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[シネマテーク興しキャンペーン]危機のシネマテークを救いなさい

危機のシネマテークを(求める)救うための特別な行事が去る1月18日水曜日夜鍾路区(チョンノグ),楽園洞(ナグォンドン),ソウルアートシネマであった。 18日から26日まで開催される‘シネマテークの友人ら映画祭’記者会見およびソウルアートシネマ後援の夜が一緒に開かれたのだ。 先に映画祭記者会見にはパク・チャヌク,キム・ジウン,オ・スンウク,リュ・スンワン監督などが壇上に上がってこの行事に参加することになった契機と意義などに対して説明する時間を持った。




続けて映画俳優クォン・ヘヒョの社会で開かれた後援の夜行事はチェ・ジョンウン韓国シネマテーク協議会代表の挨拶の言葉を始めキム・スジョン韓国シネマテーク協議会事務局長が今後ソウルアートシネマの計画を発表する時間につながった。 説明会が終わった後にはバスターキトゥンの<ゼネラル>を上映した。 この日開かれた行事は沈滞に陥った韓国のシネマテーク文化を起こそうという意義で用意された。

“こちらがなくなれば映画見る所がない”“監督ら中で映画鑑賞好む人々が連係して力になってみるやして出発することになったことだ。 私のような場合こちらがなくなれば映画見る所がなくなるという危機感のために参加することになった”(オ・スンウク),“私たちにもこういうシネマテーク空間があって,それが未来の遺産になることができたらと思って,それでこちらがより良い条件で発展したら良いだろう”(キム・ジウン),“見聞きする水準からでなく映画を体験するという意味でこちらは格別の意味であるようだ”(リュ・スンワン). 各自監督らは映画祭の友人らで名前を上げることになった理由とシネマテークの重要性をこのように説明した。 特に‘友人ら’の代表を引き受けることになったパク・チャヌク監督は“もし今この空間がなかったり,門を閉めるならば映画狂らは如何に多い文句を言うか? 難しかった時期に映画を勉強するのに苦戦を見ることができなかった。 今は本当に晩学道義喜びを享受するところだ。 韓国の映画狂らはこちらで人生を根こそぎ変えるほどの映画に会うことができるだろう”と強調した。

シネマテークの今年の‘友人ら’は総9人だ. 監督パク・チャヌク,キム・ジウン,オ・スンウク,リュ・スンワン,キム・ホンジュン,映画評論家チョン・ソンイル,キム・ヨンジン,俳優ファン・ジョンミン,ムン・ソリなどだ。 ソウルアートシネマは9人に見たい映画を一便ずつ推薦するようにした。 行事中には各自が推薦した映画上映と共に観客との対話時間も持つ。 ソウルアートシネマ キム・ソンウク プログラマーは“ロバート アルドゥリチ回顧展の時この監督らがずっと劇場にくるのを見て感動受けた。 その時が契機になってこの映画祭を考えることになった。 これらはシネマテークを愛する観客だと考える。 シネマテークは観客としての友人を必要とする。 2006年ソウルアートシネマがもう少し多くの観客と共有できる席になれば良い”として友人ら映画祭の背景がシネマテークの大衆化のための一環であることを示唆した。

楽園洞(ナグォンドン)以前以後観客40%減少

後援の夜行事場所入口

2002年開館したシネマテーク専用映画館ソウルアートシネマが深刻な困難に陥り始めたのは昨年4月アート洗剤センターで今の鍾路区(チョンノグ),楽園洞(ナグォンドン)席(旧ハリウッド劇場)に移してからだ。 ヒョン2年制賃貸契約にともなう避けられない決定だった。 キム・スジョン事務局長は“劇場は場所が持った意味が大きいが,場所を移転しなければならないから打撃が大きかった”と明らかにする。 場所を移して認知度が弱まったし,劇場周辺環境が変わって,それさえも探した観客の足取りが顕著に落ちたのだ。 例年と比較して昨年観客数は40%も急減した。 移転をしてかけた費用を含む,4千万ウォンの赤字を出した一年であった。 毎年映画振興委員会の国庫支援があったりするが,それだけで充当できるのではないということがキム・スジョン事務局長の説明だ。 たとえば,“栄進委で昨年3億6千万ウォン程度の支援費を受けたが,専用映画館移転費用および賃貸料,機器購入などに1億9千万ウォンが入ったし,残り1億7千万ウォン中で(翻訳者漠地遠写業と出版支援事業の費用を除いても)主要事業の地域巡回上映事業にだけ9千万ウォンが入った”と明らかにする。 したがって行事を行う時ごとに外部支援条件を先に考慮しなければならないことが現実だ。 “基本的に予算を持ってするのではない。 行事を行おうとするならどこで支援を受けなければならないだろうか悩むのに,日本,ドイツ,フランスなどの映画をたびたびする理由もそちらの連係機関らが支援をよくする方なのでそうだ”ということだ。 最近開かれた“日本映画継承と革新:松竹110周年映画祭”の場合も日本国際交流基金で2千万ウォンを支援されたが,結果的に総費用4千万ウォンが以上かかっていく行事であり,収入は1200万ウォンに至らなかった。 人件費と実費を全部差し引いても400,500万ウォンの赤字を出した状況だ。 戴冠行事まで含めば去る1年5万8千人程度の観客が聞いたが,事実この数値はハヌェ上映に10人で20人余り余りの観客が少し寒く座って映画を見る残念な風景を意味する。 開館以来4年の間1100余編の映画を上映した映画の殿堂が危機に直面したのだ。

大衆化と財政確保が至急危機から抜け出すために用意された方案は大きく二種類,大衆化と財政確保だ。 “アートハウスとシネマテークを区分しなければならない。 シネマテークは利潤追求のためであるところでない。 それがアートハウスとの決定的差だ。 それで私たちの周辺の人々を通じて全体的な基調を作っていくことが必要だと判断した”というキム・スジョン事務局長の話のように,著名映画関係者らが裸足で出て‘友人ら’を自ら要望したことはシネマテークを身近に知らせるための方法の中の一つだ。 友人ら映画祭は今後1年に一回ずつの友人らを新しく選定して今年のような方式で推薦映画らを受けて上映して,マスタークラスも持つ予定だ。

今年9人の名簿他にも‘友人’になることに約定された人々中クォン・ジョングァン,キム・ソンホ,イ・ヒョンスン監督などは後援の夜席にも参加した。 “ここに友人になれば捨てられた傑作<本当に男>をねじるかも知れないといって上がってきた”というクォン・ヘヒョの才覚があるオープニング コメントで始めた後援の夜行事はソウルアートシネマの今後主要事業をプレゼンテーションする順序につながったし,“(代表)しなければ<月は…>と<3人組>を上映してしまうという脅迫を聞いてきた”というやはり才覚があるパク・チャヌク監督のコメントで終わった。

この日主催側が発表した主要事業内容は次のようだ。 “ソウルアートシネマの大衆化,後援を通した安定的財政確保,空間の安定化のための努力,教育事業拡大,基本的な映画らの確保”等だ。 友人ら映画祭のような行事で観客との距離を狭めること,後援会制度の活性化を通じて財政確保の枠組みを用意すること,確保された財政で今の空間を安定的に構築すること,また教育事業とアーカイブ構築にまい進すること等で要約することができる。 “上映,教育,アーカイブが主機能のシネマテーク”の役割を強化するという刷新の意志だ。 具体的には個人後援,企業後援,映画祭後援などで分けて後援支援金を募集して,年齢別青少年映画教育プログラムを準備中であり,寄付を通したプリント確保も推進中だ。

<シネ21>はシネマテークのこういう動きに参加する次元で韓国シネマテーク協議会と共同主催で‘シネマテーク後援リレーキャンペーン’を2月から始める。 毎週1人の映画関係者が寄付意思を明らかにして内容を発表する予定だ。 金銭的寄付を含む,プリント,物品,講義提供など多様に展開する計画だ。 映画文化の活性化のために皆が参加する時だ。

文:精悍修士陣:書誌型(<マザー>スチール記事)2006.01.25
by kazem2 | 2009-12-25 21:08