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映画「下女」 病的社会に対する完ぺきな洞察

☆cine21.com
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63回カンヌ映画祭、<下女>フランス現地反応

'黄金奨励賞、監督賞、主演女優賞に<下女>を!'フランスの文化雑誌<テクニカル>は14日(現地時間)まで上映されたカンヌヨンファジェの競争作を対象にした模擬受賞で王シャオシュアイの<重慶ブルース>きてマティユアマルリクの<巡演>を抜いて<下女>エーゲ三個部門の受賞光栄を抱かせた。 <クロニカル>は"この映画を置いて‘鑿ロード シャブロルのシナリオで作られた超現代式自動車広告’同じだという非難でも、‘もう一つのパク・チャヌク式映画作り’と称するのは思い違いした話だ。”として“論議の余地はあるが非常に繊細な映画”と好評した。

この日夕方公式カルラサンヨンまで終えた<下女>に対するフランス現地反応は概して友好的である方だ。 <浮ついた気持ちになった家族。からすでにイム・サンス監督の映画を支持してきたフランスの文化週刊誌<テルレラマ>は<下女>を‘今回のカンヌ映画でみた映画中最高作品’と称して、“ミジャンセンとストーリー、政治的コメントまで共に内包する<下女>の完成度は単純にこの作品に限定されるのではなく、ポン・ジュノ監督をはじめとする韓国の監督らが持った最も大きい力”と強調した。 キム・ギヨン監督のリメーク作に対する関心も続いた。 文化ウェブマガジン<エベンヌ>は"<下女>はキム・ギヨンの遺産を立派に継承している、見るに稀な優れた作品であり同時に驚くべき現代性と芸術的自由を持った作品だ。"と好評した。

反面過度にスタイルを指向するという点を指摘する憂慮の声も少なくない。 文化週刊誌<レ イン録>は“逆説的見解、ファンシーワンセット、シックな衣装、粘っこくて病的な雰囲気の重いことは70年代シャブロル作品らを喚起させるが、映画が冷笑的殺人ゲームを越えることができないのは惜しいことだ。"と評したし、日刊紙<ルモンド>は"<下女>の養殖主義的な演出がかえって作品に害を与える”として“社会的疎外を肉体的欲望という争点で接近するのをあきらめることによって、映画は単にモットゥロジン スタイル実習に留まった。"と酷評した。 日刊紙リベラシオンやはり"過度にスペクタクルと数えたイメージで終えようとする欲望のためにかえって結末に加線屈服してしまう。”と指摘した。 しかし“病的社会に対する監督の完ぺきな洞察力は少しも消えない。"という点を強調して、<下女>に対する評価が一面的であることができないということをもう一度知らせた。 一方、映画祭序盤、<下女>は最も大きい関心を集める期待作と評価されている。

"人生のアイロニー入れられたサスペンス与えたかった"

イム・サンス監督記者会見

-カンヌで復元作で上映されたりもしたキム・ギヨン監督の<下女>(1960)をリメークした。

=リ・メイ大きいというよりは再解釈だ。 50年前作品を同じように今作ることはできない。 キム・ギヨン監督の作品が当時社会像を敷いているならば、今の下女は2010年今の韓国社会全般を土台にしている。

-オープニング場面とエンディング シークエンスがとても独特だった。 特に最後の場面では子供のトラウマを描写しようとした。

=映画初めての部分は以後家中で広がることとずいぶん違う。 しかし今ここに共存している、混ざることはないが二つの姿は韓国社会で一緒に広がっていることだ。 最後の場面はその少女が受けたトラウマがどうなるだろうか? それが果たして良い贈り物になるかという恐ろしい質問を投げたかった。

-女性の話をこのようによく表現する監督はあまりない。

=アジア監督大多数が男を重要だと考えて、アジア男たちの偏見が入れられた女を描いている。 反対に私はちょっとあまりそうしない方だとそのように感じるようだ。 そして私は基本的に男より女が好きだ。(笑い)

-いくら歳月が変わったとしても、原作を作った当時と今の社会がこんなにまで変わったか?

=全世界的に見ても韓国は早く変わるように国で有名だ。 ところで一つ考えなければならないことは経済的な面は変わったが家で変わることはそのまま反復されているということだ。 性的関係、妊娠、それにともなう反応がどれくらい変わったのか考えてみることだ。

-サスペンスよりブラックコメディに近い。 映画でサスペンス的な側面はどんなものか.

=内作品に対してブラックユーモアや風刺という表現を多く使う。 ところで人生を、世の中を冷静に客観的に見てみるならば笑わせる。 わざわざ笑わせようとするのではなくブラックユーモアがひとりでに出てくる。 サスペンスに関してはこの映画こそヒッチコック サスペンスの定石により演出した。 そこでさらに捻って深く入って、単純にきわどいというより人生のアイロニーが入れられたサスペンスを与えようとした。

-美術セットが非常に効果的に使われた。

=キム・ギヨン監督様はその当時スタジオ撮影を最も上手にすることに有名な人だった。 私がそのような技術を越えることができるかも知れないがセットに非常に精魂を込めたしそのセットを体で感じながら表現しようと努めた。

-'今回の競争作の中最も退屈でない映画’と断言した。

=常に私が最も好む映画を作ることであって、カンヌに出品したしなかった重要なのではない。 問題は皆さんがどんな映画を支持するのかだ。 最も退屈でない映画という件フェスティバルに最後まで参加すれば知ることになるだろう。 韓国映画が二編(便)やカンヌに来たものを周辺でだいぶ驚くべきだといわれるのに私やはりそのように考える。 いつもカンヌに行った監督があったが私が割り込んだのが告訴するように感じられた。(笑い)

カンヌ=イ・ファジョン、キム・ドフン、取材支援流動席(パリ韓仏映画祭芸術監督)

文:イ・ファジョン2010.05.18
by kazem2 | 2010-05-18 20:39 | Comments(0)