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‘キム・ギヨン監督の女、女、女’

☆CINE21.com
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天使、猫、オオカミ、邪鬼…彼の彼女たちに会う

韓国映像資料院7月27日から



<チュンニョ>

“女たちは夫が死ねば20年の間自由で素晴らしく生きるが、男たちは妻が死ねば2年以上住めない。 暮らしてみてこそ(男たちは)大声ドーン打つがすでに死んだのと同じだ。”キム・ギヨン監督の生前の話は余計な冗談でない。 彼の映画の中女たちはドクを抱いて生きて、男たちは恐れを暮らす。 “植物らは目もなくて帰途なくて感覚も思考もない。 しかしハチと蝶々の好みに合わせてこのように美しい色と形、香りを作り出す。 この花が追求するのは強い人生の意志だけだ。 だからお金と地位と名声より良い妻を得ろ。” <ヌミ>(1979)のチュ・テ(ハ・ミョンジュン)に大学教授が伝える言葉はありふれている美徳のお話であるより貴重な警告だ 女たちの‘強い人生の意志’前で無駄な秀作を行った男はあとかたもなくなるという意でもある。 “もちろん出た女性たちがみな良くて優しいと考える。 娘時期にはみなそうだ。 だが、男たちが女の胸に刃物を何度させば全部悪魔に成っていかれる復讐することになる。”(キム・ギヨン)

韓国映像資料院が7月27日から8月1日まで用意した特別展‘キム・ギヨンの女、女、女’は魔性をふく怪物のような女たちの凄じい饗宴だ。 普段には賢母良妻のように見られるが激しい疑夫症を持った<化女>(1971)の静粛は“数が違えば二年やつらをみな殺しても良くて”と家政婦に話して、主人の家夫と関係を結んだ家政婦名字は静粛に“私が(夫を)奪い取ったのでなくあなたが私に捧げたこと”と応酬する。 男たちは存在で立てないまま女たちの戦利品に転落する。 無邪気で無気力な男たちが女たちの鋭い古城(大声)の前でできることという(のは)死の強要をやむを得ず受け入れたり’(<下女><化女><化女82>),かろうじて延命(連名)するにしても精神分裂症を病んだり<(チュンニョ>)子供のようにふるまわなければならない<(肉食動物>). <肉食動物>(1984)の伝言のように、“20代には天使で、30代には高揚で、40代にはオオカミで、50代には邪鬼おばあちゃん”で女たちが変身を繰り返す間男たちは‘生きている屍’起こるだけだ。

良く知られたように、<化女> <化女82>は<下女>(1960)の時代的変奏だ。 1990年代後半忘れられた巨匠キム・ギヨンに‘カルトの帝王’という称号を付与した<肉食動物>また<チュンニョ>(1972)を土台にまた作ったのだ。 “地方業者らの要求で作ったりもしたが<はこの細片(<下女>シリーズ)の映画が大いに違うと考える。 その理由は私が映画で関心を持つのはストーリーテリングでなく人物のキャラクターで時代状況であるためだ。”同じストーリーの反復だとリメーク作品らを差し置いては困る。 後期作でますますキム・ギヨンの女たちがますます‘危険な’存在らになる。 また、彼らがそのように持ちたがった安らかな中産層家庭が復元不可能な没落と崩壊の地点に直面したことをさらに明確に一瞥することもできる。

事実キム・ギヨン監督にリメークという(のは)大きい意味がないことなのかも分からない。 <修道女>(1979),<肉食動物> <ヌミ>等でも現実でくみ上げた悪夢は絶えず繰り広げられるから話だ。 上映作らをきめこまかく取りまとめてみながら彼が生前にそこまで作れなかった<悪女>を想像してみるのはどうだろうか。 今回の特別展で一緒に上映されるイム・サンス監督の<下女>(2010)のように、故人になったキム・ギヨン監督の衝撃的な悪夢の世界がどんなインスピレーションを伝えるかも知れない。 続く心、梨花(イファ)市、ユン・ヨジョン、チョン・ケヒョン、チャン・ミヒなどキム・ギヨン監督の作品で怪物の顔を見せた‘伝説の女俳優’らとの遭遇も楽しいことだ。 参考で前作品全部無料上映する(問い合わせ:02-3153-2076~77,www.koreafilm.or.kr).

文:イ・ヨンジン| 2010.07.28
by kazem2 | 2010-07-28 20:06 | Comments(0)