ANEMA E CORE


by kazem2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

[忠武路(チュンムロ)新世代ぴんぴん通信]幸福検索

☆CINE21.com
<悪魔を見た>の美術チームメンバー ギム・チョヒェさん

e0109292_949164.jpg

     キムジウン監督の新作<悪魔を見た>で、作業の主要な空間たち。



退社後の友人らとのおしゃべり一勝負、夜を明かしてみる深夜映画、日曜日午後まで引き伸ばすように朝寝坊自分…. 私が映画をしながら最も懐かしがるものなどだ。 他の人々には平凡な日常かもしれないが、私には特別なことだ。 誰かが出来ないようにしたのではない。 決まったスケジュールにしばられているためだ。 こういうものらが職業に対して懐疑感を入るようにして、毎日のように‘幸せになりたい’を繰り返して言うようにする。

今回の<悪魔を見た>撮影の時やはり私の時間を持つことはできなかった。 誕生日も現場で仕事をして行き過ぎなければならなかったし、ご両親は私をあきらめられたし、ボーイフレンドに数えきれない程さびしさを抱かせたし、友人らの結婚式写真にはいつも私だけない。 こういう生活の反復のためにこれがそのように望んで夢見てきた美術監督になることだったか懐疑に陥る。 現場という所がうんざりされる、私はなぜ他の人々と違った人生を選択したし、何のためにこの仕事をしていることなのか自分自身に毎日のように質問を繰り返す。 事務室と現場を繰り返して我を忘れて時間を送って見たらそんなに長く感じらた5ヶ月の撮影期間が終わらんとしていた。 今は本当に限りなく睡眠も寝れて美しい日々が待っているという考えだけだ。

いよいよ‘チョン’声とともに全てのものが本当に終わった。 ぴりっとするということとすがすがしさがいっぱいであることと思った。 しかしこのさびしいことは何だろうか。 本当に後も見て回らないようにすがすがしいことと思ったが万感が交差して全てのものが走馬灯のようにかすめた。 常に映画を始めるときは享受することができないことに対する懐かしさを捨てることができなくて疲れるが終れば現場の躍動感を懐かしがって追憶する。 このようなことらが私が映画をするようにする理由で耐えることができる力であるようだ。 再び帰らないと念を押してまた念を押した現場なのに私に<悪魔を見た>はまだ終わらなかった話だ。 今立っている映画現場が私にあたえる真の幸福であったということを悟ってまた出た現場の中に帰る支度をしている。 それで私は今幸せだ。


文・写真 キム・チョヒェ 2010.08.09
by kazem2 | 2010-08-12 09:49