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movieweek 呉東振記者のおもしろ「キタノ タケシ」考察

☆movieweek.co.kr



<呉東振記者のビューファインダー>
韓国に北野 タケシみたいな監督がない理由
最近 「北野 タケシの危ない日本学」を 99ページまで読んだ. 早く読ませる本なので二つ程の時間ではないことを取ってほしい番に最後まで読める文だ. 私たちシックウロイェギすれば 200字原稿紙 400~500枚ほど? 実は使うとも心に決めれば 1週間ごろなら書くことができる本だ. あれほど ‘易しくて簡潔だ’期よりは明快で自分主張が強い文なので一応すべて読み上げればタケシの主旨に共感するとか反対するようになるようだ. しかしもっと読むか, ここでつい覆うか今ちょっとためらわれたりする. 多くの部分同意しにくいし, たまにはすっきりしながらもまた時にはあれほどもっと心が不便になるからだ.

もちろんタケシの文を見ながら何種類点で驚いたりした. 彼が政治・社会・経済・文化全分野にかけてグローバルした関心事がある, それも深みが特別な人物という点を今更悟るようにするという側面でまずそうだ. ところで実はそのように思ってはいけないのが, タケシは <ソナチネ>から <菊次郎の夏>まで不世出の傑作を幾列にも作った映画監督ではないのか. それなのにタケシにそんな感じがすることは密かに彼に追い付くビートタケシ(コメディアン時代タケシが使った芸名)としての奇行のためではないかと思う. とにかく彼が知識人形(型) 監督というのは当たり前なのだ. それにもかかわらず文で武装したタケシに会ったら彼が持っている世の中に対する考え, 知識がより一層驚くべきに見える.

しかし問題は彼の考えと知識だ. この本は題目を過ち付けた気がするのに ‘キタノタケシの危ない日本学’ではなくそのまま ‘危ないタケシ’と付けるのが当たったようだ. タケシは自由奔放な振りをしながら, 非常に攻撃的な民族主義を立てる. ロシアとの北方領土領有権問題とか韓国・中国との歴史教科書問題, ミグンイズドン中の沖繩に対する考え等々彼の主張は私たちが分かっている映画監督キタノタケシではない. むしろ妄言と妄発で常に言葉とたたりが多い東京都知事IshiharaShintaroや現日本総理である麻生に似ている. 映画で計算しようとすると崔洋一監督の <血と骨>から出たお父さんギムズンピョングを瓜二つである.

それだけこの本はタケシの独りよがりで, 家父長的で, 暴力的な面を盛っている. 映画を作る監督が自分が作る映画のようではなければならないと話すことはちょっと度が外れたのだ. 監督も人だから. いくらでもあやまちをすることもできてまた普通人々より足りない考えをすることもできる. 監督がそれじゃだめだと思うことは監督をすぎるほど作家に扱う香のためだ.

それもちょっとオーバーだ. 映画は映画であるだけだ. 私たちの場合映画監督たちはあまり事故を起こさない. 気むずかしくてそうなのホン・サンス監督も本当シネアストで, たびたびとてもうぬぼれてそうなのパク・チャヌクも世界的な監督なのが確かだ. 気難しくてそうなのキム・ジウンも魅力的な監督だ. 皆ひたすら映画だけ思う ‘正しい生活型’ 人間たちだ. もしかしたら監督たちが事故を起こす前に社会指導層人士が大型事件を先に, それもあまりイルウキョソかも知れない.

最近何ヶ月の間うちの社会には 3大セックススキャンダルが起こった. 張自然事件と青瓦台性上納事件, 民主労総セクハラ事件だ. うちの社会は指導層がとても映画的だ. 映画的素材が分かって提供してくれる. 日本社会は韓国に比べれば指導層人士がまことに大人しく見える. だからタケシみたいな人物があんな文でのさばることかも知れない. 我が国の監督の中にたケシみたいな別種がないことが良いことだろう悪い事だろう. 今週無駄な考え終り.
by kazem2 | 2009-05-12 12:16 | kim jee woon | Comments(0)