ANEMA E CORE


by kazem2
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

<甘い人生>のヌアール ビジュアル戦略[5] -監督インタビュー

キム・ジウン監督が話す<甘い人生>のヌアール ビジュアル戦略“強烈だが優雅に,低劣な光と闇”

-なぜ迷惑ぶるぶるとを選択したか。

=いくつ理由がある。 まず私が何をもっと上手くやることができるのか,何が私によく合うということかわからなくてジャンルを探すという意味がある。 また一つはヌアールというジャンルを通じて暗い情熱に捕われた人間,そして人生の暗い部分らをドラマチックに見せる話を,なのでどんな不条理だということとアイロニーのようなものを映画的な形式と感じに移しておくことができないかと思う考えがあった。 そしてジャンル的に私が迷惑ぶるぶるとをとても好んだようだ。




1940~50年代ハリウッド ヌアールボダは幼かった時見たジャン・ピエール,メルヴィルの映画やザック トゥレイの我流フレンチ ヌアールの感じらがあった。 とても幼かった時私の英雄はアラン ドロンとスティーブ マクィニオンヌンデ,マクィンが雑草のようでタフな感じだったらアラン ドロンはとても感性的でダンディーで冷静な感じだ。 そのような男が出てくる,とても情緒的でありドライとクールな映画をしたかった。 また一種のファンタジーということもできるので,人物らが銃を撃つ映画をしてみたかった。 西部劇をしてみたい考えもあったがそれは不可能だからヌアールの形態で表現しようとした。

-ビジュアルを設計する時基本的な構想は。

=まず,主人公ソヌの主な空間のホテル中で全てのものをすべて見せようとした。 映画はホテル スカイラウンジで始まるのに,どんなことがあってソヌは地下のルームサロンまで降りて行くことになる。 それと共に色々な通路を経るのに派手なところでますます狭くて暗くて陰湿な空間に変わる。 このオープニングで後に見られる主人公の行路を圧縮すると見せてくれる感じを与えようとした。 ホテルという所が最上類の感じからとても暗い感じが公式に共存する世界ではないのか。 一瞬にして明るいところで暗いところで,上で下に落ちることができることが私たちの人生ならば,ホテルはその象徴で,スカイラウンジから地下まで降りて行く余情(旅行日程)はその隠喩であるわけだ。

-スカイラウンジに神経を多く使ったようだ。

=ソヌが仕事をする空間のスカイラウンジはちょっと特別でなければならないと考えた。 もしかしたらにせ物世界へ,派手で色感が強烈だ。 そこで地下に降りて行って色がみななくなって暗くてモノトーンの世界へ行く。 またスカイラウンジでは光沢を強調した。 光沢は反射を起こすのに,スカイラウンジはソヌが自分を反映して照らして自らを育てたり自足らしく整える空間だ。

-ヌアール スタイルをどのように表現しようとしたか。

=光と闇をデザインするのにとても球をたくさん入れた。 ヌアールで基本的に重要なのがコントラストで,色感も重要だと考えた。 映画が進行されて徐々に感情が激しくなるということによってコントラストが強くなって色感も目立っているようにしてくれと撮影技師に注文した。 また大部分の事件が夜に起きるのに,狂疾を良くしようと野外場面でも平面的なHMI代わりに設定などをたくさん甘かった。

-光と闇の他に色感を強調した理由は。

=人の感情が変化して五感が開かれるように,色感も目立っていて露骨になると考えた。

-表現主義感じの極端な構図もたくさん試みたのか。

=コントラストがとても強ければ直接的な感じを与えるかと思って撮影技師に照明をひそやかで繊細に年付けようともいった。 現実と人生に対する話をするのだから適当に映画的形式と構成を生かしてバランスを合わせようとした。 極端な表現はなるように避けて。 それで私たち間でヌアールがでなく‘ウアル’といった。 (笑い)

-それでも全般的に他の映画に比べて非常に暗いという印象だ。

=どうしても夜にだけとるから。 (笑い)カン社長が車の中で電話受ける場面がある。 車の中に照明を入れてその場面を撮るのに,手だけ光を受けて顔は真っ黒だったよ。 照明機者に尋ねたところまだ照明をすべてしたことでないということだ。 ところで私はそれが素晴らしかった。 顔を読むことができないということに対するどんな感じがあってそのままとった。 廊下を歩く善友の姿も背中をチラホラ甘くて顔があらわれて消えたとする。 彼の感情に何か変化が起きるのを観客がさらに集中することができるようにするそのような装置だ。 ヌアールは光を作るのがぴりっとした楽しみであり妙味だよ。 人生がそのように光と闇それ自体が主題になるから。

-とりわけ廊下イメージが多いようだ。

=無意識のようなことだが,そのような道,通路,人生の旅路,こういうものをたくさん考えたようだ。 もしかしたら内面のロードムービーともすることができる。 主人公が私がなぜそうしたのだろうか,考えてそれを訪ねて行くロードムービーともできて,オディセイともすることができる。

-ヌアールは都市に対する映画でもある。

=都市の匿名性,都市的感性を反映するために夜道をたくさん入れたかったが,撮影当時が最高不景気であった。 (笑い)食堂であり建物であり全部火を消しておいてとても暗かった。 さらに‘不景気ヌアール’とまでしたから。 (笑い)撮影終わる頃<コルレトゥロル>を見たが,LAがうらやましかったよ。

文:文石写真:チョン・ジンファン| 2005.03.22
by kazem2 | 2009-12-14 23:02