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ソン・ガンホ の演技  ‘ドロ沼と脱走の二重奏’

☆www.fnn.co.kr



[クァク・ミョンドン記者のbehind the scenes]
[フォーカス新聞社|

▲義兄弟

荒々しく単純化しようとするなら,ソン・ガンホの演技世界は‘ドロ沼と脱走の二重奏’だ。

彼はドロ沼に陥ったり閉じ込められる。 ドロ沼から抜け出してくることは不可能だ。 彼はドロ沼で歩いて入って時にはコミカルに,時にはすさまじく,時にはアイロニーに唾(針)睡眠する。 地団駄を踏んでみてこそさらに深く陥るドロ沼で彼は自分だけの確固たる演技世界を売って降りて行ったし,広めていった。

‘緑色の魚’ ‘ナンバー3’ ‘優雅な世界’は組織暴力のドロ沼だ。 ‘緑色の魚’では本当にチンピラのような演技を,‘ナンバー3’ではコミカルなどもり演技を,‘優雅な世界’では生活にやつれた組織暴力を演技して組織暴力キャラクターのスペクトラムを多彩に広げた。 それでも組織暴力は組織暴力! 組織暴力は決して組織から抜け出すことができない。

‘静かな家族’は殺人のドロ沼だ。 叔父(チェ・ミンシク)等家族と共に山荘に上がってくる登山客を本意と違って殺した以後から手のほどこしようもない殺人が反復される。

▲共同警備区域JSA ‘シュリ’と‘共同警備区域JSA’は分断のドロ沼だ。 分断は韓半島のブラックホールだ。 あらゆる事を飲み込む。 ‘シュリ’では友人ミッド フィールド(ハン・ソッキュ)の恋人(キム・ユンジン)と彼女の商社移葬道(チェ・ミンシク)と対面しなければならなかったし,‘共同警備区域JSA’では南側病死(兵士)スヒョク(イ・ビョンホン)と銃を向けなければならない運命だった。 分断という強力な磁場中で血を流したし(シュリ),さびしく背を向けた(共同警備区域JSA).

▲反則王‘反則王’は階級のドロ沼だ。 小心でどもりがちな銀行員大呼は自身を困らせる副支店長(ソン・ヨンチャン)のヘッドロックかけるので(に)脱出するためにレスリングを習う。 彼は最後の場面で副支店長に月はって入って前で滑る。 階級の壁は高くて丈夫だ。

▲複数は私のこと‘複数は私のこと’はすさまじい破滅のドロ沼だ。 冷静で冷たい復讐を遂行するが,その反作用に戻る復讐の刃物で刺される。 復讐という名前の破滅のドロ沼!

‘殺人の思い出’ ‘怪物’ ‘孝子洞(ヒョジャドン)理髪師’はシステムのドロ沼だ。 このシステムはまともに作動しないで,社会構成員をドロ沼に追い出す。 軍事政府下でどんぶり勘定式で捜査するほかはなかった警察システム(殺人の思い出),家族が危機に処したが何の助けを与えないでかえってさらに危険の中に追い詰める国家システム(怪物),どんな理由も通じなかった鉄拳統治の維新システム(孝子洞(ヒョジャドン)理髪師)のドロ沼の中で彼はもがいた。

▲コウモリ‘コウモリ’は禁止とアイロニーのドロ沼だ。 他人の血を摂取してこそ暮らせるヴァンパイア神父のアイロニーと女と関係を結んでこわれた司祭の禁止は彼が陥ったドロ沼中に最も衝撃的で強烈だった。

彼はドロ沼にだけ生きなかった。 時には脱走した。 脱走とは何か. 現実に埋没しないでシステム外側で自身の夢を探して旅立つのではないだろうか。


▲奴奴奴‘ YMCA野球団’では日帝治下の激しい弾圧を避けて‘野球人の脱走’を企てたし,‘奴奴奴’では日帝治下の無国籍空間満州を背景に脱民族化されたキャラクターを演技して‘遊牧民の脱走’を敢行した。

彼のフィルモグラフィーの中で‘ドロ沼と脱走’の範疇で遠くに抜け出した映画は‘密陽(ミリャン)’だ。 信愛(チョン・ドヨン)が呼び出せば近寄って押し出せば押し出された。 影のように付いて回るが,決して激情的愛の沼に落ちはしない。

もうすぐ‘義兄弟’が封切りする。 ‘義兄弟’はドロ沼であろうか,脱走であろうか。 でなければ‘密陽(ミリャン)’のようにまた他の演技類型であろうか。

/クァク・ミョンドン記者jobim@fnn.co.kr 2010-01-18 10:22:42
by kazem2 | 2010-01-18 18:57