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日韓ドラマ「逃亡者」竹中直人...ソン・ガンホが好きです

☆news.joins.com
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竹中[ j Special ]
韓国ドラマ『逃亡者』に出てくる日本国民俳優竹中直人
"悲悼そうで、韓国俳優らはなぜそんなに大きいですか
映画『シャルウイダンス』でかつらを使ってきらびやかな踊り動作で休む暇もなく観客を笑わせたその男。また他の映画'ノダメカンタービレ』ではかなりふけて見える変態指揮者シュートレジェだけ。これほどになれば誰でも"ア〜その人"と膝を打つだろう。竹中ナオト(竹中直人54 ) 。韓国にも紹介された『ウォーターボーイズ』『しこふんじゃった』『スイングガールズ』等興行した日本映画には常に彼がいた。竹中は今まで数百編に達する映画とドラマ演劇に出演した日本の国民習う。彼が9月末放映予定のKBSドラマ『逃亡者'で韓国視聴者たちと会う。先月17日'逃亡者'撮影会場の埼玉スーパーアリーナで彼に会った。

東京=パク・ソヨン特派員

#チェミンシクソンガンホソルキョングを一番好んで

●韓国ドラマ出演は初めてなのか。

" 2年前ポン・ジュノ監督の『東京! 』という映画に出演しました。そして東京奥ポ役で日本人飲酒者を救って列車に稚魚亡くなった擬人イスヒョン氏の話を描いた映画「あなたを忘れないのだ」という作品にも参加しました。韓国関連作品はすでに三回目ですね。 "

●出演することになった契機は。ヒロキという配役が気に入って出演したことなのか( 「逃亡者」で彼は昼間には日本政財界の有力者で、夜にはヤクザ世界を思うままにする人物を演技する) 。

"監督様(クァクジョンファン)のラブコールで成し遂げました。習うという監督の一部と考えるから俳優の私が配役を選ぶのは正しくないと考えます。監督が私を呼んでくれたことは私がその配役に合うことという確信があったためでしょう。監督の風と私の演技が一つになる時劇の人物が完成されます。いつも俳優が願う役割だけ受け持つことはできません。 "

●撮影過程で韓国と日本の差があるならば。

"撮影期間ずっととても楽しかったです。特に韓国の場合、撮影ずっと開放的な雰囲気なのが非常に良かったです。日本はみた撮影前に何回もテストをします。ああだこうに演技をしてみた後最もより良いと考えるバージョンで撮影をするが、韓国は直ちにみた撮影をしたのです。それが良かったです。だが、緊張と集中力をさらに要求しました。 "

●好む韓国映画、韓国俳優がいるか。

"韓国俳優らはなぜそんなに大きいですか。私が背が低かったためか分からないが今回共に出演するピ(雨)をはじめとして私が分かる韓国俳優らは全部背が高くて驚きました。個人的にはキム・ギドク監督の作品が好きです。 『悪い男』『弓』等。大衆的な作品ではないか分からないが『悪い男』を見ながら本当に鳥肌が出ましたよ。キム・ギドクだけの世界があります。ポン・ジュノ監督の作品も好んで見ます。俳優中にはチェ·ミンシク ソン・ガンホ ソル・キョング氏が好きです。 『オアシス』「殺人の思い出」「便パリ(ブレスレス)」 。最近みた映画中にはソン・ガンホ氏が神父で出演する『コウモリ』が傑作でした。チェ・ミンシク氏とは全州(チョンジュ)映画祭で対談したことがあるが、スケールが大きい俳優という印象を受けました。 "

●日本で韓国映画とドラマなど韓流ブームが続いている。韓国作品の強力な点は何だと考えるか。

"濃い血、エネルギーと考えます。人が胸中に持っている怒り、悲しみをそのままスクリーンにふきだしてくる作品らが多いです。 『オアシス』もそうで、からだの中のエネルギーがざあざあ吹き出てくるパワーがあります。魂がスクリーンににじみ出るというとしましょうか。 "

●その間韓国に紹介された竹中はコミック俳優のイメージが強かった。今回の作品は多少重いイメージでないのか。

"私は台本を読んで出演可否を決めるのを嫌いです。小さい配役でも最大限おもしろく、意味ある配役で作れば良いのではないですか。作品の中多様なキャラクターも同じことです。 'ノダメカンタービレ'や'シャルウイダンス』では扮装をしたりかつらを使う極端である面があったが、監督が願い次第一演技をしてOKサインを待つことは真剣な配役やコミック配役や同じことです。本質は俳優がどこまでその人物を表現することができるかというかけます。 "

●配役や台本を見て出演可否を決めないならば失敗した作品もあるか。

"失败、成功は価値観の差ではないですか。監督が結果に満足すれば良いんです。私が結果に対して合って違うことを判断するのは正しくないと見ます。成功というのが作品が興行して金を儲けるということなこともあるが、結局は愛情の問題と考えます。監督と俳優、スタッフらの切実な期待と風が集められて作られた作品ならばそれだけでも成功作だと評価することができると見ます。 "

#脚本ないのが人生だと台本読まないで撮影

●撮影会場に行く前までは台本をあらかじめ読まないといったのに。特別な理由でもあるか。

"私たちは脚本ない人生を生きているでしょう。明日どうなるかも知れないことで。俳優が台本を読んで役割を作るというのがとても傲慢なことではないのですか。 「こういうあらすじだね」と撮影に臨むのが嫌いです。習う一人演技するのではありません。例えば私を捺して上げるカメラマンがどんな気持ちで私を眺めているのか、照明チームが考えるその場面の雰囲気がどういうものかなど現場のすべてのエネルギーを感じながら演技しなければなりません。前現場の雰囲気と俳優の直感瞬発力で期待以上の人物を作り出すことができると考えます。 "

●竹中ににとって映画ドラマ俳優とは何か。

"私は幼いころから俳優という職業を憧れました。あくまでも演技だが、私が他の人になることができるということに途方もない魅力を感じました。他の人物になることができるということは一言で夢を見ることでしょう。学生時代私はコンプレックスの塊りでした。すべてにすぐ疲れて挫折する性格でした。小学校の時駆け足が上手だったが、運動会の時ランニングをして見たら両側に走る友人が誰もいないものです。 「こういうことでは私が決勝テープを切って注目をあびるだろう」したいからとても恥ずかしくて恥ずかしいのです。それで決勝テープ直前で後戻りをして逆に走った思い出します。幼い時学校生活記録部を見れば性格欄に『消極的』と書いています。自信もなくて、人の前では話もまともにできませんでした。ところで高校時代偶然に先生まねてみました。意外に反応が良いのです。私でないと考えるから恐ろしさや不安感もなくなったのです。何でもできそうだったんですよ。今の俳優生活もその延長線上にあるようです。 "

●映画『シャルウイダンス』で無能なサラリーマン青木がお手洗いでも事務室で節度ある踊り動作歩き方をする場面が圧巻だった。周防マサユキ監督が撮影中、"このように恥じらいを多く持つ俳優は初めて"といったというが。

"二月間他の映画撮影でサンタフェに行ってきたところその間練習した他の俳優らは完ぺきな踊りの実力を整えましたよ。私はステップであれ何であれ全く練習にならない状態でした。一周间程度集中的に練習してステップはある程度実らせたが、イメージが全く浮び上がらないものです。その時周防監督が『基本的なステップ練習はなった』としてビデオテープを一つ渡しました。ラテンダンスの伝説のドニーバーンズのビデオでした。 『シャルウイダンス』の青木のイメージはドニーバーンズです。彼のスタイルのとおりかつらを使ったところ意外によく似合ったのです。劇中踊る間私は竹中でないドニーバーンズでした。 "

●今年封切りした映画'ノダメカンタービレ』のシュートレジェだけ扮装も特定人物をモデルにしたかけているか。

"いいえ。長い間の懇意にしている特殊メイク専門家江川エスコさんと共にイメージを作りました。先立って話したが普段原作を読まないから私たちが想像したイメージのとおり扮装をしたが、後ほど見るから原作とは全く違う人物が作られましたよ。外国人という架空の人物だったので可能な扮装でした。長髪に鼻を作って付けたが、撮影ずっと鼻水が出てきても鼻をかむことができなくて大変だった思い出します。 "

● 「ノダメカンタービレ」の思い出があるならば。

"プラハでオーケストラを指揮したことです。美しさと悲しみが立ちこめているプラハでショパンピアノ協奏曲を指揮したことは本当に夢のような一瞬でした。共に演技した上野樹里女優としてのパワーが感じられる人です。タマキヒロシは人物はもちろん雰囲気それ自体が美しい青年です。 "

● 100编を越える作品中特別に記憶に残るのは。

すべての作品が記憶に残るのに... 。心に刻んでいるいくつかの監督のお言葉を紹介したいです。主に誇張された、テンション(紧张)が高い配役を引き受けて見たら演技をしながらも不安な時があります。 『シャルウイダンス』撮影の時も'監督様、これとてもオーバーなのではないでしょうか?と尋ねたところ周防監督が『竹中直人にオーバーはない』という話をしてあげたのです 監督のそのような一言が俳優には大きなエネルギー源になります。新人時期森崎アズマ監督と『ロケーション』という映画を撮ったことがありました。周囲すべての人々が常に私のコミック演技が好きだったために森崎監督も好むことと考えましたよ。本撮影時は練習の時と違った、コミック演技をアドリブに入れました。すると直ちに『カット』サインが飛んできました。森崎監督は恐ろしい表情で'むだな演技するな、ありのまま君の演技をしなさい』でしかりました。感動してその場で涙を流した思い出します。君の姿そのままを演技しろとするからには... 。どれくらい私をよく知って配慮した話ですか。 "

●直接監督と俳優で出演した映画『東京晴れ』をはじめとして今まで6個作品を製作した。監督と俳優の世界は全く違っているか。映画音楽も直接担当したのに。

"監督をする時は脚本に多くの時間を注ぎます。私は映画の99%はキャスティングだと考えます。監督が描く作品に合う俳優をキャスティングすることさえできるならば、残りは俳優がどれだけ自由に撮影に臨むかに掛かっていたことでしょう。私が監督する時は俳優らにも台本を覚えるなと注文します。俳優が台本を覚える過程で劇中人物を設定しないようにするためにです。撮影現場であたりながら人物を作っていくおもしろいです。歌を歌うのも好んで、映画音楽製作も直接します。 9月に出てくる日本バンド『被シーマン』のレコード作業を一緒にします。私が歌を歌います。 "

竹中直人は

1956年3月横浜出生。多摩美大卒業。大学時代極端青年チュァで演技生活を始めた。 83年コメディアンで芸能界に入門して96年NHK大河ドラマ『秀吉』の主演で国民的俳優で背伸びした。 91年初めての監督作の『無能な人'でベニス国際映画祭国際映画批評家賞を受賞したし、今まで『東京晴れ』等の6個作品を作った。映画『シャルウイダンス』 ( 96年) 、ドラマ『坂の上の雲』 ( 2009年)等に出演した。右側写真は'逃亡者』の一場面。


jカクテル> >記者を座らせておいて「竹中ワンマンショー」

竹中直人と会った一時間はあたかも映画を見るようだった。映画『シャルウイダンス』話が出てくれば劇中青木のように頭を節度あるように戻す。オララ... 'ノダメカンタービレ'話を取り出すとすぐに突然に"ノダムェチャン!ココンシーマショー(ミーティングしましょう) ! "を叫ぶ。ノダメカンタービレで彼が引き受けた変態指揮者シュートレジェだけの最も有名なセリフだ。私にノダメのセリフでも外憂ということか... 。どうするとは思わない記者を目の前に座らせておいて彼のワンマンショーはそのように続いた。

幼い時とりわけ慎ましさが多かったという彼が映画俳優になったことはもしかしたら両親の影響なのかも分からない。兄弟がなかった竹中は学校が終わればいつも一人であった。横浜市庁公務員だった彼の両親は有名な映画狂だった。土曜日には退勤後間違いなく幼い息子を連れて映画館を探した。小学校1学年の時竹中が初めて見た映画がピエトロチェルミの'鉄道员'だ。その次は007シリーズであった。同じ年頃友人らが漫画映画に熱狂した時期、竹中は007に出てくるポンドガールの名前をぼろぼろ通していたという。彼は"小学生には結構刺激的な映画だったが、派手でけばけばしい場面が出てくる時ごとにお母さんがさっと私の目を隠した"とした。お父さんは家の近所にある直木三十五(劇作家であり演出家)の墓にたびたび息子直人を連れていった。お父さんは幼い息子に、"貧困は長くて芸術は短い"という墓碑の文を読んだりした。竹中は高等学校時期から8 ㎜映画を撮ったし、大学生だった、1978年には極端『青年チュァ'に入って演技者生活を始めた。 TVドラマとラジオプログラム、映画他にもエッセイ集を出版するなど色々な方面で活躍している。 2006年からは自身の母校の多摩美大グラフィックデザイン学との客員教授にも活動中だ。
by kazem2 | 2010-08-21 12:21 | Comments(0)