時万レイの自画像一つが浮び上がった。万レイは超現実主義者、さらに正確に、"私はダダ "と宣言したダダイストであり彼ら中ほとんど唯一映画に手をつけた創作者なのに、彼の展示会をその前日偶然に見た。題名もなくて描かれた時期も不明な、ただ自画像とだけなっている小さい大きさのデッサン、だけレイの置いてあった。彼の公式サイトにも自叙伝にもないのを見れば代表作とは違うようだ(したがって記憶に依存して大体描いた絵= 2参照) 。万レイの頭の中をM 、A、 N 、R、 A、 Yが満たして回っていて目だと考えられる二つの点は怪しく交錯してつけられていて脳から連結されたアンテナが外部にのびている。ところで観覧差と万レイの脳の間には関係があるのか。あり得てないこともある。ただし似た形模型のこの二つを二日続き見ることになった私の経験を"並んで付けておいて(映画の中オッキの話) " <オクヒの映画>という世界の隙間間に入りたくなったのだ。

"私はダダの結果よりは多多の態度が好きですね"とホン・サンスが話したことがあって彼の映画<オー!修正>の英語の題名がマルセルデュシャンの<彼女の崇拝者らによって裸にした娘>で<女は男の未来だ>行ってルイアラゴンの市区(诗句)であることは知られているがより重要なことはダダが何の意がなくてホンサンスが無意味を重要視するというところにあるだろう。ダダイズムとホン・サンスの間には共有されるところが明らかにあるのにそれは違わなく非理性的秩序に対する賛美であろう。だが"ダダは何でもないのを意味する。私たちは何でもないことに世界を変化させようと思う" (リヒャルトフィルッチェンベク)と有名に宣言してみてこそその話はホン・サンスに'ダダは何でもないのを意味する。私は何でもないことに私に(非論理的に)正直になろうと思う』と翻案される可能性が高い。ところでここで意外に重要な話は差はつけられない『何でもないこと』というすぐにこの話だ。例えばダダイストとホン・サンスの最も重要な空集合のように見える「梦」さえ実はこの何でもないことの一種だ。

ここでぜひ二種類が混同されなかったら良いだろう。共通関心事があるとしてもダダイズムというある流派の騒動劇をホン・サンスが全面的に継承していたり彼がそれに所属感を持っていることで混同されなかったら良いだろう。ダダイストを含んだ超現実主義者などの『初め』 (超、 sur )が現実を跳び越えてその外側に置かれる抵抗の結果を出すということだったとすればホン·サンスの『初め』は結果として与えられた現実をさらに正しく見るために常套的方法を跳び越える過程を発見やり遂げることだ。二は厳格に指向が違う。だからホンサンスにはダダイストらにそんなにも重要だった無作為性や自動性はそれほど重要ではない。代わりに構造と構造としての配列、配列を生命に導く偶然がさらに重要だ。

同時に「何でもないこと」が「重要ではないこと」と同じ意だと混同されることもなかったら良いだろう。何でもないものと表現する時その話にはたいしたものでない、でなくこれもあれでもなくて規定できない、という神秘に対する畏敬心耳含まれていることを認められたら良いだろう。ここで何でもないこと、それはいっそ神秘の原石だ。どうであれ私の憶測ではホンサンスが話す抽象と構想の完全で丈夫な合一という地平も、この何でもないことらが丈夫に結合して何か重要なことになる状態の一環と聞こえる。何でもないものなどの組織を通じて重要な何がなること、なので重要な意が入れられた何でなく重く感じられる何がなること。個人的にはそれが映画という芸術がやり遂げることができる最上の結果の中の一つと考えるほうだ。チャンミッシェルプロ洞はホン・サンスの映画を『脳の映画'という概念で完ぺきに適用してみることができると話したが、私はどんな概念的適用で完全に説明できるホンサンスの映画はただ一編もないということに賭をする自信がある。ただし<オッキの映画>が文字そのまま脳の頑強で活発な活動の結果とは考える。それが私の錯覚であろうがなかろうが観覧差を見たしあたかも観覧差の活動を脳にのせることを望んだように見せたあるダダイストの素朴な自画像を見たしその指向的差の中でもついにホンサンスと<オッキの映画>をその偶然らが示した時、驚異的な(の)この上もない<オッキの映画>がホン・サンスというその生きている創作の脳の活動模型のように感じられたのは事実だ。ホン・サンスの頭の中を回っているホンサンスら、ヒウッ、 〓 、○ 、シオッ、 〓 、○ 、シオッ、 ┬らになっている観覧差の模型らまたは、多多または何でもないことらが絞り出した神秘であった。

撮影当日シナリオ、撮影当日キャスティング<オッキの映画>は製作方式ですらホン・サンス自身の骨髄を絞り出して作られた。ホン・サンスは<ハハハ>という彼の最も非凡な作品に属する映画の後半作業をする時から次の映画<オッキの映画>を作るために急いだし何ヶ月がまだ過ぎる前に完成した。彼は自ら固め打ちした。なぜそのように急いだのだろうか。もちろん彼は淡々と話す。"あるのは一つもなかったしからだも映画を作るからだではなかったがこのような時とればどうなるようだとした。"どうなるようなようにしよう。ホン・サンスの映画はいつもそのように始める。 <ハハハ>が書いたスタッフだったら<オッキの映画>は苛酷なスタッフだった。監督を除いた4人。監督が雑用まですることになったのは言うまでもなくて現場に遊びに行った人々は例外なくスタッフの一員にならなければならなかったし、スタッフの記憶によればある日は撮影分量が終わったムン・ソングンがしばらく見られなくて見回したところ、この大俳優が要請もしなかったが分かって遠くに立って車両統制をしていたともする。撮影は監督が教鞭を取っている建大と建大近邻、峨嵯山(アチャサン)で全部したしクリスマスイブとクリスマスの日とることになれば本当にその日が映画に登場したし、100年ぶりの大雪が降った時は『大雪后』という小題目で一枚になった。概して平日に2〜3回送ずつとって何週にかけて13回送に終わらせたが、初めから映画はイ・ソンギュンだけを主人公に定めておいて取り始めたが5回送ぐらいとると使っておいたことを全部使ってしまったし、すると何か新しく使い始めたしムン・ソングンには出演分量を増やしてくれとお願いしたしチョン・ユミには新しく出演を求めた。これで中編<幾重にも重なった山中>に出演した俳優らがまた出演することになった。

監督は撮影当日朝6时30分から8時まで撮影台本を使って電話をかけて俳優らを呼んだ。ここで留意するべきことはあらかじめ日程を約束して撮影台本だけ当日に使ったのでなく、撮影台本を当日朝使った後俳優らとその日で日程を定めたということだ!世の中のどんな監督が当日撮影台本を使った後当日に場所交渉をして当日に俳優を現場に呼び出すということか。それも句句節節説明もなしでこのように"ユミ、今日何する? " 、"性根が兄、今日の3時までくることができる? "、"ソンギュンこの頃何する?"でキャスティングをすると撮影もそのように進行した。こういう過程がハプニングではないのみならずホン・サンス映画の変わらない演出原則と同時に神妙な効果を持ってくる精巧な過程の中の一つという点に対してはすでにとても多くの席で話されてきたのでさらに付け加える言葉はなくて、付け加えるならば彼が<オッキの映画>で彼自身の方式をどんな映画よりさらに冒険する方式で押し通したとは話せるだろう。したがって俳優らは撮影会場でこの映画がいったいどんな映画になって行くのかよくわからなかっただろう(ホン・サンスの他の映画らも概してところが今回はもう少し激しかっただろう) 。だが、不平がなかった(不平ならば、"ホン監督みな良いが一日前にも日程を知らせてはいけないだろうか"といったというムン・ソングンの要請程度? ) 。

ところで俳優らはなぜ不平を言わなかったのだろうか。ホン・サンスが決してダダイストトゥリスタンチャラが宣言した方式で創作物を作らなかったためだ。車という彼の無作為市議作法に関し宣言した。新聞紙で記事を切り取ってカバンの中に入れて揺さぶった後無作為で取り出してまたこようと付ければそれが最善の無作為市と主張した。ホン・サンスが彼のどんな映画よりもさらに即興的に<オッキの映画>を作ったことは事実だが彼の俳優らは決して無作為で選んだ新聞紙ではない。 <オッキの映画>は監督と俳優らのあいだの偉大な感応で成し遂げている。ホン・サンスは偶然らを全部グルで集めてコラージュを作るのではなく構造中で偶然が光る瞬間らをうなずくが、強制されたキャラクターがないのでその日彼らの気持ちがはらんでいて彼らがあるそちらの環境が反映されてそこに反応する彼らがある。彼らは始終一貫徹底して直接的で物質的な関係ネット中(案)だけでどんな未知の結果を得ることができる方式でお互いを"伝染させたこと"だ。そこで感心するほどのイ・ソンギュンの虚々実々が、切なるチョン・ユミの切実だということが、深くて深いムン・ソングンの寂しさが出てくる。この驚くべき結果はホン・サンスの脳(抽象)の活動がついに習えとの身体(具体(球体) )を動いて起こした奇跡的な物質の顕示という印象を与えるので(に)充分だ。それなら監督自身は何というだろうか。"私の映画中に最もおかしな映画"、 "私が見るので(に)かなり目が気楽な映画" 。そのような<オッキの映画>はどんな映画なのか。


<注文を覚える日>
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<オッキの映画>中の4個の章はこのようです<オッキの映画>は4個場になっている。このように話せばそれほど特に違うこともない。ホン・サンスは多くの映画でエピソード別構成を取ってきたためだ。だが、この映画は初めからちょっと変だ。真っ青な、あたかも何か誤ったのではないのか考えるので(に)ぴったりつりあった真っ青な画面の上に小題目と俳優らの名前が登場する。各々小題目は「注文を覚える日」、「キス王」、「大雪后」、「オクヒの映画」だ。この章らが新しく始まる時ごとに登場俳優のクレジットも新しく登場する。だが、始終一貫イ・ソンギュン、チョン・ユミ、ムン・ソングンであり順序だけ変わるだけだ。一枚が終わって他の場が開始される時には間違いなくエムル街の<威风堂堂行进曲>が流れる。

「注文を覚える日」は映画監督であり時間講師のナム・チング(イ・ソンギュン)の一日日課だ。学校でナム・チングはある女子学生に人為的枠組みなしでは純粋が伝えられないと教えるが、そうしてからはすぐ隣室のソン先生(ムン・ソングン)に会ってお金のために汚された世の中では本しか信じることがないという教えを受ける。教授らの夕方会食席を待つ間彼は他の教授に会ってソン先生が金を受け取って教授をさせるという噂を聞く。会食席でナム・チングが酒に酔ってソン先生をつかんでその真偽を尋ねて席を血なまぐさい場所で作る。その次夕方に探した自分映画の観客との対話席では以前にあなたとつきあった恋人の友人と自任する限り観客から4年前かんばしくない恋愛を記憶するのかという叱責を受ける。ナム・チングはそんなことがないという。

『キス王』は映画課学生チンぐ(イ・ソンギュン)が彼を教える教授ソン先生(ムン・ソングン)に映画をよく作ったと称賛を受けることで始める。しばらく後チングは同じ課学生オッキ(チョン・ユミ)に会う。オッキがソン先生の教授室の前で耳を傾けて立っていることが怪しかったが一度だけなぜそうなのか尋ねてその次は忘れる。オッキとソン先生はつきあったりつきあうようだ。チングはオッキにつきあおうといって長くて長いキスもしてクリスマスの日には家まで訪ねて行く。

『大雪后』ではソン先生(ムン・ソングン)が一番最初に登場する。大雪が降った翌日、授業時間が20分も過ぎたが授業に誰もこなかった。時間講師ソン先生(ムン・ソングン)は『恥ずかしくなってこんなことはもう止めなければならない』で考えてちょうど会った教授に次の学期から映画を作るのに出てこれないと話す。大雪を突き抜けてオッキ(チョン・ユミ)が到着して続けてチング(イ・ソンギュン)が到着する(ソン先生はオクヒを見る時は、"アオクヒだね"と有り難く思うと珍句を見る時は、"子、洗うだろうもくる"とそっけなくを震える) 。講義室でオッキとチングが訊ねたいことを尋ねてソン先生が自分の考えを答える。先生は性欲をどのようにイギセで、誰が性欲に勝つって?そのような人見たことでもある?こういう問答が行き来する。タコ家に行って出てきてソン先生が"止めるのを上手にした。私は資格なくて"とボイスオーバーナレーションで話す。彼が目底にタコ一匹をまるごと吐く。

'オッキの映画'は映画の中映画で、オッキと予想される若い女(チョン・ユミ)がボイスオーバーナレーションで年を召した方(ムン・ソングン)と若い男(イ・ソンギュン)と一回ごと峨嵯山(アチャサン)に上がった恋愛経験を交差させると見せてくれる。言い換えるがこの部分は映画の中映画だ。

文:ジョン・ハンソク2010.09.16
by kazem2 | 2010-09-16 22:01