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COVER STORY TV型vs映画型スター 

☆news.naver.com



TV型vs映画型スター別々にあるのか

TVドラマと映画中どのメディアにさらに頻繁に登場するかにより俳優らのイメージは限定される。 TVにだけまい進するキム・ヒエが映画に弱かった理由だ。

‘ TV用俳優’という話がある。 もちろん良い意で使う言葉ではない。 TVドラマではうまく行くのに変に映画にだけ出演すれば失敗する俳優を称する。 こういう呼称が一般化したことで知ることが出来るように,TV用俳優と映画用俳優はすでにある程度区分されている。 一瞬 TV用俳優より映画用俳優がもう少し高い席にあると考えやすい。 だが詳しく調べれば話がそんなに簡単でない。 いわゆる‘演技派俳優’は演劇舞台で直ちに映画に行ったりもする。

だが大多数スター俳優はTVドラマを経て映画で入城する。 ドラマで人気を得る程得たのでこれを土台に映画でも利益を得るのが当然だ。 だがこの過程で不発事例がしばしば目撃された。 代表的な人物がTVで常勝疾走した二人の女優,キム・ヒエとチェ・ジンシルだ。 キム・ヒエはドラマ デビューからスターダムに上がったシンデレラであった。 1986年 KBSドラマ‘女心’で19才年齢で主役を演じた後順調なキャリアを積み上げた。

1990年代に入りMBC ‘息子と娘’ ‘暴風の季節’が大ヒットしたし演技力も認められた。 もう映画界に進出することだけ残ったし,90年代スクリーン期待の主にも挙げられた。 しかし初めての映画‘101回目プロポーズ’(1993年)から大失敗を体験した。 演技と完成度に対する評価は悪くなかったけれど観客がまったく劇場を探さなかった。 その衝撃のせいなのかキム・ヒエは以後スクリーン挑戦を完全にたたんだ。

消費慣性とイメージ

チェ・ジンシルは少し違った場合だが結果は同じだった。 1980年代後半CFスターで人気を集めた後映画とTVすべての領域で等しく活動した。 TVではMBC ‘私たちの天国’ ‘嫉妬’ ‘暴風の季節’等を,映画では‘私の愛私の新婦’ ‘スーザン ブリンクのアリラン’ ‘ミスターマンマ’等をヒットさせた。 だがある瞬間から映画側から興行失敗が続いた。 チェ・ジンシルは映画出演を減らして結局‘テレビ劇場’にだけ注力した。

当時にはこういう現象がいぶかしく思った。 ‘スター産業’がまともに定着しなかった状況だとより一層そうした。 だが似た事例がずっと捉えられて結論が出された。 まさに‘消費慣性’の問題というもの。 換言すればいくら優れたスター性を持ったとしても‘無料メディア’であるTVに過度に長く残っている場合,その俳優を無料で消費した大衆心理に慣性ができて有料消費につながりにくいということだ。

これが5~6年にわたった序盤キャリア全体をTVに注ぎ込んだキム・ヒエが映画に弱かった理由だ。 チェ・ジンシルも映画進出初期‘アイドル大きな効果’がつくすや有料的魅力が落ちたと見なければならない。 結局1990年代代表映画女優席はシム・ヘジンに帰った。 コーラCFで顔を知らせた後まさに映画界に入城,TV出演を極端に自制した結果だ。

映画‘彼らも私たちのように’ ‘結婚の話’ ‘世の中の外で’ ‘爪’ ‘イチョウ ベッド’ ‘パク・ポンゴン家出事件’ ‘緑色の魚’等数多くのヒット作を残した後シム・ヘジンは30代半ばからTVドラマ活動を始めたし,テレビ劇場でも安定的地位を確立した。 シム・ヘジンだけでなく成功した映画俳優はたいていTVドラマをたたむタイミングがはやかった。 1993年 MBC‘息子と娘’で顔を知らせて,翌年 MBC ‘ソウルの月’でスターになったハン・ソッキュは直ぐ次の年の1995年‘ドクターボン’を始め映画にだけまい進した。

ソン・ガンホ,アン・ソンギ,ソル・キョングなどはドラマ出演自体がなかった。 次に考えてみることができるのはイメージ次元の問題だ。 映画で売れるイメージとTVで売れるイメージが別々にあるということ。 この頃映画界で最高の興行を保証する女優ではソン・イェジンが挙げられる。 映画‘外出’を除いて皆観客数 150万人を渡した。 だが彼は特異にもTVドラマでは弱い面目を見せた。 デビュー作MBC ‘おいしい求婚’だけで頭角を現わしただけ,以後には成功作がない。

MBC ‘ソンヒ,ジンヒ’,SBS‘待望’,KBS ‘夏の香り’,SBS ‘恋愛時代’,MBC ‘スポットライト’等でぞろぞろ苦杯をなめた。 なぜこのようなことがおきたのだろうか。 ソン・イェジンはドラマと映画の中イメージが似ていた。 すなわち映画だけで売れるイメージをドラマでも見せたのだ。 それならTVイメージと映画イメージ差はいったい何か。 これはイメージを主導的に消費するメディアの階層を共に置いて考えてみなければならない。

同じように‘学生’との愛を扱ったが映画‘同年齢課外下記’とドラマ‘ロマンス’のキム・ハヌルは全く違う。

映画は20,30代若い層,特に女性が主に消費するメディアだ。 だがTVは基本的に40,50代中壮年層女性が主導する。 若い層もTVを見ないのではないが,たいていVODやDMBなど視聴率調査範疇から抜け出した方式や不法ダウンロードを通じて消費する。 このようにおいてみれば‘ソン・イェジン ミステリー’が解ける。

映画とTVを行き来してソン・イェジンの序盤キャリアを飾った病弱な美少女イメージは中壮年女性層が呼応するだけのことはあったのではない。 しっかりしている熱血女性記者の役割も同じこと. 自分たちの人生や人生を眺める態度と距離が遠い。 だが映画で行けば話が変わる。 ‘病弱美少女’は20,30代女性層の永遠の憧れで,男性層には‘殺す’イメージだ。

映画‘作業の定石’で見せてくれた‘チャゴムニョ’イメージも20,30代男女全部好むだけのことはある。 このような‘メディアの世代分離’論理を完成したのが,アイロニーにも映画とTVで全部成功したキム・ハヌルの場合だ。 キム・ハヌルは映画とTVドラマ皆でヒット作を多く出した。 映画では‘同年齢課外下記’ ‘青春漫画’ ‘7級公務員’等を,TVドラマではMBC ‘日光の中に’ ‘ロマンス’,SBS ‘ハッピーツギャザー’ ‘ピアノ’ ‘オンエア’等を成功させた。 しかし映画の中キム・ハヌルとTVの中キム・ハヌルは全く違った。

キム・ハヌルは映画で‘猟奇女’コンセプトで成功した。 気さくで強くて純朴だ。 からだギャグを広げて壊れたりもする。 若い女性層が警戒を緩めて同調するほどのイメージだ。 反面TVでは成熟した男性から最高の純真な愛を受ける女性や年下の男との愛に不安に思う‘年上の女’で登場した。 中壮年層女性のファンタジーを刺激するイメージだ。 キム・ハヌルはTVドラマでただ一度も映画のように‘壊れた’ことがない。

こうすれば‘市場分離’がなされる。 有料で買ってみるキム・ハヌルと無料で見るキム・ハヌルが完全に違う。 それにともなう期待値と信頼度が大きく変わって,映画スターとTVスターを分ける要件の消費慣性の問題もできない。

210万人動員,キム・ミョンミンの現住所

このような公式から抜け出して成功する場合は映画トップスターのTV外出程度の外にはない。 映画の中コミカルなイメージをKBS ‘ボディーガード’とSBS ‘シティーホール’でそのまま適用したチャ・スンウォン,映画スターに位置した後SBS ‘星を撃つ’と‘プラハの恋人’ただ2編(便)のドラマにだけ出演したチョン・ドヨンがこういう場合だ。 金やって買ってみるスターはイベントのように出演する無料メディア1,2編(便)ヒットさせる威力は持っている。 だがしばしば併行すれば無料メディア スターに固まる可能性が高い。

去る11月6日開かれた第46回大鐘賞映画祭で‘私の愛内そばに’のキム・ミョンミンが主演男優賞を受けた。 ものすごい減量まで試みて身を投げた結果で興行成績も悪くなかった。 秋夕(チュソク)映画にしては低調な方だったがそれでもシーズン1位を記録して210万人以上を集めた。 キム・ミョンミンはドラマ ヒット作が結構ある。 2004年 KBS ‘不滅のイ・スンシン’でスターダムに上がって以来2007年 MBC ‘白い巨塔’,2008年 MBC‘ベートーベン ウイルス’が連続ヒットした。 だが映画キャリアは順調でない。

‘リターン’は大きく失敗したし,‘無防備都市’の成果も彼に球が帰らなかった。 相当部分‘ソン・イェジン効果’という分析だ。 だがはっきり調べればドラマ‘不滅のイ・スンシン’と‘白い巨塔’のヒットも100%キム・ミョンミンが作り出したと見ることは難しい。 良質の素材と内容の勝利であった。 キム・ミョンミン自体がヒットさせた作品は‘ベートーベン ウイルス’だ。 彼の演技が世間の話題に浮び上がった。 これを映画に適用してみれば‘リターン’ ‘無防備都市’とは違い‘私の愛内そばに’にはキム・ミョンミン効果があった。

210万人台動員力がまさにキム・ミョンミンの現住所だ。 キム・ミョンミンには今が‘決定の瞬間’であろう。 映画俳優で一定のチケットパワーを持って活躍しようとするなら‘映画か,TVか’を置いて明確な結論を下さなければならない。 生ぬるい態度に出てメディアを行き来していては必ず不覚を取る。 劇の中心に立つことになる男俳優は女優より消費慣性が激しくてキム・ハヌルのように両立しにくい。 もちろん悩み成ることでもある。 大鐘賞まで受けた彼がTVスターで安住することは大変だ。

それでも映画だけ追求しようとすればその間のTVスターダムを捨てて‘ニューフェース’心情で挑戦しなければならない負担がある。 しかし一つ負担だけは減らしてみることができる。 ‘私がTVに合う俳優か,映画に合う俳優か’に対する悩みだ。 答えようとするならそのような区分は事実上ない。 ‘映画ではこのようにできなければならない’とか‘ TVではこういう声でなければならない’等の問題はできない。 自身のキャリアをどこに置いて,どんな方法で導くかだけ存在するだけ。

その次は俳優としての資質と本人が選択したコンテンツ(映画,ドラマ全部)の商品的魅力問題だけ残る。 いくら片方メディアでうまく行っても他のメディアで失敗が積もれば失敗イメージは伝染しやすい。 勝負は鮮明で出発点は平等だ。 ‘ TVドラマ,映画中どこに立っているか’でなく‘その場でどのように対応するか’がポイントだ。

記事入力2009-12-06 19:45 [週間東亜]
by kazem2 | 2009-12-06 22:35