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by kazem2
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[カン・ドンウォン]スターを脱いで責任感を着る

☆www.cine21.com



<戦友分(チョン・ウチ)>の,カン・ドンウォン

“カン・ドンウォンの,カン・ドンウォンのための映画.”チェ・ドンフン監督の表現のとおり<戦友分(チョン・ウチ)>はカン・ドンウォンを取り除いて考えることはできない。 カン・ドンウォンはシナリオ段階から戦友分(チョン・ウチ)というキャラクターのモデルでありインスピレーションになったし,撮影期間ずっと現場の中心に位置したし,映画が上映されることのすべての瞬間まで大きな存在感を表わした。 およそ主演俳優がみなそうしたことではないかと問い直す人もいるだろうが,<戦友分(チョン・ウチ)>をサッカー競技に比喩しようとするならカン・ドンウォンは9.5以上の評点を軽く受けそうである活躍を広げたのでその格は確かに違って見せる。

もしかしたら<戦友分(チョン・ウチ)>は初めからカン・ドンウォンに有利なゲームであったかも分からない。 深刻さでも真剣さはまったく探せないペンジルペンジル導師キャラクターはカン・ドンウォンの本性とある程度似ていている。 “普段性格がそこまで開口支持は(‘意地悪だ’という意の慶尚道(キョンサンド)放言)しないが結局みな私の中にあることだと考える。” <戦友分(チョン・ウチ)>を見ますと戦友分(チョン・ウチ)より自然人カン・ドンウォンがさらにムチャクチャ悪童のようだと信じることになるほどだ。 朝鮮時代王の宴会場に訪ねて行って玉皇上帝のようにとぼけたり‘最高の導師’になるとしながら世間知らずのようにチョン銅剣を探し回る戦友分(チョン・ウチ)の姿はカン・ドンウォンが漂う‘少年の香り’によりより一層強化される。 ここにカン・ドンウォンの持って生まれた‘利己的遺伝子’が結びつくと映画の中戦友分(チョン・ウチ)は少女漫画トーンに描かれたアクション英雄のように見えたりもする。

空を自由に飛び回って忍術と焼身術を思いのままに使うことができる導師を演技するのにもカン・ドンウォンは利点を持っていた。 忠武路(チュンムロ)の代表的‘スポーツマン’で指折り数えられるカン・ドンウォンは映画の絶対的比重を占めるワイアーアクションを直接上手に消化した。 “危険で難易度高い場面はソウルアクションスクールのアクション演技者が代行した”というけれどそのような代役場面といってみてこそ痘神程度であった。 彼の運動神経が光彩を表わした場面は塀を乗って妖怪と対決を広げる垂直ワイアーアクションシーンだ。 セル数え切れないくらい多いワイアーをからだにぶら下げたまま彼は塀の上を走ったしジャンプした。 ほとんどすべての場面でワイアーアクションを見せて見たら体力はすっかりなくなったが彼は前後半を引き分けた後延長前後半を経てPK戦に入るサッカー選手の心情で持ちこたえてまた持ちこたえた。 “スタッフらは私が疲れて倒れることを待ったかもしれない。 それでこそ彼らも休むから。 ところで私が体力はちょっと強い方だ。”いくら強骨としても八月反間<戦友分(チョン・ウチ)>撮影を終えた後ちりんと2週だけ休んで<義兄弟>撮影に臨んだというからカン・ドンウォンも戦友分(チョン・ウチ)のように焼身術を使ったのではなかったのか分からないことだ。

もちろん体力が強いと苦しくなかったという話ではない。 彼は12月初め<戦友分(チョン・ウチ)>技術試写を見て中がひりひりと日が沈む感じを受けた。 “映画を見て笑いながらも身の毛がよだたれたよ。 あまりにも苦労した記憶が次から次へとよみがえって。”撮影期間の間そのような肉体的改稿生を補償したことは後始末席であった。 <戦友分(チョン・ウチ)>前までカン・ドンウォンは撮影が終われば“翌日とることを考えて準備するために”宿舎に直ちに帰る汎生果俳優であった。 <戦友分(チョン・ウチ)>撮影初期にも彼の歯のような習性は相変わらずだった。 しかしキム・ユンソク,ソン・ヨンチャン,キム・サンホ,チュ・ジンモのような先輩演技者らがそっとしておいたのだろうか。 これらは“何するのか? 出てこい”といいながら彼を酒の席に呼び出した。 “演技者らどうし討論するのも初めてであったしこのようにねばっこい同僚の愛を感じたのも初めてだった。 結局先輩らが私を光に引き渡されたことだ。 (笑い)”撮影に臨む瞬間の余裕や共に仕事をする同僚らに対する信頼もまたこういう過程で作られた。

それは俳優カン・ドンウォンが成熟する過程であるはず。 来年ならば三十才になる彼は<戦友分(チョン・ウチ)>現場で新しい心を持つようになった。 “常に私は自ら新人級習えと考えたが,現場に行ってみると俳優中では遥かな末っ子だったが,スタッフらは‘先輩’,‘兄’,‘兄さん’といいながら尊称を使うことだ。 <義兄弟(チョン・ウチ)>時もそうした。 負担もなったよ。 スタッフら苦労するのが神経も使われて。”彼の所感を一単語で整理するならばそれは‘責任感’だ。 戦友分(チョン・ウチ)がお守りを捨てて道術の世界を悟ったように,カン・ドンウォンもまたスターという紙切れを脱いでしまいもう九十九曲がり俳優の道に確かに入り込んだのだ。

最悪戦友分(チョン・ウチ)が10人の焼身を作って戦う場面が大当たりだった。 11日の間毎日一人ずつ焼身を殺しながら撮影したが,本当に体力が底まで行った。 背が186cmなのに体重が66kgまで行ったし,脂肪が完全燃焼されたのか腹に皮しかない状況であったから。

チェ・ドンフンアジア洲ひどく気味悪くする。 ある時は監督様に意地も働かせて性質も働かせた。 悔しかったし。 そのような間大きい征夷積もったようだ。 ある日酒の席で<戦友分(チョン・ウチ)> 2編(便)を作れば出てみてシナリオを使えといったよ。 それで‘空中につるされたチョレンイを花潭が飛んできて横取りした後63ビルディング屋上に飛び降りる。 地上で戦友分(チョン・ウチ)が見物する渦中映画監督が登場して63ビルディングでジャンプする。 特別出演はチェ・ドンフン…’このような形で冗談を言うこともした。

表情茶目っ気あふれる戦友分(チョン・ウチ)の表情を作らなければならなかったが,未亡人(イム・スジョン)をポッサムしに行く場面を撮って思わず飛び出してきた。 言葉に変身したチョレンイを勝ち取って座って見下ろす場面であったのに両側口元がさっと降りて行く漫画的表情が建てられて‘オイ,これ良いが’とする気がした。 その表情を土台に多様に変奏することができた。

運動工業持ってする運動はみな好む。 ワイアーアクションには現代舞踊も役に立ったが,それは<刑事>準備のために習った。 一週間に6日の間毎日5時間以上練習した。 後ほどムヨン先生が“コンクールに出場しよう”としたほどだ。 もちろんサッカーが最高だ(彼は高校生時期サッカー選手であった). 仕事がない時は明け方6~7時にでも寝るのにそれもサッカーのためだ。 土曜日,日曜日プレミアリーグ中継,水曜日にはチャンピオンズリーグ,カルリンコプを見れば自然に夜明けに寝るほかはなくはないか。 それが悪循環されることだ。

明け方サッカー中継がない明け方には色々な考えてスケジュール整理や家清掃もする。 音楽もよく聞くのに,私は一曲だけとって数百度入って完全マスターした後‘もう終わり~’と他の曲へ渡るスタイルだ。 この頃にはテミオンライスの<Accidental Babies>にまたささって倉庫に入れておいたピアノまで取り出して演奏している。 その他も習うところだがこういうつかみも後ほど役に立つという点で習う良い職業のようだ。

文:文石写真:オ・ケオク| 2009.12.28
by kazem2 | 2009-12-28 14:14 | Comments(0)