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<ロビンフッド>のラッセル・クロウ

☆cine21.com
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どうかラッセル・クロウに‘今回のロビンフッドはタイツを楽しくはきますか?’
などの質問はするな。 “300年前にタイツがあるわけがなくないのか”というけんつく程度で終わればそれさえも幸運. 普段多血質で知らされたクロウに下手するとひどくひどい目にあうかも知れないことだ。 リドレー、スコット監督との五回目協業. 新しく脚色された<ロビンフッド>は既存民話をすっかり無視した新概念バージョンだ。 クロウの挑戦が始まる地点だ。

ラッセル・クロウがリドレー、スコット監督の‘ロビンフッド’で落下点なった時反応は終始一貫していた。 ‘悪党役ならば分からないだろうか、ロビンフッドがなんという事か!’が皮肉に関する限り余計なけちをつけるとしラッセルを擁護する人がさっさと立ち向かいそうなことはない。 少なくとも私達が知るロビンフッドは金持ちという権力に対抗して貧しい者を助ける義賊に明らかだ。 すなわち、ロビンフッドを演技しようとするなら演技力だけでなくある程度徳性は必須という話だ。 不正に合わなければホテル従業員に電話機も投げて、ボディーガードの耳をかみちぎる悪行を行使する俳優にはいやなる話だ。 分かるようにケビン・コスナーが<ロビン フッド>(1991)に突入した時は彼が<オオカミと踊りを>でインディアンだけでなく大衆の呼応まで背負った時期であり、ショーン コネリが<ロビンとマリアン>(1976)で愛に陥ったロビンフッドを演技した時は、彼が007のボンドで自由世界守護という重大な任務を成しとげた後であった。 46才、ロビンフッドを演技するには比較的遅れたクロウの年齢もやはり叱責の対象になった。 先立って彼がいくらプロバンスで犬果川(クァチョン)船荷は<ある素敵な瞬間>のファンドマネージャーを演技したといっても義賊を任せるには無理があるとみられた。

義賊であるふりをする悪党、ロビンフッドスコット監督の考えはちょっと違った。 スコット監督は他の人々が皆共同作業したがらながるクロウの‘気難しい’性格を置いて‘率直で直接的な’性格とし、長所に受け入れることができるパートナーであった。 <グラディエーター>を始め<ある素敵な瞬間> <アメリカン ギャングスター> <ボディーオブ ライズ>まで4編(便)の作業を共にしてきた彼はクロウを置いて“最も完ぺきなロビンフッドの現ヒョン”と修飾した。 もちろん現代にきてほとんど固定化されるように善良なロビンフッドを思い出させればさっさと理解が出来ない発言だ。 それ(彼)より恐らく最も古くなった英語小説に明らかな<ロビンフッド>が実体を分からないということでこのキャスティングの理由を探さなければならないだろう。 誰の解釈かによって全く違われることができる民話. スコット監督は既存ロビンフッドの無数の注釈でかなり外れた新しい人物でロビンフッドを再創造する。 正しくない方法で英雄になったロビンフッドに当初慈悲を施す寛大な心などは存在しない。 ロビンフッドを富の再配分のための善良な略奪者と称する代わりに、義賊であるふりをする悪党と規定して複雑多端な実体を公開するのが彼のシナリオだ。 既存のロビンフッドよりは<グラディエーター>でクロウが演技した怒りに充ちた奴隷マキシマスを思い出させるのが今はかえって似た例になるかも知れない。 暗くて暴力的なアドレナリンで綴られた<ロビンフッド>に対するクロウの便はこうだ. “これはあなたのお父さんが見たロビンフッドではない。 さらになかなか良いバージョンを作る考えがないならばわけもなく時間投資して苦労しながらまた作る理由がいったいどこにいるか?”

覚悟は格別だったし、過程は苛酷だった。 彼が投げ捨てなければならないことは既存ロビンフードの典型的な身だしなみと認識されたタイツだけでなかった。 ヌクタリロビンフッドという汚名を脱ぐためにダイエットに突入したのが最初の課題であった。 結局マキシマスを連想させる短いスポーツ頭に決定されたが、序盤には髪を伸ばす苦労も耐えた。 <ボディーオブ ライズ>私<ステート オブ プレー>のかつらを使った時とは全く違った姿勢だ。 ロビンフッドの基本技の弓術練磨も併行した。 一日に矢200台を撃ったこともあるのにこの程度練習量はオリンピック選手たちの訓練量に釣り合う水準という。 戦死で分限<グラディエーター>時から<シンデレラ>のボクサーに至るまでいつも完ぺきなキャラクターのためにからだとの死闘をしてきたところだったが、クロウは自ら今回の訓練だけはさらにものすごかったと話す。 “ロビンフッドになるために本当に途方もなく私を押し通した。 今はおよそ20年は若くなった気持ちだ。”

<グラディエーター>の光栄を跳び越えるための宿題からだ年齢を離れて彼が<ロビンフッド>を通じて少なくとも10年の間隙を狭めようとすることだけは明らかに見える。 今から十年前<グラディエーター>一方でスコット監督と彼は全世界的な興行と名声を全部成し遂げられた転籍がある。 そして全部分かるように粘り強い活動にもかかわらず、その間クロウがマキシマスの名声を跳び越えられないことは事実だ。 “皆<ロビンフッド>を<グラディエーター>きて比較するのに忙しい。 関係ない。 相変らず<グラディエーター>はプライム時間帯にTVで放送される人気映画だ。 俳優として一生に一度会うかどうかという幸運ではなくてムォゲンナ.”話はところが、最も大きい光栄が最も大きい宿題に戻ってくるはずだ。 <ロビンフッド>は<グラディエーター>の光栄をいつでまた再現したいクロウの最も現実的な挑戦になるだろう. <グラディエーター>だけ同じ<ロビンフッド>ならば、その挑戦を受け入れることを憚ってする理由はないように見える。

文:イ・ファジョン 2010.05.10

写真提供エボレッ、UPI
by kazem2 | 2010-05-11 12:34