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[外信記者クラブ]老いた獅子の歯はまだ鋭いな

☆キャタピラー公式サイト
パリ フェスティバル(巴里祭)に140回目作品<キャタピラー>持ってきた若松孝二監督
☆CINE21.com
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<キャタピラー>

元ヤクザ.
人々は彼の初期作がマフィアの血のついたお金で作ったものと話す。 1960年代以後彼はずっと危険な長編映画を作った。 その中多数がピンク映画で、<胎児が密猟される時>私<天使の恍惚>のような作品らはほとんど崇拝の対象だ。 特に彼は大島渚の<感覚の帝国>の製作者でもある若松孝二。 彼が今年パリフェスティバルに招請された。

私は数えた川辺に位置したある素敵なホテルのレストランに彼と席を占めた。 私たちは論議になっている彼の140回目作品<キャタピラー>に対して話を交わすところだ。 この映画は2次大戦に参戦した後日本天皇の勲章を受けて帰郷するある軍人の話だ。 主人公は戦場で四肢を全部失って聾唖になったうえに顔まで怪物になって帰郷するが、面倒を見なければならない彼の妻は夫が犯した罪の代価を固く払うようにする。 ワカマツは彼のトレードマークのサングラスに相変らず鼻ひげを付けていた。 私は彼の慈しみ深い笑いと銀色きれいな髪の毛をつくづくと眺める。 一つ気を付けるのを。 この老いた獅子の歯はまだ鋭いから。

“この作品は2次大戦に対する私の記憶と関連がありますね。 その時私は食べることがなかったし、天皇の写真の前で毎日毎日腰を曲げなければなりませんでした。 その後私は日本が周辺国家らを植民地化してその国女たちを強姦しに戦争に出たということを知ることになりましたよ。 私たちは天皇が神と考えたし、彼にからだと心を全部捧げなければなければならないと考えました。 映画でからだが壊れた軍人やはりそのような洗脳教育を受けるのです。 ベトナム戦争映画に出てくる米国英雄らと別にその軍人が反抗できなかった理由もすぐにそれです。”私は若松孝二に彼の映画にあふれこぼれる暴力性を日本を旅行する人々は感じることができないと指摘した。 すると彼はもじゃもじゃした髪の毛を揺さぶって笑い作った。 “外国人はよく私たちを礼儀正しくて用心深い人々で見ますね。 事実日本人は自国内国民の一部を差別して、他人の苦痛や貧困を見て怒らなくていかなる呵責も感じなかったです。 日本の歴史、日本のすべての政府らがした行動を見て下さい。 日本という国は根本的に暴力的な国です。”

60年代に若松孝二は自分の作品らがあたかも火炎瓶のように持って揺さぶりまくった。 危険人物で評判が出ていた若松孝二. 今日彼は尊敬を受ける映画関係者で、彼を記念する各種映画祭が開かれるところだ。 だが、彼は一人だ。 “そのとおりですよ。 だが、それは私が選択したのは違います。 私が近いと感じる人がこれ以上ないですね。 永らく映画関係者協会メンバーだったが今は脱退しました。 私自身が他の人ととても違うと感じましたよ。 大島渚とはいつも身近に接します。 不幸にも大島はこれ以上映画を作るほどの体力になりません。 その人は闘争するだろうと知っている人でした。 今は私たちの戦闘を引っ張っていく人が最初からいません。 私は映画を見に行かなくなりました。 時々関心が行く映画があれば誰にも話さなくて一人で行きます。 それはたいてい私を安心させてくれますね。 私も継続できるんだね、という気がするようにしますね。 私の年齢がこのように多いのにまだ私が見る作品らより私が作った作品らがはるかにより良いです!”

昼食を食べる時間だ。 出た皿の上でからだを傾けてスパゲティを食べているワカマツをぼんやり見る。 瞬間私たちがいる所はパリでなくある山の中の酒屋だ。 広い帽子をかぶってなどに刀を差したまま闇の中に言葉なしに単独で座っている彼を想像してみる。 若松孝二、その放浪の侍. 日本映画の最後の浪人を。

文:アドゥリアン公報(ポジティブ記者. 映画評論家) 2010.08.18

翻訳チョ・スミ
by kazem2 | 2010-08-18 20:06