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[カン・ドンウォン]世の中の外で

☆cine21.com




捨てられた南へ派遣(南派)工作員駅のカン・ドンウォン

“カン・ドンウォン,人なったよ。” <義兄弟>の試写会場を出て誰かこのように話した。 人になったというから,これが何の話なのか。 単純に導師(<戦友分>)がスパイ(<義兄弟>の松脂院)がなったという意味で取り出した話ではないようだ。 はっきりしない話だけ残して通り過ぎたその誰かの代わりをして意を解いてみようとするならこの程度が適当な気がする。 カン・ドンウォンが,スクリーンの外に歩き出して現実の中に入ったと。

<義兄弟>でカン・ドンウォンが演技する松脂院は南へ派遣(南派)された北朝鮮エリート諜報員だ。 彼は敵には冷徹だが同僚には信義を守って弱者には人間的だ。 冷たい頭に暖かい胸を持った諜報員. どの映画でも見たようなこのキャラクターはカン・ドンウォンが立ち寄ってきた人物らと正確に反対地点にある。 今まで彼のフィルモグラフィーを満たしてきたのは強烈で‘エッチ’あるキャラクターらだった。 カン・ドンウォン特有の容貌と神秘感を浮び上がったり(<オオカミの誘惑><刑事Duelist> <M>),その魅力をわざわざ破壊する作品(<彼女を信じないで下さい>)があったし,キャラクター自体に力(<そいつ声> <私たちの幸せな時間> <戦友分>)がのせられた作品もあった。 明らかなことはカン・ドンウォンイ某でも焼身らが現実で一歩落ちた非現実の領域にあったということだ。 <義兄弟>のジウォンは違う。 爆発して突き出すハンギュ(ソン・ガンホ)そばの彼は,自分のことを表わすより他人のことに反応する人物だ。 しかしジウォンが祖国と義理の間で葛藤する時,彼の揺れる内面は観客につかつかと近寄ることができる。 カン・ドンウォンというよりは人に近くて,映画的キャラクターとみるより北朝鮮スパイに近いこの人物が別に見える理由だ。

‘人’を演技するというのはどんな感じであったか。 “感情表現を‘ちょうど’とするキャラクター(<戦友分>)をして基本だけ守らなければならないのがあまり荷が重かったです。 多くもなく少なくもなくぴったり基本. ジウォンである演技者として欲を出して何をもっとしてみようとすれば崩れ落ちるケリクトドラゴヨ.”そういえば標本的な演技より‘変奏’になじんだカン・ドンウォンには基本を要求する演技がさらに難題だったこともある。 時間的困難もあった。 <戦友分>の撮影を終わらせて2週ぶりに<義兄弟>に合流しなければならなかったためだ。 武術ならば武術,踊りならば踊り,何でも‘完成’した後作品に入る‘完ぺき主義者’的気質をあきらめなければならなかった。 “初めにはこのようにギリギリに(撮影に)入るとは思わなかったが,余裕を与えなかったんですよ。 それで私がそうしました。 何がそのようにクパノ. 人1年の間一つ終わらせておいたが。 序盤にはこういう状況にとてもストレスを受けましたよ。”ついにキャラクター自体が揺れ始めた。 支援が誰なのか,どんな考えをしているのかに対する混乱が来たものだ。

それでも演技者8年経歴がどこへ行ってはいない。 最善の解決策は一人でつかんでいるのではなくコミュニケーションにあるということをカン・ドンウォンはよく知っていた。 キャラクターに対する悩みはチャン・フン監督と,時間に対する圧迫感はソン・ガンホ先輩とともに酒の席で分けて彼はリズム感を取り戻した。 また再びこのように差し迫る状況が近づけば“腹を立てること”としながら冗談を投げかけながらも“韓国映画がこの頃非常に大変で時間をあけて呼吸のとおり使うのは今後も難しいこと”と話すカン・ドンウォンには心理的・物理的限界と戦って勝ち抜いた者の余裕が感じられる。 <カメリア:ラブ フォーセール> <超能力者>が続けて彼を待つ今年はその限界をさらに頻繁に,たくさん突破しなければならないようだ。

文:チャンヨンヨプ写真:オ・ケオク| 2010.02.08
by kazem2 | 2010-02-08 22:36