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ウッドストックの精神ヒッピー文化への憧れ< Takingウッドストック>

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1969年、映画が始めればTVに出てくるニュースという(のは)ことが明らかだ。 ベトナムで先週何と148人が死亡したというのに6ヶ月ぶりに最低記録だと付け加えて、スエズ運河での交戦をはじめとしてイスラエルとアラブの対決兆しが尋常でないというコメントが続く。 その上に希望的なニュースならばニル アームストロング チームのアポロ11号が発射準備段階に突入したという便りだ。 劣悪なパン・サンテに返済を要求するお客さんとの口げんかに先立ち原作と違い軽い歴史ブリーフィングで始めるのは他の理由ではない。 ウドゥスタク フェスティバルこそそれ自体が持った祭り的性格だけでなくその時代中に置かれている席が非常に重要なためだ。 反戦運動とヒッピー文化、変化する時代の象徴としてウドゥスタクは存在する。

家族が破産直前に置かれて全財産のモーテルを渡さなければならない境遇になるとすぐにエルリオッ(ティミトゥリ マーティン)は隣町内で開かれることにして取り消しになったロック フェスティバルを誘致しようとする。 マックス ヤスゴ(ユジン レビー)が数千坪の農場を提供して非常に古臭いモーテルもフェスティバルの公式宿舎になってかもす清算することができるようになるとすぐにママ ソニャ(イメルダ・スターントン)の顔にも表情が明るくなる。 そんなに静かなだけした村に何と50万人余りの若者たちが集まりながら祭りの雰囲気が形成される。

<ティンキングウドゥスタク>はコンサートを中心にした騒々しい音楽映画ではなくて(実際舞台上のバンドを捕まえる場面は登場しない),また‘裸体’と‘麻薬’というキーワードで<ショッポス>(2006)のような感じの映画を思い出させるのも似合わない。 あらかじめ参考になるほどの原作そのままウドゥストック フェスティバルが開かれることになりながらベセル地域がぶつかった変化の気勢、エルリオッ家族が体験する葛藤と和解、そしてその過程でエルリオッの意味深長な成長の姿を注意深くおとす。 それと共にフェスティバルを準備する人と彼を阻止しようとする住民たち間の必然的な対立様相や衝突、フェスティバル進行上の難関などは確実に登場しない。

当時のフェスティバルをあたかも宗教的なムードで完成した場面らは非常にうっとりする。 湖で裸体で水遊ぶ人々の風景後に聞こえてくるロック音楽の感じ、ヘルメットに花をさした警察バイクに乗って水平トラッキングに進む主人公の姿、そして偶然に会った男女の手に引きずられて麻薬に酔っぱらった主人公の幻想場面などはあたかも啓示の瞬間とぶつかった圧倒的な場面らだ。 そのように残らず脱いだ人々の平和な姿、世の中が総天然色で染まって動産が海のように波打つ幻覚場面はイメージそれ自体で<ティンキンウッドストック>の主題を明快に表わす。 本当にリ案監督はどんなフレームで閉じ込めることはできない自由な魂の旅行者であることをもう一度証明する。

文:ジュ・ソンチョル2010.07.28
by kazem2 | 2010-07-28 20:15