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カン・ウソク監督の復活を望む声

☆www.pressian.com



国内映画界が浮沈(油で焼くこと)を継続するほどカン・ウソク監督の'派手な復活'を望む声が高い。 カン・ウソクの帰還が必ず,忠武路(チュンムロ)黄金期のまた他の到来を意味することだけではない。 そこには国内映画界が産業化高度化専門化の規格に縛られる以前,人間ネットワークに進行されたその何の時期に対する郷愁のようなことが入れられている。 それにもかかわらずカン・ウソクは相変らず現在の進行的人物だ。 彼は最近<白夜行>を製作配給していて<苔>は直接演出中だ。 だがカン・ウソクに対する評価はいつも少しずつわい曲されてきたり低評価されてきたのが事実だ。 カン・ウソクの'派手な復活'を望むためにはそれに対する比較的正しくて正当な評価が先行しなければならない。 この文はまさにそういう作業のための努力の一環だ。 (*映画振興委員会が発行する英文版監督論パンフレット<カン・ウソク>の国文原稿(原告)を一部修正,盆栽楷書のせるということを明らかにする-編集者)

韓国映画界にあってカン・ウソクぐらい論争的な人物も多くない。 彼を囲んだ論争は美学的なことというより美学外敵,すなわち産業的な側面が多いということが特徴だ。 そうするうちに韓国ではたびたびカン・ウソクが1988年から2008年現在まで20年間16編の映画を作った,老練な商業映画監督という事実が見過ごされてきた。 カン・ウソクと似た世代級として1980年代以後韓国で活動した映画監督の中で16編(便)以上の映画を作った監督はペ・チャンホしかない。 海外でたくさん知らされた韓国映画監督,例えばイチャンドンやホン・サンス,パク・チャンウク,キム・ジウン監督などは演出編修(便数)がまだその半分にも達し得ない場合が多い。


▲カン・ウソク監督

カン・ウソク監督が作品性面でまともに証明されたことがそんなに多くないのは驚くことだ。 それは韓国映画界がそれだけ商業映画の役割を無意識的に低い評価をしてきた側面があるためだ。 カン・ウソクと彼の作品を再評価する作業はしたがって,韓国商業映画に対する新しい視線を開く重要な契機になる。

映画作家としてのカン・ウソク監督が今まで比較的'不当な'待遇を受けたところには彼の映画関係者生が非常に境界に立っている歩みを見せたためだ。 彼は監督だが投資製作者だったし,映画を作る'妻の父'だがそれを売る販売相異もした。 一方では映画芸術を擁護して支援するということによって人々の歓心を買うのに成功したが一方では徹底していて冷酷なビジネス ルールを適用するということによってかなり多くの批判者たちを作り出すこともした。

韓国映画界でカン・ウソクは一時投資配給会社と製作会社,劇場まで所有した独占論者で攻撃を受けたがそうする時にも彼を正面で攻撃する人はきわめて珍しかった。 カン・ウソクを批判する人々も彼が事業的利益を無視してイム・グォンテク監督の<酔画仙>と<下流人生>に莫大な製作費を躊躇なしに投資する姿に畏敬感を持ってきた。 映画事業で優れた手腕を見せるや彼をねたましく思う人々は映画監督としてのカン・ウソクをより一層さげすんだがカン・ウソクはそのたびに<シルミド>私<公共の敵>シリーズ等を通してメガヒットを記録するということによって批判者らの口を閉じるようにさせた。


▲シルミドたとえ最近になって多少立ち止まっていているが韓国映画が世界映画界で自身の位置づけを固めた時期まもなく2000年で2005年まで,イム・グォンテク監督とイチャンドン,ホン・サンス,キム・ギドク,パク・チャヌクなどがカンヌとベルリン,ベニス,カルロ費バリーなど主要映画祭で監督賞を(受ける)乗って派手なスポットライトを受けることができたところにはそれだけ自国の映画産業が硬い基盤を整えたので可能になることでありその中心にカン・ウソクという人物がいたことを否認するのは難しい。

カン・ウソク監督は韓国映画界でおよそ10年間パワーマンで背後の役割を正確にしてきた。 1988年デビュー以後監督としては16編の映画を演出するのに終わったが1997年以後約10年間彼が投資したり,企画あるいは製作を担当した作品は120編(便)に達する。 イム・グォンテクとイチャンドンなども彼にかなり大きい借金をしている監督らということができる。 それだけ韓国映画界で彼の影響力は多大だった。

それにもかかわらず海外映画界でカン・ウソクという名前は相変らず引きこもりに属する。 彼の映画は今まで海外で正しく照明されたことがあまりない。 一部では韓国のコメディ映画専門監督ぐらいで知られている。 だがカン・ウソクの映画らは去る20年間急変してきた韓国の政治社会状況を特有の方式,すなわち風刺とユーモアを通した大衆話法の方式で表わすのに成功した。 彼の映画を順に見てみるならば韓国資本主義の屈曲された歴史を把握できることになる。

時によりカン・ウソクは直接的な政治映画を作るということによって自身のジャンル的関心が幅広いということを誇示してきた。 そのような試みらは失敗も少なくなかったけれど総量で見る時彼が今まで成し遂げた興行成果は韓国映画界で神話に近い。

カン・ウソクは一言で韓国映画界で大衆との疎通に最も成功した監督と指折り数えられる人物だ。 彼の映画は逆に,韓国映画大衆の去る20年間どのように変わってきたし,また映画に対するこれらの態度と好みが現在いかなる水準なのかを計るようにする重要な基準点になったりもする。

この文は去る20年間のカン・ウソク映画関係者生に対する記録だ。 同時に韓国映画が多様な映画の源泉を持っていることを,商業映画の底力が過小評価しないことを見せる記録でもある。

(継続)/オ・ドンジン編集長筆者の他の記事

記事入力2009-11-09午後4:18:25
by kazem2 | 2009-11-09 18:30 | kim jee woon | Comments(0)