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キム・ジウン監督「悪魔は見た」 論議について語る

☆news.nate.com
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[マネーツディスターニュースチョンヒョンファ記者]イムソンギュン記者

キム・ジウン監督が『悪魔を見た』を囲んだ論議に口を開いた。
'悪魔を見た』という残酷な場面が人間の尊厳性を傷つけるという理由で映等委から二度制限上映可等級を受けた。国内商業映画では初めての事態だ。キムジウン監督は去る11日記者会見で、"胸中に埋めておいた話を一生大事に保管すること"としながら不満を表わすこともした。

12日映画が封切りした後『悪魔を見た』論議は一層熱くなった。評壇と観客らは"キム・ジウン最高作"という反応と"おぞましい。こういう映画は作られてはいけない"という意見に極端に分かれている。そのような渦中にも『悪魔を見た』という二日の間25万人余りを動員してボックスオフィス1位を維持する程話題をさらっている。

キム・ジウン監督はブラックコメディと恐怖、スリラーに西部劇まで多様なジャンルを行き来して才能を誇ってきた。そのようなキム・ジウン監督は『悪魔を見た'を通じて国内で初めて古語スリラージャンルをリリースした。キム・ジウン監督は"この映画を通じて私たちの社会が受け入れることができる限界がどこまでか知ることが出来るだろう"とした。 (スポイラーあるということ)

-映画に対する反応が極端に分かれているのに。

▲ 『負けん気』と耐えられる体力だけ増えるようだ。どんな面では古語スリラーだというのが韓国映画で初めて見られるというためであるようだ。産業的なシステムで全面突破すれば。チェ・ミンシク演技をスクリーンで見れば画像を、イ・ビョンホン演技を見ればびっくり仰天する氷の塊同じようなものを感じさせたかった。

- '亜熱帯の夜』シナリオを持って演出をするといった時意外であった。商業的なジャンル映画にたけていた監督がイバラの道を選択したという感じであったのに。

▲シナリオを読んでこういうエネルギーと気勢をあたえる映画が最近ではなかったためにするに値すると考えた。勇気が無くて安全なだけの映画が出てくるこの頃、こういう映画が必要だと考えた。ちょうどハリウッドで準備中の『マックス』リメークが後に押されたりもしたし。

この気勢を持ってしてみようと考えた。チェ・ミンシク先輩があまりにも強ければイ・ビョンホンを通じて感性化させるつもりだと考えた。二人の相反した気勢がどのように描かれるのか私も気になった。

-表現程度に対して好き嫌いが明らかなんだけど。

▲ヒッチコック対談にこういう話がある。ホラーとスリラーでは怪物を暴虐に描けば描くほど成功的になることができると。悪魔を成功的に形象化したかった。

- 『悪魔を見た』というなぜが重要だというよりどのようにが重要な映画なのに。だが、そうしたらパク・チャヌク監督の復讐シリーズと比較となる。省察はなくて過程だけ残ったという。

▲フィアンセが残酷に殺害された。それでそのまま復讐したい。こういうモチーフを持って最後まで行く過程を描いた映画だ。复数(复仇)の省察を描いたとすれば他の方式でしただろう。ひとまず私はパク・チャヌクではなくてこの映画は復讐の3部作でない。つりあった器に合うように内容を入れるのが重要だった。パク・チャヌク監督を意識したか復讐シリーズはわずかも念頭に置かなかった。ただどのようにすれば強烈で本能的に描くことができるか万悩んだ。

-その間ミジャンセンに球をたくさん入れたが今回は俳優らに席を譲歩したようなんだけど。そうしたら過去映画らと変わった部分が感じられて。

▲今まではジャンル的な快感を与えるのに精魂を込めたとすれば今回はキャラクターの極端な表現に注力した。それで過去内映画らと違いはしないかと思う。キャラクターに没頭しながら他の風景を消していけば。

-生を最後まで押し通して見たら観客らが不便がるけれど。

▲でも皆一緒に勇気ある決定だった。俳優もそうで製作者、スタッフ全部。生を入れたこの気勢をどのように最後まで維持するべきかをいつも悩んだ。古語スリラーというジャンルをしたとのことが韓国映画に一つのスペクトラムを広げなかったと思う。私たちの社会が受け入れることができる許容値がどこまでかをこの映画が示範ケースになることができると考える。

-興行作監督であったのに今回の映画は問題作になった。こういう反応が一行予想したのに。

▲興行作という表現を受ければ良いがこの映画が世の中にこのように出てきたとすればそのような運命だったようだ。問題作を意図することはなかった。まずイ・ビョンホンが件差し引くということ、チェ・ミンシクの強烈な復帰作というもの、韓国映画に古語スリラーを出すということ、このように三種類だけ念頭に置いて製作した。

イム・ソンギュン記者
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-強姦にあう女がかえって後ほど好んだり、マッチョ的な視線がいっぱいだから女性観客らが不便に思うけれど。

▲強姦と見えるのは映等委決定で編集と削除場面があって見たらそのように感じられることだ。全く分からない女をそのようにするように感じられるのに本来二人は過去につきあった人だった。

-この映画は上映時間ずっと緊張が維持される。そこには暴力程度が直接的である見るという想像力を発揮しなければならないという点も作用する。映等委決定で削除された場面はより直接的な描写だったであろうに。かえって禍を転じて福となすではないのか。

▲そうではない。さらに古語らしく何かをさく烈させたら中間中間弛緩になっただろう。恐怖映画を見る時びっくりすることで緊張が弛緩するのではないか。映等委決定でそのような部分を削除して見たら逆効果が出たようだ。解消されることができる部分が遮断されると結果的にさらに強く感じられるようだ。それが結局この映画のアイロニーで、運命だ。

映等委の人々は専門家ではないのではないか。監督の演出意図を分からないアマチュアらが演出程度を遮断したと考える。万一、そのような部分があったとすればもう少し娯楽的であっただろう。

事実演出をしながら最も心配した投資社と配給会社関係者たちと絶えずモニターをしながら程度に対する悩んだ。率直に内部検閲した部分も多い。

-本来他の結末、エピローグがあったが。

▲国家情報院高位層がイ・ビョンホンに偽造身分証を与えて中国で皮下という。それで旅客ターミナルでぼうぜんと待つのに一群れの女子高生が過ぎ去る。そしてその後を何の男が追いかけて行く。それをみたイ・ビョンホンがその男を追いかけて行くのがエピローグであった。安全な装置でもあり、イ・ビョンホンには救援(旧怨)でもある。

だが、この映画は曖昧に終わらせるのが良いそうだった。出ることに最後まで行っただけそのまま感じられるのが合いそうだった。

-イ・ビョンホンと三作品を共にするけれど。ペルソナという声もあって。

▲私もそのように考えないで、彼もそのように考えないだろう。感情と情緒を二つとも持っていくことができる俳優が彼と考えたので一緒にしただけだ。必要ならばしたことだろう。

-ビジュアルに球をたくさん入れるのに今回も相変わらずだ。初めての場面に天使のようで悪魔のようなバックミラー装飾や。チェ・ミンシクが殺人を犯す場所入口は悪魔が胎動する子宮に入るのかを同じ感じなのに。

▲バックミラー装飾は美術チームのアイディアであった。天使のようで悪魔の角のような。そのような部分がおもしろくて使った。場所入口はそのような意図を持ってしたのではない。何かとがっていて鋭い感じを与えようとして見たらそのように表現されたのだ。

-イ・ビョンホンが連続殺人犯家で飛び降りて上がる場面は横笛に進行される映画に足跡の活力を与えるけれど。 「ボーン・アルティメイタム(The Boume Ultimatum)」の一場面のようで。

▲その場面を準備することにだけ12時間がかかった。突然に出てくる活劇の面白味を与えたかったし。また、そのような場面はすでに'奴奴奴』で使うこともした。

-一部ではキム・ジウン監督が他人のシナリオでしているとより良い映画が出てきたようだという笑い話の声もするけれど。

▲物では違うことではある。不便だったよ。何か請託を受けて解決者役割をしたようで。

-模仿犯罪云々するといったのか社会的なことで拡張して論じる評価も多いんだけど。

▲新しく試みることに対して今は社会が突然変異を見るように不便がるようだ。なじむことだけ探すようだし。避けたいが避けることはできない状況を正面勝負で見せるということ。現実の暗い反映ではあるが結局『悪魔を見た』という映画を見たということだ。

元気な形態で活発な談論がなされるのはいくらでも納得するがその他は受け入れることはできない。

-ハリウッドで準備する『マックス』リメーク準備はどうなるのか。他のハリウッド映画も演出提案を受けたというが。

▲近い将来米国で行って議論をする。それを見てこそどのように進行されるのか分かるようだ。国内作品もそうで米国側もそうでまだ決定されていない。


スターニュース原文記事転送2010-08-14 12:07最终修正2010-08-14 12:12
by kazem2 | 2010-08-14 14:32 | kim jee woon | Comments(0)