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by kazem2
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<シネ21> 批評の楽しみ方

☆cine21.com



1号から749号まで<シネ21>が記録した15種類いろいろな20自評20自評は<シネ21>評者らの友人であり的です。 20自評は数多くのスター筆者らの産室だったが、彼らぐらい途方もない論争の対象でした。 かなり以前ことだが、ソン・ヌンハン監督は最後の作品<世紀末>で主人公の口を借りて20自評を批判したことがありますね。 主人公のシナリオ作家は酒場で評論家に会ってこのように話します。 “君は、君妻にも星を与えてしかし? 妻サントンは二班、乳どんっとこれは特別な三つ. 愛する対象ならば慎重でなくちゃ。 映画を茶碗で見るからむやみに星を与えてそうすることじゃないの? 浅はかでファッショのようなことだ。 そのような事するな。”

ソン・ヌンハン監督の批判に<シネ21>評者らはどのように反応したでしょうか? 彼らは20自評の先駆者ららしく20自評でうなずく返事をしました。 維持や評論家は‘首に力を抜けばさらに素晴らしかっただろう(字数数えないこと!)★★★’、キム・ヨンジン評論家は‘20自評を拒否するほどの資質がある映画★★★’、強いソプ評論家は‘20自評は世紀末の堕落でなく世紀末的ユーモアです★★★’と話しましたよ。 これがすぐに20自評の存在価値でしょう。 短い単語いくつで映画を評価するのは批評の堕落でなくまた他の批評の楽しみです。 その上20自評を使うのはそのように容易なことではありません。 甘い時パケットは‘外信記者クラブ’コラムでこのように話しましたよ。 “もちろん1行レビューだけでは充分でない。 映画の複雑性を理解するように助けるもう少し長いレビューらが必要だ。 映画に対する情報を与えて強力な点と弱点を知らせるレビューの有用性はさらに話す必要がない。 しかし結局、1行レビューでこそ最も長く残るコメントになることができる。 だから、残念ながら、このように使いにくいということしか。”

創刊15周年を迎えて20自評の15種類記録を再確認してみました。 どんな20自評は時代を超越する鋭い警句の面白味が相変わらずです。 どんな20自評はまた見ても心がドキドキする程トカディドカムニダ. そして進歩した20自評は歓迎されるが、陳腐な20自評は敬遠されます。

1.最も高い星点を受けた映画<アバター>です。
全8人の評者らが最低★★★★点、最高★★★★★で大同団結しました。 主聖哲記者は‘おばけが見ても安い’というサンティ私は感想を残しましたし、礼儀正しいイ・ドンジン評論家まで‘ブロックバスター歴史の新しい道しるべ’と叫びました。 それでも傾いている黄塵米評論家はちょっと特異な点数を与えないだろうか期待したところ★★★★☆点を投下して断言しました。 ‘前に数年間この映画を見ないで映画をいうことはできない。’が凄じい大記録はおよそ10年後にこわれはしないかと思いますね。 なぜ10年反りますかって? ジェームズ、キャメロンの新しい映画がその頃出てくるから話です。

2.最も低い20自評20自評評者らは寛大です。
いくら映画が馬鹿な行動合っても基本的に★点は与えます。 無意識的な批評的下限線だとしましょうか。 しかし耐えることはできない映画で2時間を浪費した場合、たびたび評者らは☆点から抗議したりします。 キム・ジョンチョル‘エクストリーム無比’編集長が‘シリーズ最悪の駄作お出ましになります!’と叫んで<女子高怪談5>エ☆点を与えたのが最近の事例です。 <女子高怪談5>は7人の評者の格別点平均が★で<ヨガ学院(塾)><4曜日>と共に歴代最低点を受けた映画です。 しかし歴史上最低点は<マンデート:シニくれた任務>の持分(役割)です。 キム・ジョンチョル エクストリーム無比編集長は‘観客に対する明白な犯罪行為’という評と共に<シネ21>歴史上初めで‘Bomb!’を格別点の代わりに与えました。 とても気になって映画を探してみました。 ふう、私の格別点は‘Atomic Bomb!’です。

3.他の20自評と点数差が最も大きい20自評黄塵米評論家は<プルレイム:人類滅亡2011>
エ★★★☆点を投与して‘最も考えてみるかもしれない災難に関する最も写実的な描写’と好評しました。 問題は他の評論家らとの格差です。 評論家イ・ヨンチョルは‘アクビ百回に私のほおは涙まぜこぜ’としながら★点を与えたし、キム・ジョンチョル エクストリーム無比編集長は‘これを見るよりはウイルスにかかって死ぬのがより良い’として☆点を与えました。 最低点と最高点の差は何と★★★. 今後もなかなかこわれるのが難しいほどの格差です。

4.格別点放棄20自評しかし☆点まであきらめてしまった20自評も存在します。
ナム・ダウン評論家はデービッド リンチの映画<インランド エンパイアー>に格別点周期をあきらめました。 理由は次のようです。 ‘一度見て格別点付けることができる者天才だとか嘘をついていたり。’それなら3年が過ぎた今ナム・ダウン評論家は<インランド エンパイアー>に何点をおろしましょうか。 電話をしてみました。 オ・イク後. ナム・ダウン評論家はまだ在監上をできなかったそうです。 理解します。 <インランド エンパイアー>は二度体験したい悪夢ではありませんから。 ナム・ダウン評論家は話します。 “今また見れば好むことになることのようです。 頭で理解しようと努めるのでなく気持ちで感じることができそうですね。”

5.最高の20自評連作20自評にも続編が存在します。
たびたび評論家らは同じ主義(注意)紙面で連作を試みたりします。 全(前)<ハンギョレ>記者イム犯意場合<そいつは素晴らしかった>きて<トルリョチャギ>連作を試みましたよ。 電子は‘コンデソリ聞いてもできない★★’そして後者は‘より合わすといって目にはこれがちょっとより良いね★★☆’です。 しかし最も笑わせた連作の最高峰は長い間の20自評の代価パク・ピョンシク評論家の<ヨガ学院(塾)><4時間目推理領域>連作です。 読者らの記憶にも強く残っている二つの映画の20自評は次のようです。 無期限営業停止! ★、無期限登校禁止! ★.

6.最も数学的な20自評キム・ヘリ記者の<ラタトゥイ> 20自評は算数が必要です。
‘独創性★★、味★★★、サービス★★★☆、衛生☆’. それで平均ハプが★★★点でしたよ。 だが、キム・ヘリ記者様. 算数が違いました。 2+3+3.5+0.5を4で分ければ平均点は2.25です。 だから★★あるいは★★☆を与えなければならなかったですって。 やはり神は公平です。 神は彼女に触れることはできない文手並みをおろされたが算数頭は….

7.最もおいしい20自評20自評は短くて印象的な文で映画を評価するのです。
だから世の中に存在するすべての比喩と隠喩が全部試みられるほうです。 食べ物比喩法も取り除くことはできないです。 周辺大人たちがつまらない映画を見て出てきながら‘小豆ないまんじゅうのようだね’とおっしゃるのを聞いてみた経験皆あるんじゃないですか? それなら食べ物比喩法を引き込んだ最高の20自評は誰のことでしょう。 全(前)<ハンギョレ>記者イム犯はキム・ギドクの<空の家>エ★★★☆点をあげてこのように話しました。 ‘冷麺麺とすればこれは咸興(ハムフン)冷麺のようだね。’咸興(ハムフン)冷麺麺はソバがたくさん含まれてよく切れる平壌(ピョンヤン)冷麺麺に比べてしこしこする方です。 しこしこするように面白くなるという意味でしょう。 フーン. 確信はできません。 どうであれ陳腐なことはありません。 進歩した20自評は歓迎されるが陳腐な20自評は退出する方法です。

8.最もサドマジョヒズムジョギン
20字ビョンジュ聖哲記者は<007カンタム オブ ソルロス>に★★★☆点をあげてこのように使いました。 ‘ボンドに漢大合いたい。’チュ・ソンチョル記者を直接見たならばジェームズ・ボンドやはり漢大打ちたくなかったでしょう。 どうであれこの凄じく暴力的な20自評で紙面を汚したチュ・ソンチョル記者が普段SMプレーを楽しむのかどうかを心配している読者様がおられるでしょう。 他人のプライバシーをむやみに口外することにはなりません。 ただし普段席に座っている姿勢で推測してみた結果、大腿部部位に赤い列がいくつ張られていることという推察はやれる….

9.最も短い20自評
キム・ヨンジン評論家は<イレーザーヘッド>をこのように評しました。 ‘本当にカルト★★★★.’イ・ドンジン評論家は<インランド エンパイアー>をこのように評しました。 ‘後ダルがたがた★★★★☆.’二つとも四つの文字です。 しかし字の間の隔てなく親しいイ・ドンジン評論家の<インランド エンパイアー> 20自評を歴代最も短い20自評で選定します。 イ・ドンジン評論家様. ‘より少なく’一つ抜いてそのまま‘後がたがた’と送られたら頑固に字数まで数える苦労はしなかったでしょう。

10.最も長い20自評
<愛している、パリ>は20自評評者らが鉢巻きをして苦しむように作りました。 20個の短編で構成されたオムニバス映画なのに加え偏差があまり大きくてまったく20字に混ぜ合わせて入れることができなかったせいですね。 それで大部分の評者らが20字をふわりと跳び越える長文の20自評を送ってきました。 その中でも最も長かったのはキム・ヘリ記者の20自評です。 彼女は‘☆から★★★☆まで’という格別点を付けて‘コリンダける、クス半分サントゥ、ウォルターサルレス、オリヴィエ アサヤスWIN! クリストファー・トイル、コーエン兄弟、スワ ノブヒロ、トム ティクベオOTL’と書きました。 英語単語まで含めば何と51字です。 キム・ヘリ記者様. お前が送った20自評が51字ではないだろう?

11.評論家友情破綻20自評種種どんな映画は評論家らの友情と愛に深刻な危害を及ぼしたりもします。
そしてどんな評論家らは破られた友愛を20自評に吐き出したりもします。 <ソウ6:6度の機会>をみたイ・ヨンチョル評論家は★点を投下してこのように使いました。 ‘キム・ジョンチョル氏、どうかこういう映画見に行こうといわないで下さい。’ 20自評に評論家の名前が直接議論された最初の20自評だったんですよ。 お二人様の友愛が<ソウ6:6度の機会>で完全に破られたのではなそうに見えます。 相変らずお二人様は仲良く試写会に現れられますね。 本当に<シネ21>ではお二人様を‘鉄ブラザース’と呼びます。 <ソウ7:これでもこらえる撃つのか?>行って出る前までは、お二人様友情永遠になるように望みます。

12.最高の同語反覆20自評長い間の<シネ21>読者らが今でもたびたび回顧する20自評が一つあります。
前映画振興委員長を歴任した強いソプ評論家の<ライオン一等兵救うこと(プライベートライアン)> 20自評でした。 ‘スピルバーグ、スピルバーグ、スピルバーグ、スピルバーグ、スピルバーグ★★★★.’スピルバーグという名前が何と五回も反復されるこの20自評はスピルバーグに対する強いソプ評論家の愛情がぷんとにじみ出る切なる愛告白でした。 私もちょっとまねてみなければなりません。 イム・サンス監督の<下女>は‘イム…定数定数定数定数’、ホン・サンス監督の<ハハハ>は‘ホン…定数定数定数定数’. アン・サンス ハンナラ党院内代表には‘ホッと…定数定数定数定数’. ア。 これはではなくて。

13.英語事大主義20字評伝
<ハンギョレ>記者イム犯は<ケスモン>に★★点をあげてこのように使いました。 ‘するリ ベリー、回ったふりなのか。 アイラブユージャストさらにウェイ ユ.’イム・ポム記者が本来英語で20自評を送ってきたのかは知らされたことがなくて記憶する者もありません。 どうであれ英語でなった20自評がもう少しシックでエッチイソ見えるのも同じです。 上のウィル鎌チェンジ. 上のラブ ディス20自評ジャストさらにウェイ イッ イズ.

14.音声支援20自評キム・ヘリ記者の<ヘンコク> 20自評です。
‘オホ!→ウワー!→はっと!→ウウン? ★★.’が20自評は思わず口でまねて読むことになるおかしな魔力がありますね。 また他の事例ではイ・ドンジン評論家の<東京>20自評がありますね。 ‘オー! ポン・ジュノ、悪! カラクス、エ~コンドゥリ★★★★.’だが、他の評者らは音声支援20自評をちょっと慎んで下されば感謝します。 ‘ウウォオオオオオオ!’ ‘港街港街!’ ‘ア;’こういう20自評を送ってくる場合、原稿料はお金の代わりに文石編集長のARS美徳のお話30分に変えます。

15.最も独創的な見解を持った20自評
評者剛悍ソプ評論家の草創期20自評はたびたび論議になったりしました。 他の評論家らとは少し違った審査基準のためでした。 いくつ事例を挙げてみましょうか? ‘<スクリム2>人間の没落を見る★★’、‘<ポス オブ ネイチャー>おもしろくて人生に役に立つ良い映画★★★☆’、‘<イレーザーヘッド>カルト映画の傑作? 映画批評が不信受ける理由★★’. 強いソプ評論家の20自評基準は厳格な道徳性、そして‘大衆が好む映画が傑作’という特有の大衆映画的基準でした。 後に続く20自評論争の主人公は黄塵米評論家です。 いくつかの例を抜粋してみましょう。 ‘<まないたアン・ジュングン>ソ・セウォン映画と特別に悪いことはない。 しかし良くもない★★☆’、‘<アイルランド>面白味もあって、意味もある真のSF大作. 最後まで行く★★★★☆’、‘<宇宙戦争>SFラギボダン災難映画、カジョギョンファラギボダン虚無ギャグ★★☆’、‘<月・E>設定とデザインはカムチカオマンドラマがとても貧弱ですよ★★★’. 嫌いではありません。 20自評の大同団結という(のは)どれくらいつまらないことでしょうか。 20自評の面白味のために引き続き傾いていて独創的な審査基準、守るように願います。

映画の中悪党名前がパクピョンシギドラバクピョンシク評論家書面インタビュー

パク・ピョンシク評論家は1997年から20自評を使った。 映像物等級委員としてただ一編の映画も行き過ぎでない紙面掌握力はもちろん、殺人が可能らしい鋭い警句の表現力まで、彼は真の20自評の代価だ。 パク評論家は若い読者らに活動沿革を少し知らせてくれという質問にこのように答える。 “活動沿革には受難いきさつで答える。 私には‘使う’と‘苦しめられる’がイ音同意語であった。 悪口一つはウォンなしに食べた。 告訴状は基本、包丁と斧は必須、一夜14度脅しをかけた電話は私の妻職場につながった。 <朝鮮日報>が後援する青龍賞の評論賞受賞を拒否して大変な苦労をした話は飛び越える。”

-20自評連載をいつから始めたか。
=1997年夏から格別点を付けた。 最後のラウンドに漢方を飛ばすインファイターのように評を使いたかった。 だが、原稿用紙20枚より単語20個選ぶのが大変だったことが多かった。 人間と時代が触られる詩とユーモアが溶け込んだ画面に感激したが時には生ゴミの山をざっと見る気持ちを振り切りにくかった。

-20自評を使いながら最も悩みなる部分は。
=韓国映画を扱う時苦しい。 ともするとルネサンスですともすると危機論を号泣して叫ぶ。 スクリーンに映った虚栄の狂気も驚くべきでも指摘傲慢と芸術強迫観念には答が出てこない。 映画関係者らとは距離をおいて生きたが韓国映画は見る時ごとに愛憎が交差する。 尊敬する容認の詩句をあえて引用するならば、韓国映画はいつも‘私の愛、私の鎖’でぐるぐる巻く。

-最も記憶に残った20自評は。
=良い映画は結局観客が作る。 <ソウ:6度の機会>評のままに“きつくて丈夫なものなど”は丈夫なようにきつく人間の尊厳性を踏み潰すだろう。 美しい映画にやわらかい文で有り難みを伝えたい心切実だ。 <ブロークン フラワー>の“湿っぽい旅人人生、飛び交うこの永遠に飛び交うようにして下さい”という祈祷文のような20字で。

-20自評で悪いフィードバックを受けた経験があるか。
=フィードバックというよりはブーメランであろう。 兄弟のように身近に接して私の新婚旅行にも共に行った監督の作品に特別な三と苦言を付けて紙上での縁まで切れてしまった。 ぜひその小さい器にも大きい映画が入れられることを! 今年のはじめに封切りしたある映画の悪党名前がパク・ピョンシクだった。 監督のプロフィールを検索してみると以前に私一人だけ特別な一班を与えた映画を製作したよ。 嘆きと憐憫! そのようにしても恨みが解けて暮らし向きが良くなったら良いだろう。 浅ましい悪役はもうそろそろ、いや評論という空しいことをたたまなければならない時がきたようだ。

文:キム・ドフン 2010.04.29
by kazem2 | 2010-04-29 12:36