ANEMA E CORE


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<甘い人生>のヌアール ビジュアル戦略[4]

廊下甘い人生と苦い地獄の間の通路

天国で地獄に落ちるソヌの人生を予告する序盤部の場面.

<甘い人生>でとりわけ強調される空間は廊下または通路だ。 この狭い道のイメージは空間で空間に移動する瞬間ごとに登場する。 序盤部スカイラウンジで地下ルームサロンへ向かうソヌの姿をついて行ってみよう。



ルームサロンから抜け出せば冷たくて都会的な感じの白い蛍光光廊下が登場する(①). ソヌはなじむようにこの蛍光光を楽しんで抜け出る。 後半部に彼はこの廊下をまた利用するがその時になれば廊下の色調も黄色の光を帯びることになる。 エレベーターに乗って下方にきて食堂台所をすぎればとても低い天井の廊下が現れる(②). チラホラしがみついている蛍光灯あかりにソヌの顔が現れて消えたことを繰り返す。 こちらを抜け出ればルームサロンの裏口につながる暗くて陰湿な雰囲気の通路がある(③). 灯が殆どないためにソヌの顔がよく見られない(④). 映画全編の話を凝縮して見せるこのシークエンスはスヌが闇の中に引き込まれることをヌアルジョク画面で暗示する。 この狭い道のイメージはスヌに与えられた運命というものが選択の余地がなくて,一つの方向であるだけであり,心理的に退屈だという事実もまた予告する。
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廊下は他の層上の空間と空間をつなぐ役割をしたりもする。 監禁されて地獄行を待っていたソヌが脱出を試みる空間も狭い通路(53ページ⑨)であり,銃を握ったまま密売事務室から抜け出す空間もまた湿っぽい感じの廊下(53ページ⑫)だ。

極端表現闇に顔をうずめる

映画は光と闇の極端対応を通じて人物の深い内面を表わす。

いくら‘ウアル’というが,この映画にはピルルムヌアールの苦戦らが見せた極端な表現も存在する。 複雑で息苦しい心のカン社長が自動車に乗って電話をする場面(⑤)で車の中に付着した照明は手首だけを照らす。 スポイラーと説明する訳には行かないが,観客は彼が作る表情が心配しているほかはない。 だがまったく察する方法がない。 彼が時々タバコを吸い上げる時その光によって薄い輪郭だけがあらわれるだけだ。 だがそれもつかの間. すぐ広がるタバコの煙が顔を遮る。 このものすごい闇はカン社長の肩をより一層重くしながら観客の気がかりなことを増幅させる。 顔に垂らした闇は<甘い人生>のあちこちに登場する。 カン社長からヒスを監視しろとの命令を受けたソヌが何か深刻な状況を発見して後戻りをして出る場面でもキム・ジヨン撮影監督は意図的に蛍光灯あかりを消してソヌの顔を闇の中に入れる。
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カン社長がヒスの家に訪ねて行って会う場面(⑥)は白黒画面の光と影を通じて暗い人物の心理状態を表現した苦戦ヌアールの一場面を思い出させるようにする。 その間明るく描写されたヒスの家はカン社長の出現で濃厚な影がいっぱいである空間になる。 以前までだけでも明るい日差しを美しく分けるばかりだった窓枠はこの場面でカン社長とヒスにこまかい影を重ねてかぶせて内面の不安と深刻さを表わす。

文:文石| 2005.03.22
by kazem2 | 2009-12-14 20:40