ANEMA E CORE


by kazem2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

キム・ジウンのアクション活劇<良い奴,悪い奴,おかしな奴>

一時7月7日(月)午後2市場ソ・ヨンサンCGV封切り7月17日

この映画1930年代と推定される時期,満州には朝鮮人をはじめとして日本人,満洲人,中国人,ロシア人らが絡まって戦うように生きていっている。 馬賊団親分パク・チャンイ(イ・ビョンホン)はある親日者からなぞの地図を訪ねてくることを指示を受ける。
e0109292_0102939.jpg




チャンイは地図を握っている日本人金丸が乗った列車をたてて強奪しようとする。 だが偶然にもこの列車はすでに強盗ユン・テグ(ソン・ガンホ)が掌握している。 彼は金丸から金銀財宝とともに地図を奪う。 テグは機知を発揮して列車を抜け出てチャンイを捉えるために列車の中にいた懸賞金猟師博徒院(チョン・ウソン)またテグとともにする。 もう良い奴桃源(トウォン),悪い奴チャンイ,おかしな奴テグの追って追われる大追撃戦が始まることだ。 ここにまた他の馬賊団のサムグクパと日本軍,朝鮮独立軍まで地図を狙って事態は手のほどこしようがなく混乱する。 果たして地図は誰が持つようになるだろうか。 そしてこの地図の秘密は何か.

話す言葉(インタビュー)
“この映画が名作や傑作ではないかは分からないだろうが娯楽映画の真心を入れようとしました。 韓国映画が難しいが娯楽映画の新しい突破口と新紀元を開こうと多くの努力をしたようです。” -キム・ジウン監督

“イ・ビョンホン氏とチョン・ウソン氏は個人的にファン(パン)なのに,運がない作品で素敵な姿を見せたが<奴奴奴>のように素敵な姿はないと思います。” -ソン・ガンホ

“本当に楽しく苦労した映画なので楽しく見れば良いです。 そしてソン・ガンホ氏を見て笑わせてもこんなにまで笑わせられるか考えました。 ミョン コメディ演技を心に入れて行っても良いでしょう。” -イ・ビョンホン

“(ソング)強豪型がファンだというのにサイン一枚ももらえなかったんですよ。 (笑い)強豪型はミョン・ヨンギをしましたし,ビョンホン兄と私は…はい素晴らしいことそうです。 (笑い)” -チョン・ウソン

100字評
<良い奴,悪い,奴,おかしな奴>は<夕陽のガンマン2-夕陽の無法者>(The Good,The Bad,and The Ugly)(1966)で題名を別の‘満州ウェスタン’だ。 ‘満州ウェスタン’は1960年代作られてイ・マニ監督の<鎖を切れ>(1971)以後痕跡をなくしたジャンルで,一言で満州原野を背景に馬を走らせて銃を撃つ映画だ。 米国ウェスタン映画を見て‘(君たちは)さびしく消える荒野があるとはうらやましいだけ’という論評をしたりもした韓半島の定着民らに‘満州ウェスタン’は新しい視野を提供する。 独立運動史等を通してしばらくのぞこうとするなら,1930年代満州は開拓時代米西部に劣らないようにアノミーな場所であった。 軍閥と馬賊がクヌンファルゴハは異質で魂足跡の多国籍空間で,自由も100%の気概と活力があふれる無秩序の空間だった。 この映画の魅力は最初が背景で二番目が人物だ。 <奴奴奴>は・セミョンの主人公はもちろんで,個性のある助演らがある集団に出てくる‘総力戦体制’映画だ。 その中でも(残り二人の主人公の殺人的‘行きます’にもかかわらず)真の主人公は‘おかしな奴’(ソン・ガンホ)だ。 彼は本当に韓国的英雄のアウラを漂う! ‘(雑草のように)粘った奴’だ。(案内お言葉:7月11日から8月17日までソウルアートシネマで‘シネ バカンス ソウル’という名前の行事を持つ。 この映画がオマージュを捧げる<夕陽の無法者>を始めて,セルジオ レオーネ監督の回顧展と共に講義もある予定であるから付け加えてみるのもかなりすてきな感想になるだろう。)
黄塵米|映画評論家

<奴奴奴>の満州はブレイド ロンノのSFを頬打ち(顔負け)する程忙しい。 ジャンル引用出処も二つにもなる上に30年代満州の無国籍,多文化状況やはり極度に誇張された。 おかげが映画は煩雑なことこの上ない。 話も多くて悪党らも多くてさらに主人公らも多い。 セルジオ レオーネの奴奴奴で見た広大な荒廃するということを期待するのは飲むのを。 広大な満州原野がこのように狭く見えたことはなかった。
デューや|映画評論家

広大な満州の砂嵐とふらつくアバラ屋,宝物地図を置いて絡まって混ざった銃を持った者. スパゲッティウェスタンに影響受けて作られたという,‘日本奴’を公共の敵としたいわゆる‘満州ウェスタン’が派手に再臨した。 すばやい編集とハンドヘルド カメラの中で追って追われる人物ら,映画はセルジオ レオーネの情緒的側面よりはチャンゴナ テュニティ式の休むということない娯楽的要素が映画をいっぱい満たしている。 話とバイクとジープが絡まった荒野の追撃神恩白眉. いつも状況把握ならないソン・ガンホのユーモアや凄じい刃物捉えイ・ビョンホンの変身も良くて,馬に乗って長銃を撃つ姿だけは米国とイタリアのオリジナルを跳び越えるチョン・ウソンの‘とじ込み’はまともに後がたがた….
主聖哲<シネ21>記者

キム・ジウンの最近映画らは'行きます'あるいは'フォーム'のための映画であった。 これを短所ということはできない。 フォームは本当によく捉えればフォームだけでもかなりおもしろい映画を作ることができてキム・ジウンはそれをとてもよくやり遂げる監督だ。 それでは<奴奴奴>銀? 一言で言ってみればキム・ジウン映画の映画的フォームの結晶体だ。 つるつるとすてきで2時間30分内私の目が贅沢な暮らしだ。 ところで満州原野を馬を走らせる主人公らのシャツと歯まで画報撮影中の清潭洞(チョンダムドン)ペショニスタのことのように真っ白に光が出る時は画面に泥一握りを張り重ねたい悪い欲求ができる。
キム・ドフン<シネ21>記者

<奴奴奴>は根本ある映画だ。 良くて悪くておかしな三人のキャラクターはセルジオ レオーネの<夕陽の無法者>を師事したし,1930年代満州というこの有り様の空間はイ・マニの<鎖を切れ>をお父さんにむかえた。 だがこの映画はお父さんと師匠の美徳まで根本としていはしないようだ。 単純だが明確だったレオーネの主人公悪党らと別にキム・ジウンの‘奴’らは考えが多くてたびたび劇の混乱を誘発する。 イ・マニは日帝時代という歴史的背景をウェスタン ジャンルに英敏に含ませたが,この映画の独立軍エピソードは自らの役割をできないまま活劇に埋められる。 しかしこのような短所にもかかわらず<奴奴奴>は相変らず興味深い。 チョン・ウソン,イ・ビョンホン,ソン・ガンホの演技は不足がなくて,人と人種と文化が一ケ所衝突する満州は生命力が生きて息をする‘無防備都市’に化ける。 お父さんの名前にしばられないならば,十分に肯定的な評価を受けることができる映画だ。
チャンヨンヨプ<シネ21>記者

画面テッカル良くて俳優らとじ込み炸裂にまた.. ウーン.. ところでこれが全部であるようだ。 私はウェスタン ジャンルになぜお金をポブソンヌンジ理解をすることはできない。 ジャンル映画という主流映画らがパクさく烈するように戦う時そのスキ間を攻略して,自分だけの個性と世界を構築して粘り強い生命力を見せることだ。 荒涼な原野に市価を噛んでいっぱい印象をしかめる無法者の姿だけでもウェスタン映画の雰囲気がぞろぞろ流れなければならない。 不幸にも<奴奴奴>ではウェスタンの感じを受けることはできない。
セルジオ レオーネに対するオマージュになるだろうが<奴奴奴>で同じように再現になる場面らは珍しいほど雰囲気がない。 独立軍の話とともに'おかしな奴'が少しの間休んでいく阿片窟のエピソードはいっそないことがより良いという考えだ。 後半部の飛ぶ編集により'悪い奴'が自分部下を突然殺すことになる状況も理解が出来ない。 場面連結の不自然だということが目に飛ぶほどなので封切り前に必ず手入れが必要なものと見られる。
<奴奴奴>はその間老練に色々なジャンルらを渉猟したキム・ジウン監督が大作映画の規模に踏み付けられるという印象が強い。 アクション スケールは大きくてキャラクターやはりクク講義フォームを駆使するが最後の荒野を背景にした追撃戦のアクションを除けば娯楽映画としてふんでも増えたところがあまりない。 奮い立つ娯楽映画を追求したが,そうするには映画がとても長く見える。 <奴奴奴>はウェスタンでない,大作規模で製作されたフュージョン スタイルのアクション アドベンチャーという表現が適当だ。
キム・ジョンチョル<エクストリーム無比>編集長

文:文石 2008.07.09
by kazem2 | 2010-01-03 00:10 | Comments(0)